2017.03.23

ツーリング補遺


 帰ってきた晩、猫が素っ気ないものでした。

 相棒曰くでは、帰ってきた音がしてから(格納儀式あれこれで)上がってくるまでの間、ソワソワしていたとのことですが。
 とてもそんな風には見えない、素っ気ない態度で晩まで終始していました。(^^;)


 翌朝からです。足下を駆け抜け続けたり、人の顔を見ながらドデンとひっくり返って腹を見せたり。脚に触れながら毛繕いを始めたり。



 お前、あんちゃんの事を忘れていて、晩は「誰?」だったのか? (^_^;)



 だとしたら、酷い奴だ。(笑)


 帰ってきたときの儀式の時間のこと。

 ちょうど 40 でした。

 荷物下ろしと倉庫部屋持ち込み。トップケースを外して倉庫部屋に格納。充電器接続やバイクカバーや猫爪対策を施して、格納状態に。
 倉庫部屋でジャケット脱いで吊して、ブーツを脱いでサンダルに履き替えて。

 たばこ休憩は 1 本で、特にのんびりやっていたつもりはないんですけどね。トップケースの始末があると、少し延びます。


 持って行った荷物のこと。



 今ツーリング用としては、これの他に、 BMW のウィンドブレーカーです。

 あとはパニアに常備の品々で、工具袋と養生テープと荷物ネットと、フェイスウォーマーと冬グローブが放り込んである。
(ネックウォーマーと、新たに常備品にした太ももに履かせるためのネックウォーマーは、ストリートガードになってから出しました。)


 手前のカメラバッグの方。

 カメラ( DSLR )と予備電池、予備メディア、小型ブロワー。スマートフォンとガラケーと、タブレットと財布にウェットティッシュ。
 ペンと手帳の他に、薬(カフェイン)。レンズペンとメモリカードリーダーも。

 DSLR は電池持ちがよいので予備電池不要なんだけど、念のため。

 カメラとレンズは D750 と AF-S 24-85mm f/3.5-4.5G ED VR にしました。 APS-C クロップ撮りで 128 mm 相当まで対応できます。


 奥のデイパックの方。

 肌着上下、上着シャツ、靴下が 2 セット。ただの仕分け袋になってしまった圧縮袋で一晩ずつに分けての 2 セット。
 メッシュ アンダーパンツは、早春で 2 泊だから予備を持ちませんでした。

 普通のズボン 1 本と、パジャマのズボンが 1 本。使い切りのシャンプー & リンスを 2 キットに洗髪ブラシ、ひげ剃り。

 荷物の中で収まりがよくて、便利なんだな~。これが。



 そしてノート PC と、 AC アダプタや 4 ポート USB 充電器と変換ケーブル類を入れた箱状ポーチが一つ。



 さらに非常薬と、バンテリン 1 本に、タバコが数箱。


 んなところ。


 これでも ぽてちにしては少なくなったんですよね。(^^;

 パジャマのズボンは、普通は持たぬと思います。が、ぽてちは宿の浴衣がダメなんです。サイズが小さくて。
 慣れていないのもあって、前がはだけて風邪をひいてしまいます。で、持参です。

 ノート PC も余剰だと思う。珍しく、持って行きました。直感ですかね。部屋で過ごす時間が長くて、持ってきてよかったと思いました。

 13 年前に新松戸のダイエー買ったデイパックが、パニアにねじ込むと丁度入る大きさ。薄いものなら、蓋との隙間にまだ入ります。
 肩掛けが千切れてきちゃったから、同じようなものを探さないとなりません。(^_^;)


 激しく不足していた睡眠時間のこと

 帰ってきた晩、 11 時間に及ぶ爆睡。(爆) 翌晩も、 11 時間に及ぶ爆睡。(爆)

 すっきりしました。(笑)

 お宿でちゃんと寝れば、しんどいの怠いのキツイの言わずに済んで、時間と費用を有効活用できるのにね。(^_^;)
 お出かけでテンション上がって、加えて「慣れない枕は眠れない」は困ったもの


 ワオのトリップ計表示桁のこと。


 2 桁距離だと小数点下 1 位で、 100 m 単位を表示してくれるのだけど。



 3 桁になると、 100 m 単位が無くなってしまうんですよね。



 マニュアルを見たとき、表示させるような設定は無かったと思います。なんでこういう仕様にしたのか、不思議。

 「あと 800 m で PA 入路」というようなとき、車の位置とトリップ計をちらちら見ながらタイミングを計っていくことができなくて、ちょっと不便です。

 まぁ、細かな話しではある。


 エンジンが、多少こなれてきたこと。

 帰路、新東名道を巡航中のこと。周りに車がいなくて静かだったから。ヘルメットのシールドを上げて、顔をハンドルに近づけて音と響きを聴いてみた。
 聴きながら、ほんのちょびっと、アクセルの開閉もしてみたのですが。

 ジャー! という響きだけが聞こえていました。

 顔をハンドルに近づけて聴くようなことをせず、普通に聴いているときも。甲高い金属の響きが減ったと感じます。明らかに。

 多少こなれてきたかいな?と。低回転での粘りも、気持ち増したように感じるし。

 メバチくんで、金属音が減って第一弾の こなれを感じさせたのが 5,000 km 。金属が摺動している感触を感じにくくなって、もう一段静かになったと思ったのが 10,000 km
 なめらかになったな♪と気づいたのが 15,000 km で、その後は変化を感じませんでした。

 ワオはまだ 4,357 km です。完全にこなれるまで、きっとあと 10,000 km !

 
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2017.03.22

浜松安城ツーリング(3)


 23 時くらいに寝落ちして、 3 時半くらいに目が覚めてしまい、 5 時くらいにまた寝落ちして、起きたのが 6 時半前
 ほどなく疾風の「ひかり」通過音が響いてきて、新幹線は今日も元気だな!と。(笑)


 平常通りの東海道山陽新幹線運行に、世の中が無事であることを感じる ぽてちです。

 さすがにあの高速度では、世に異変があったら平常通りとはいかない。再開見込みが立たぬ運休があったら、そのときは、日常生活で何らかの対処が必要になる異変が生じている。
 阪神淡路震災のとき、山陽新幹線の橋梁が崩壊しているとの報で、傾国の大災害に見舞われた実感がわきました。阪神高速倒壊の映像よりショックを受けた。



 阿呆しか考えぬような高密度で、変質者でなきゃ実現できぬような正確さをもって、頭がおかしいとしか思えぬ鬼神の速度で、当たり前のように日々運行。たくさんの人の使命感と規律に支えられて。
 それが乗ってみると快適♪ときたもんだ。清掃も調度も、乗り心地も。



 日本っす日本! この社会を正射影したような存在っす、東海道山陽新幹線は。



 で、ぶつ切りの 6 時間ほど。寝不足の解消にはほど遠い状況でした。


 家を出る前の晩の短睡眠時間はただの阿呆なんだけど、浜松での晩、そしてこの晩の短時間は、よくあることなんですよ~。(^^;
 「枕が変わると睡眠が悪くなって・・・」なんて言われますが、まさにそれ。

 環境の変化に弱いです。σ(^^;)

 3 泊も同宿だと慣れてくるのだけど、バイク ツーリングではあり得ませんね。(笑)


 ということで、体は重いし、頭もぼんやりだし。それでも開始時間の 7 時に朝食を食べに行って、た~っぷり食ってきた。
 体が、食って寝不足を補おうとする・・・ というやつでしょう。 v(^^;)


 東京へ帰るこの日、もう、 320 km の帰路のことしか頭に浮かばない。オプションを使う気は、朝食に下りるときからゼロでした。
 朝から しんどくて重い体で寄り道をしても、辛さが増すだけだ、と。

 これが車なら、 PA 等で 30 分や 1 時間、シートを倒してうとうと回復を図ることができるのですけどね。
 バイクは途中チャージをできないから、出発時点の体力タンクの状況がすべて。


 宿から真っ直ぐ帰宅を目指しました。もったいなかったと思うけど、仕方ありません。

 ならば、例によって 13:30 の首都高速 3 号線突入を目指したい。部屋に戻ってから 1 時間ほどごろごろ。
 実際には渋滞と途中休憩時間分だけ遅れて、 14:12 に東京 IC へたどり着きました。


 で、キツく感じているときのお約束で、写真もこれしかありません



 09:50 出発。


 三河安城駅前からちょびっとだけ西に向かって、茂浦豊田道路に乗る。なんと、 ETC が使えなかった。ゲート手前の脇にバイクを停めて財布を出したの、しばらくぶり。(笑)
 名古屋高速のような自動車専用道だと勝手に思い込んでいたのは誤りで、伊勢湾岸道とも直結していませんでした。


 伊勢湾岸道に入ってから、順調。

 伊勢湾岸道に入ったのが 10:10 だったこと。 13:30 頃に用賀へたどり着きたい思いがあったこと。
 3 時間 20 分では、渋滞無しのトイレ停車のみで自分本来のペースを維持して、ほんの少し余裕があるくらい。

 走っていてそれが十分休憩になっている車と違って、停車休憩を要するバイクだと少々急がねばなりません。
 どだい、のんびり巡航では間に合わない。規制速度+メーター誤差、+誤差 (笑) の、ここ 15 年の「自分のペースで巡航することにする。

 2 年間で 6 万 km ほど走った 15 年前。往復 1,200 km の高速道移動をちょくちょくやって落ち着いた先の、あれこれがバランスする巡航速度です。

 距離と時間(と車の燃費計算)の感覚はこれが本になっていて、 Google map のルート案内時間もだいたい同じ。
 ワオ的な燃費は稼げないし、バイクだと必要な休憩時間分の遅れは仕方ないところです。


 四の五の書いていますが、要するに、常識的な速度で ブレなく ストップ少なく淡々と進むだけのこと。 v(^^;)


 ということで、大和トンネルの渋滞があったものの、東京 IC に着いたのは 14:12 で、オイル交換に寄ったワオ店が 14:36 でした。

 休憩は遠州森町 PA と、駿河湾沼津 SA 、海老名 SA です。車より 2 回は多い。


 ワオ店に着いたとき、総走行距離が 4,324 km でした。

 979 km で交換しているから、 3,345 km の使用。山中城趾へ出かけたときにはわずかな渋みを感じていたことからして、それほど持ちがよいオイルではないようですね。
 添加物で性能を稼いでいるタイプかもしれません。 2 輪用って、そんなもの??


 で、ワオ店で交換するとオイルがバカ高いこともあって、高額になるのですけど。(^^;

 渋みを感じるから、もう交換したい。今のしんどさと寝不足状況からして、翌日に自分で交換作業をする気になるとは思えない。
 てなことで、やってもらっちゃおうと考えて、急遽立ち寄ることにしました。

 BMW Japan が販売するオイルで、込み込み ¥18,165- 也。

 期待されるほど頻繁にバイクを乗り換えられる財布じゃないから、おつき合い代金と考えて、オイル交換くらいはワオ店でお金を使う。
 と、考えるにしても 高いっすよね~。(笑)

 BMW Japan のオイルが高いんですよ。ラベル印刷代がだいぶ乗っていると思う。(^^;


 次は頑張って自分でやろうっと。(^^;;;


 ちなみに、ハンドルのスイッチボックスを交換することになりました。

 クルーズコントロールの SET・RES レバーが、けっこうガタつくようになってしまいまして。ワンプッシュ増速・減速の反応も悪い(気が)。
 オイル交換の際に診てもらったら、交換しましょう、とのこと。

 このスイッチレバーは、力学的にちょびっと難しいものがあるように思います。



 ちなみに、上州屋チューンのこと。乾燥してからは回ることがなく、上手いこと収縮させられたと言っていい状況のようです。


 オイル交換作業中に、 '17 年モデル K1600 GTL の試乗をしてみないか?と、声をかけてもらいました。
 ちょびっと考えて「 300 km 走ってきた今の疲れ方で 350 kg の重さはやめておく」と、辞退しました。(^^;

 300 km じゃ、疲れるのはまだ早いとな。(笑) ま、まぁ・・・ (笑)


 いつものガソリン スタンドで給油して、 16:07 に帰庫。

 この日 325 km 走行の、燃費 19.74 km/L

 トータルでは 714.4 km 20.18 km/L でした。総走行距離 4,357 km


 ぽてちにしては鬼のペースで乗っているのは、その気になれるうちに走ってダメ出し潰しをやっておこう、との意図もあったりします。
 
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浜松安城ツーリング(2)


 なんと、 5 時過ぎに目覚めてもうた。(^^;;;

 体はしんどいまま。頭も「やる気」がわかない。(^^;;;

 なのに 2 度寝ができず、ぼや~っとしていて時間が過ぎる。バイキングの朝食を終えて部屋に戻って、ようやく 30 分弱の 2 度寝ができました。


 開始時間に食べに行って即!動けば 7 時半過ぎに出発できたのですけどね。荷物のパッキングはほぼ完了していたのだし。



 またゴロゴロしていて 2 度寝をしたりで、部屋を出たのが 08:50 過ぎ。出発は 09:10 でした。



 よく利用するルートインの場合、朝食の開始が 6 時半。

 部屋やホテルを出るとき用に持って行く普通のズボンでなく、バイク用パンツを履いてしまって朝食バイキングに赴いて、部屋に戻るのは荷物とジャケットを取りいくだけにすれば。

 のんびり食べても 7 時半前に出発できますかね。


 やっぱり寝不足は本当によくない。ここで 1 時間半以上も無駄にしています。


 まぁ、この日は見物予定の場所がとても少なくて、少々遅くなっても問題ないと考えて、しんどさをわずかでも解消したいとゴロゴロすることにした。
 のが本当のところ。

 実際のところ、わずかばかりの 2 度寝では体がしんどいままでしたけど。(^^;
 「寝られた」の気分で、「やる気」はちょびっとわいた。(笑)


 ということで、この日の予定、「設楽原歴史資料館」と「安城市歴史博物館」に向けて Go!


 浜松の予報最低気温が 4 度くらいで、最高気温は 16 とか 17 でした。 春! ですね~。

 朝のうちは寒かろうと考えて、前日に静岡 SA で外したジャケットのインナーを再びつけたのに、出発した直後にはもう 10 度くらいあったように思います。
 「設楽原歴史資料館」の界隈で 15 度とか 16 度になって暑く感じ、新東名に乗ってすぐの PA で、またインナーを外しました。



 日差しのある中一般道の速度 13 を超えると、インナーをつけたままの冬ジャケットは暑く感じてきますね。
 透湿の機能を持つジャケットは、だいぶマシですけど。暑いものは暑い。


 ワオは防風性能が異様に高いので、他のバイクより暑く感じやすいと思う。

 だで、インナー付きのまま前チャックを閉めずにベルクロで留めるだけにしたり、その状態で襟元と胸のベルクロを閉じたり開けたり、通気チャックを開けてみたり、インナーを外したり。
 暑さ寒さの感じ方に応じて細かく切り替えるようにしています。

 ぽてちは、ちょっと暑いとすぐヘバって消耗しますからね~。(^^;;;
 逆にちょっと寒いと、すぐに風邪をひくし。(^^;;;


 ちなみにパンツのインナーは、自宅出発から自宅に戻るまで、通して着けたままでした。
 ジャケットと違ってパンツは、自宅やホテルの部屋でないと脱着できないのが不便。その分だけ、透湿機能と通気チャックの存在が大切だと思っています。で、「ちょびっとでも」と、通気のチャックを開けたり閉めたり。

 さらにちなみに、サイズに余裕がある方が、通気チャックの効果があるようですね。


 閑話休題


 昨夕に宿へ向かった道を逆に辿って、金刺から R257 で浜松いなさ IC を目指す。井伊谷から先が気持ちよかった♪
 前走車がいなくなった山あいの国道で、緩やかなカーブが続く、ぽてちに丁度いい道。

 ここで、前の記事に書いたダンピング Normal がよい♪ と思ったわけです。

 予定通り浜松いなさ IC で高速道に乗ってから、ちょびっと後悔しました。どうせ短かな一区間距離。あのまま R257 で長篠に出て、新城に向かえばよかったと。

 乗ってしまったものは仕方なく、新城 IC で下りて、すぐの設楽原歴史資料館へ。


 09:58 着。



 「長篠の合戦」とよく言われますし、ぽてちもそう言うてきました。

 正しくは「長篠・設楽原の合戦」と言うべきで、馬防柵から鉄砲 3,000 丁を三段撃ちして武田の騎馬武者が壊滅したと言われる地は、設楽原。 Google map を見ると、多くの武将の墓が散在しています。

 認識を新たにしました。文字や挿絵、地図で読んでいてもいまいちピンときていないのが、現地を見て感じると、はっきりしてくるです。


 で、設楽原歴史資料館の眼下に、その激戦地があります。資料館の屋上から撮った写真。模造の馬防柵が、右上に見えます。



 資料館の中は?と言うと、各時代の「種子島銃」が展示の中心でした。



 ちなみに、中も撮影 ok でした。

 こちらは対戦それぞれの具足。織田信長が好んだ永楽通宝の紋と、「武田の赤備え」。
 真田が赤備えを用いたのは、武田の遺風を継ぐ意志を持っていたからなのでしょう。



 他のあちこちで見た鎧具足や籠でも思ったこと。当時の人は、現代日本人よりだいぶ小柄ですね。
 ぽてちなんか、具足も籠も、激痩せしたって絶対に入りません。(笑)

 社会全体の栄養状況の違いで、これほどにまで違ってくるのねん! と、認識をまた新たにしたです。

 前に書いたけど、戦乱の世の戦は、村同士の略奪し合いが土台。食料と、エネルギー(薪等)の略奪。子供や女性も略奪して売っぱらっていたようですが。食料生産のための水利の奪い合いもあったようです。
 「昔はよかった」なんて、口が裂けても言えませんね。


 一通り見終わって、次なる目的地、安城を目指すわけですが。

 山あいの設楽原あたりでも 15 になっていて、ジャケットを脱いで木陰で座っていると気持ちよいのだけど。インナー無しでもジャケットを着て日差しを受けるともう、暑くてキツイほど。(^^;
 寝不足由来のしんどさが、ちょっとした事をもキツく感じさせていたと思います。

 新東名に乗る前、清涼感ある飲み物(コーラ)を求めて、新城 IC 出入り口の向かいにある道の駅に寄りました。

 この道の駅がかなり賑わっていて、駐車場がほぼ満杯。豊川から長篠方向へ向かう道も、車がたく~さん。
 先に桜の有名地でもあるのかしらん?


 安城へは、岡崎東 IC から一般道。 R1 まで出てからは、やはり快適な移動とはほど遠かったです。(^^;

 交通量の異常な多さ。過剰な速度規制。頻繁に減速と加速の操作をさせられる、多すぎる信号と、わざと流れを止める赤のタイミング
 旅向きなバイクでも、辛い。町部の一般道は旅に向いてないと思いました。(^^;

 200 CC くらいの とっさん商用バイクが、ギア比やパワーと重さで、丁度よいのかも。そういうバイク、売られていませんが。


 なんとかかんとか、安城市歴史博物館に到着。だいぶ疲れました。 (^^;;;



 お出かけ最大の目当てです。



 展示は古文書が中心で、残念ながら ぽてち向きではありませんでした。(^^;

 しげしげと読むような古文書読解力がまったく無くて、現代語の説明板も、読むのが面倒臭くて。(爆)
 いやね、目が悪くなってから、集中して文字を読むのが大変なんですよ。 d(^^;

 机の上の本を読むような至近距離で老眼専用メガネを使って読み書きするのはまだいいのだけど、不規則な距離で遠近両用メガネを使って読むのは、本当に大変なんです。


 「ここで半日近くを過ごそう」と思っていたアテが大外れで、 30 分もかからずに見終わってしまいました。
 寝不足と疲れと体のほてりで、かなりしんどかったし。


 特別展室を出て、ジャケットを脱いでソファーに座り込む。



 体温の調節が上手くいかなくなり始めていました。 2 階の常設展への階段を上がる元気もない。飲み物の販売機は無い。タバコは、もちろん外。座っているのも びみょーで、程なく退館。

 外の灰皿の脇で、 3 本分も座り込んでもうた。駐車場に戻って、また座り込んでもうた。


 駐車場に戻ったときには決めていました。もう宿に向かおう、と。


 このとき、まだ 2 時だいぶ前。考えてあった翌日のオプションを使う時間は十分にあったのです。吉良町と一色町がどんな光景のところかを見に行くという、オプションを。

 吉良氏、一色氏、ともに足利氏の一門で、室町幕府の有力な守護大名として登場します。その本拠地が、西尾市の吉良町一色町です。
 吉良氏の一つの流れが後の江戸時代に、忠臣蔵で討たれた吉良上野介の吉良。

 吉良は松平氏時代の徳川と塩田を巡る悶着があったようで、先時代の将軍家一門という名門ゆえ高家として残したけど、いい機会があったから・・・で、討たせたという説も。

 それはまぁ、いい。三河国は鎌倉時代に足利氏が多くの所領を持って、守護にも任じられたところなんですね。
 足利尊氏が鎌倉幕府への謀反を足利一門に宣言した地が、一色じゃなかったっけか?

(今は愛知県で尾張国の一部のように感じるけど、境川までは三河国)


 てな由来があって、オプションとして考えていました。時間的に、実行するとちょうどよいくらい。
 だったのですが、もうしんどくて、だいぶ早くに宿入りすると決めました。(^^;


 駐車場脇のベンチに座り込んで、 Google map で調べる、考える、調べる、考える。

 疲れて不快な町部一般道だけど、混雑ができるだけ少なそうなルートの選定と、その途中でお宿に近いガソリンスタンドおよびコンビニを。

 頭が回らずなかなか決められなかったけど、ようやく決めて、出発。 14:12

 空が曇って風が出てきて気温が下がり始め、ほてりは退いたのが決められた要因かも。(笑)


 予想通りの混雑で疲労を重ねながら、なんとかガソリンスタンド着。コンビニはスタンドの並びで、駐車場から駐車場へ直接移動が可能。助かりました。

 このとき、もうあきらめていましたですよ。(^^; 夕食で、お宿の向かいの店に突撃してみることを。
 だで、大量の飲み物の他に、調理パンも買い込みました。

 万が一、ごろごろで回復して「やる気」が出てきたら、パンが無駄になってしまうと思いましたけどね。
 「まぁ、たぶん無駄にならないわ」と思うた。(笑)


 で、お宿に到着。 15:00 ちょうど。

 立地雰囲気も、だいぶ ぽてち的じゃない。(笑)



 ね? (笑)



 結婚式場を主に意図した、駅前ホテルですね。


 で、駐車場の おにーちゃんはどこか指示調を感じさせ、フロントの おねーちゃんもよそよそしい ふいんきでした。

 まぁ、ヘルメットを脱いだボサ頭で、寝不足と疲れで顔色が悪く、髭も剃っていなかったからねぇ。
 飲み物満載の大きなコンビニ袋をぶら下げてもいたし。 f(^^;

 対象外の筋の人間が紛れ込んできたと思って、ぜんぜん不思議じゃあない。(笑)



 実は完全に予想の通りで、ニヤっとしてしまうほどだったのだけど。このお宿を選んだのには、深い理由がありました。


 この日、東海道筋の静岡県全エリアで、空き部屋が無かったんです。(^^;;;

 東京へ戻る距離と時間を考えて、できたら天竜川を越えたかったのですけどね。せめて浜松を再び。
 いつもの検索サイトで、まるで空いていませんでした。ルートインの web サイトも同様。

 突然決めて、直前に予約しようとしたのが悪いんですけど。(^^;


 結婚式場ホテルなら、駅前でもバイクを駐めるスペースくらいあるだろう。いかにもビジネスな宿より、ベッドがいいはずだ。
 翌日にオプションを行使する気になったとき、アクセスも悪くはない。

 んなこと考えて決めたのでした。



 晩の 8 時、微かに聞こえる新幹線の通過音を聞いていて、不思議な気分になりました。


 東京行きの「こだま」がまだ 2 本あって、最終便にそのまま乗って行っても今日のうちに帰ることができる。途中で「ひかり」に乗り継げば、もう 1 本 2 本遅い便でも可能かも。
 しんどさが回復しない状況、座っていれば帰れる新幹線で帰るのが、格段に楽。あの鬼神の速さが、大好きでもある。

 荷物はフロントから送るとして、バイクどうしよう? (走召火暴)


 まぁ、可能性を考えて遊んだだけですけど。(笑)


 寝不足ででかけるのは、やっぱりいけません。(^^;;;

 で、 23 時前くらいに「お休みなさい」でした。ぽてちにしては早い。 v(^^;
 
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2017.03.21

浜松安城ツーリング(1)


 日ざし麗らか気温が高く、大気が霞んでいて、一部では桜も咲き始めていて。春!三河の国でした。


 なんだけど、寝不足で出かけるのは、本当によくありませんね。(^^;

 出かけた距離と使ったお金の割りには、時間の活用度が低い。見て回ったところが少なめ。撮った写真も少なくて、帰宅した日はほぼゼロ。食べたご当地ンマイ♪ものも、ほとんど無し。

 三河安城のお宿の目の前にあった店なんか、夕食で絶対に挑戦してみるべきだったのに。時間もたっぷりあったのに。しんどさが募って動く気になれず、宿入り前の給油ついでに買ったデイリーヤマザキ調理パンを部屋食して終わってしまいました。


 ということで、 4 時間ちょいの睡眠で出発。けっこう冷える駐車場で朝にこの温度。春だな~と思いました。



 テキパキ動けば 1 時間半は早くに出られたのだけど、怠くて動きが鈍く、出発が 07:25 になってもうたです。


 今回、一番の目標は、安城市歴史博物館で行われていた「本多正信展」なり。

 歴史学クラスタに属する人が、見応えがあってほぼ一日愉しめたとのこと。突然のようにして、見に行ってみる気になりました。


 首都高速。霞ヶ関出口から霞ヶ関入路まで渋滞。大橋 JCT から三軒茶屋まで渋滞
 東名道。横浜町田 IC から大和トンネルまで渋滞


 困ったぞい!と思ったのは、都心環状の千代田トンネルに入ったところだったかな、電光案内板に御殿場から沼津が通行止めとあったこと。

 この表示だと、御殿場 IC から先が通れないと考えるじゃないですか。

 実際には御殿場 JCT から沼津 IC までの東名道が通行止めで、新東名道を使えば清水 IC まで問題なく行けた。
 大井松田を過ぎたくらいの電光案内板で、ようやくそれがわかりました。

 御殿場出口も R246 も激しく混んでいるだろうと、ずっとびびっていました。(^^;


 鮎沢 PA で、一服とトイレの休憩。出発から 1 時間 20 分。まぁいいとこでしょ、と。寝不足だと、やっぱり疲れやすい。 20 分近くもいました。

 そして予定外の新東名道利用となりましたが、御殿場 JCT を通り過ぎるとき、パイロンを撤去しかけているところでした。
 鮎沢でもう 10 分余計に休んでいたら、予定通り東名道を使えたようです。


 清水 IC で下りる。目指すは日本平久能山

 暮れに岐阜へ行ったとき、帰路に寄ろうと考えていたのに渋滞懸念でパスったところです。
 久能山に葬れと言い残した徳川家康は、西方から攻め上る軍勢を牽制する軍事拠点としても考えていたはず。どんな地勢なのか、実際に見てみたいと思っていました。

 で、日本平に登るパークウェイは、ぽてちにはカーブが急だった。(^^;



 10:24 着。日本平の駐車場から駿府(静岡)を望む。



 日本平から久能山へのロープウェイは、標高を下げるのですね。普通はまず登りなので、ちょっと新鮮だった。(笑)



 左にある、山がぴょこんと飛び出ているところ。大権現が鎮座在す東照宮のあるところです。

 大気が澄んだ日に見たら美しい眺めでしょうね。



 着いて下車して、急な下り階段に帰路の登りを思いいたして悩む。(笑)



 寝不足が利いていたんですよね。動くのがしんどくて、わずかな階段を見て「このまま引き返そうか?」と考えてもうた。(^^;

 けっきょく下りたのだけど、その後の余計な登りは止めた。(爆)



 撮っているところより先に入るの、有料だったし。(^^;

 有料でも、登りがほぼ無いこっちには入った。(笑)



 博物館です。残念なことに、展示の本番たる2階には入れませんでした。ついてなかった。暮れもパスったし、久能山とはソリが合わないのかも。(笑)


 日本平に戻って、 11:41 に再出発。



 日本平パークウェイの路面がイマイチで、ダンピング( ESA )を Soft に変更しました。


 この日はその後はずっと Soft のままでいましたが、翌日のこと。

 山あいでカーブが続く空いた国道を気分よく走っているときは、 Normal の方がずっと楽で、運転が上手にもなる。(笑)

 Soft だと。。。

 バイクに与える入力をサスペンションが吸収してしまう分があって、入力を若干早めにしなければならず、路面による反力を受けたバイクの動きにも遅れが出て、路面荒れによる振られも大きくなるんですね。
 直線中心で混雑した町中と、カーブが続く空いた道では印象が異なる。当たり前のことを再認識しました。

 Soft で無駄なくスムーズに走れるようになれば、上手も上等なのでしょう。


 あらためて、この変化、メバチくんではここまで違って感じなかった。ワオのサスペンションの柔らかさが、 Soft で如実に現れるのでしょうね。
 ちなみにリアの相棒は、メバチくんでも Soft の遅れが怖いと Normal 要望でした。


 次に向かったのは、浜松の細江町気賀にある清水屋



 着くのが昼過ぎで、店の混雑が落ち着いてきた頃。先に予定していた近くの井伊谷を見る前に、食事をする気になりました。
 清水屋はかつて車な友人たちと3度入った店で、今回 15 年ぶりくらい。鰻は 2 年ぶり。

 13:17 着。



 たまたまのロット違いということなのか、前回と前々回にけっこう感じた小骨と魚臭さを感じなかった
 その代わり特(大)でも昔より小さかったけど、この方がいいです。

 鰻重は好きな食べものの一つであっても、基本が魚嫌いで、一定以上のレベルを要してしまう ぽてち。(^^;
 前回はゾーンを外れてしまったように思ったのが、今回はセーフでした。


 美味しく食べられても、鰻は高いですね。次も 2 年以上後かな。(^^;;;


 次なる目的地、すぐ近くの気賀関所に向かうべくグローブをはめていたら、電車が近づいてくる音が。
 あわててグローブを外してカメラを取り出しました。天竜浜名湖線を見たのは、初めて。



 カメラが DSLR だから撮れた写真。手持ちのうちで、 X-E2 では撮れません。


 次、気賀の関所模造) 本来の場所はこちら



 道路向かいに大河ドラマ館ができた影響で大河ドラマ館用の急ごしらえ大駐車場へ案内されてしまって、指示された場所が舗装されていないし、一番遠い端でした。(^_^;)



 バイクに乗る人が減って、重いバイクは舗装していない路面で足つきが滑ると危険な事、知らずに 「ここ」と誘導するのでしょうね。


 モノは、こんなものだぁね、という印象。



 関所の作りを知るにはいいんじゃないでしょうか。


 例えば城郭の建造物模造再建も、残る石垣だけでは在りし日の姿の想像することもできないのが、再建でも木造りでちゃんと模造したものを見れば、他で石垣を見たとき脳内再建できるようになります。

 とは松山城の本格再建された門を見て思ったことで、同じものを先日見てきた相棒も同じ事を思ったそうな。
 そう、道後温泉本館と松山城はいいゾ♪と薦めて、実家の両親連れで行かせたです。


 次、近くの井伊氏発祥の井戸。間近を通過して見ただけで、写真がありません。

 寝不足による怠さと余計な疲れで、龍潭寺大駐車場に駐めて歩くのが、すぐ近くでも億劫になってしまいました。(^^;;;
 もちろん龍潭寺にも寄らず。神社仏閣は、鎌倉時代以前の建造物しか興味ないのもあって。(^^;


 次、井伊氏居館跡。再掲の写真です。



 この案内板は公民館の敷地にあって、すぐ前にバイクを駐められるスペースがあったから停めて撮る気になりました。

 寝不足で怠さが炸裂していると、この程度しかできないんですね~。(^^;;;


 ちなみに居館の痕跡は、ほとんど残っていないようでした。


 次、お宿へ向かう道の途中にあった三方原戦場跡の碑



 途中にあって、駐めやすい駐車場があったから立ち寄る気になれた。(笑)


 碑をよく見ると、建立が徳川宗家の現当主の名でした。 1 ,2 年前の家康 400 年行事を機に建立したのかもしれません。


 武田信玄にはここまで出てこられてコテンパンに負けたそうだけど、勝頼は翌日に見た設楽原で抑え込んで、武田家が崩壊するほどの圧勝をしています。
 その間わずかな年数。わずかの間に、趨勢がとても大きく変わったのですね。


 以上でこの日の見物行、終了。

 考えていた夕食(「さわやか」のげんこつ)をとるには時間が早く、他の見物を検討して回ってみるには時間も体力も足らない。

 宿に入るにも早い時間なれど、寝不足のしんどさもある。コンビニで飲み物を買って給油して、宿に入ることにしました。
 徒歩ですぐの所に2,3軒のチェーン店があるようなので、夕食はそこでいいや~と。

 16:40 、宿に到着。



 この日、 298 km21.25 km/L


 テンションだけは上がったままだったのか、体がしんどいくせに眠らない。撮った写真を PC に取り込んで見たり、長いことごろごろしたり。 30 分くらいウトウトした後、20:30 にもなってようやく夕食に赴いた。
 宿から歩きで 5 分のファミレスで、食べたのはこれ。



 昼に続けて濃いモノを食っとりますが、寝不足でシンドイと、体が食って補おうとするんですよね。
 本格的な体調不良ではない、という証でもあったりするです。

 食べてすぐ部屋に戻り、撮ってきた写真を見てぐでぐでと時間を潰す。しんどいくせにただ時間を潰していたようなもので、寝落ちは 23:30 くらいだったかな。
 
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2017.03.18

三河へ


 我ながら、荷物が減ったものである。パッキングも手早くなった。



 かつては、大荷物がお約束だったんです。けっきょく使わず持って帰るだけのものも衣類も、ごっそりと持って出たもので。(^^;)

 横浜の某偉大な夫婦のツーリング記に憧れてバイクでお泊まり外出をするようになって、否応なく荷物が減りました。
 いくらケースが3つもあると言うても、車のようにはいきませんから。


 ストリートガードを着て出ました。



 クッソ重く感じることの他は、上々。

 防寒性能が前のジャケット&パンツより高く、気温が上がってきて日差しを浴びたときの暑く感じる程度も若干マシに感じます。
 気づかぬ細かなところまで、工夫と改良を重ねてあるのだろうと思う。

 重くてゴワいけど、念願のサイズが合ってキツくないことも込みで、トータルで受け入れる気になります。


 で、こんなとこ、行ってみた。



 今年は全くと言っていいほど見てないんですけどね。 > 大河ドラマ
 
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2017.03.12

山中城趾ツーリング


 うちの子が大人用に切り替わって残ってしまった大袋の子猫カリカリを、外の奴らが来たときに出しています。
 どーも気に入らないようで、昨晩やってきた かーちゃん猫も鉢割れすっとんきょうも、口をつけていませんでした。

 代わりにシー跡が増えていた。とんでもない奴らです。(^_^;)


 ところで、前の記事の、ホンダ F1 の様子。

 アロンソの盛りと、マクラーレンの「うちのせいじゃない」工作のようです。

 頓挫した原因は、いずれもマクラーレン側の不具合だそうな。素早く行われる英国人の取材で、あたかもホンダが原因であるような「心証」を受けるマクラーレンチーム員の話しが、そのまま記事になってサクッと世界に流れるというやつだそうで。

 パワーが出ていないのは確かなようですけどね。アロンソのタイムは、パワーだけが原因であんなに遅いわけがないそうな。

 ホンダの責任者が栃木に飛ぶという話しも、憶測が事実のような記事になったらしい。

 魑魅魍魎が蠢くような F1 であることを、失念しておった。(^_^;)


 いきなりの閑話休題


 山中城趾と、小田原東の農産物直売所に行ってきました。

 山中城趾は、 R1 を箱根峠から三島に向かって下っていく途中にあります。後北条氏によって、永禄年間に築かれた城だそうな。
 1590 年の小田原攻めで 7 万人の軍勢に攻められて、半日で落城したとか。


 特別な興味やロマンを持っていたわけじゃないのですけどね。史跡を見たい意図より、バイクで出かける口実の方が大きかった。

 高速道中心でサッと行って、サッと帰るに良い立地で、距離もそれに相応しい。


 農産物直売所にも寄るつもりで、トップケースをつけて、保冷 BOX も積んでいきました。



 パニアに付いているゴムベルトで足りる荷物だけど、ネットを外すのも面倒で、そのまま。


 07:23 、出発。



 写真にあるように、 6.5 度。

 首都高速は、お約束の大橋 JCT が混雑していました。東名道は渋滞。大和トンネルの手前が先頭で 6 km だったかな。
 渋滞は嫌なものだけど、バランスを崩してしまったメバチくんのときよりは楽。v(^^;


 その後は順調。時おり薄日が差す曇天で、 6.5 ~ 7 度を行ったり来たり。近頃のパターンで、のんびりと巡航する。
 この のんびり性能は求めていた通りのもので、あらためて嬉しくなる。

 小田原厚木道路の小田原東 PA で休憩。トイレタイムを取りました。

 PA に飛び込む直前に見える箱根の山に雨雲がかかっていました。上空は雪だな、と思う様子の雲です。



 停車したときにはパラパラ降ってきて、タブレットで雨雲の様子を見る。

 しばらく待てば止むようでしたが、あまり長いこと待っていると道が混み始めてしまうと考えて、 20 分で出発しました。
 この後、 R1 を登っている途中までパラパラ。路面が若干、湿り気を帯びていた。


 小田原厚木に続いて、 R1 も順調。時間が早めだったことで、観光バスがゼロ。観光の車もだいぶ少なかったようです。
 帰路、小田原に向かって下りているときの登り側は酷いことになっていました。

 車の後ろについてタラタラと登っていく。小田原まで安定していた気温が、登るに連れてどんどん下がっていく。
 頂上になる箱根峠では 1.5 度まで下がりました。


 1.5 度の表示を見て、帰りのルートを変更する気になりました。計画では、芦ノ湖スカイラインを通って仙石原に下りる予定でした。
 交通量のある R1 はまだしも、この天気と気温で芦ノ湖スカイラインは危険だべ、と。


 ということで、山中城趾に到着。 09:35



 ナビに「芦ノ湖スカイライン」と表示されているのは、通る計画で案内ルートを組んでいたから。



 歩き始めて思った。毎度の酷い寝不足と、治りきっていない風邪で、登りがだいぶキツい。すぐにゼーハーのゲホゲホ。(^^;;;

 この写真に見える堀は『畝堀』と言うそうな。初めて見ました。



 城趾の印象は、山城だけあって規模があまり大きくない。

 1,000 人とか 2,000 人の城兵で、 5,000 とか 6,000 人の敵を防ぐ。それくらいの規模の戦闘に向いたものに感じました。
 築城したときには、 70,000 人で攻められるとは想像もしなかったでしょうね。

 攻め寄せてくる 7 万の軍勢をここから見て、どう感じたことか。沼津方向です。



 あまり見て回らずすぐに戻って、座り込み。と言うか、ヘタリ込み。(^^;

 ここで考えた。計画では、箱根峠に戻って芦ノ湖スカイラインを通り、仙石原から御殿場に下りて、足柄峠を越えて南足柄から直売所を 3 つなめて小田原東に出るつもりだった。

 路面が湿り気を帯びた日陰のカーブが多い箱根スカイラインは言うまでもなく、芦ノ湖スカイラインも止めておいた方が良さそうな状況だった。滑ったら一瞬でアウト!の 2 輪ですものね。
 えらい寝不足で、体調も復活していないことが城趾の登りでわかった。現にヘタリ込んでいる。

 出発が適切な時間より 1 時間半遅く、のんびりペースで思ったより時間がかかって、足柄峠を回っていたら確実に渋滞が始まってしまう時間になる。

 箱根峠越えて小田原に戻ることにしました。小田原東の産直所だけ寄ることにする。


 10:40 出発。戻った箱根峠は 2.5 度。路面凍結警告マーク点灯。

 下り道もだいぶ順調。運良く登坂車線で抜いた牽引がガードしてくれた形になって、後ろから追われることなくタラタラと下る。七曲がりを越えるまで単独走行でした。

 箱根口から小田原厚木に乗って、小田原東で下りる。朝どれファーミなり。



 キャベツ1玉、白菜1/4 、キュウリ、ほうれん草、ブロッコリー、アスパラガス3本、みかん、地物のかます開き冷凍2枚パックを購入。



 ここで渋滞情報を見て悩む。川崎から大橋 JCT まで渋滞しているとの情報。

 13:00 ~ 15:00 に用賀へ突入すれば、 3 号線の渋滞がほぼ無いのが昔からの通例です。毎週末のように早朝の箱根に通った頃に掴んだ知識。(笑)
 12:00 で川崎から大橋 JCT まで長く詰まっていると、通例を覆す事態になりそう。

 中央環状山手トンネルができたことで、大橋 JCT までの交通量が増えたのでしょう。右からの合流直後に右へ分岐していく作りも酷く悪いと思う。


 ベンチで昼ご飯の缶コーヒーを飲みながら Google map で別のルートを検討して検討して検討して。。。 渋滞を逃れようがないこと、あらためて確認しました。(^^;

 仕方ない、とりあえず東京 IC まで行くだ。たどり着いたときの首都高速の渋滞ぶり次第で、一般道を回り道するべ。
 もしかしたらワオ店の前を通るから、そのときは休憩で寄ろうと決める。

 もしかして寄ったときの休憩代のつもりで、みかんを一袋買い増す。(使わず仕舞い)


 ということで、出発。しようとしたところで おとーさんに話しかけられて、バイク談義が 15 分弱。おとーさんは昔 W1 やオフローダーに乗っていたそうな。

 出たのが 12:30 になってもうた。気温、 12.5 度。


 小田原厚木を巡航しながら、あたらめて思った。「あそこまで 1 時間 40 分だな」といった距離と時間の感覚が、ワオだと狂ってしまうことを。

 Google map のルート案内に表示される予想時間が、車はほぼピッタリ。メバチくんも休憩時間分くらいの遅れで、だいたい合っている。
 これがワオだと、予想時間にはまず着きません。自分の感覚からも大きくズレる。

 暮れに岐阜へ行ったときもそうで、東名道に思ったより時間がかかって、予定地を一つパスすることになりました。

 要するに高速道の巡航速度が落ちていて、のんびり走っているんですよね。大磯の辺りでタンデムの K1600 GTL にシューン!!!と抜かれて、あらためて思うたです。


 だいたい 13.5 度の気温下で、厚木 JCT も海老名 SA 前後も大和トンネルも順調に通過。港北 PA で休憩。渋滞情報を確認するため。
 3 号線の渋滞は引き気味で、用賀から断続的といったところまで改善されていた。

 真っ直ぐ突入を決断して、出発。

 用賀料金所の通過はスムーズ。駒沢公園のあたりで渋滞の尻についたのが 13:30 過ぎ。昔の経験則では渋滞がなくなる隙間時間帯です。

 ダラダラと動いた渋滞 10 分弱。大橋 JCT ができてからとしては、マシな方でしょう。


 いつものスタンドで給油して、 14:01 に帰庫。



 213 km 走ってきて、燃費は 21.95 km/L しつこく入れたので 22 を切りました。
 
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2017.03.05

再び伊豆の国市へ

 1年ちょっと前 ↑


 体調不良のこと。咳き込み倦怠感が酷く、サラッとした鼻水と目のシパシパもあって、微熱が退かずに続いているような不快感が続いたことから、花粉症だと断定したやつ。

 水曜・木曜がピークだったことから考えるに、日曜日の買い出しで風邪をもらってきてしまったのではなかろうか。
 軽度の花粉症に拾った風邪が乗っかって、だいぶシンドイ状況に陥ったのかも。


 中でも、すぐに咳き込むのが辛くて、倦怠感が困ります


 木曜日に花粉症対策の弱い薬を処方してもらって、服用を始めてから少しずつ楽になっているのですけどね。
 花粉症対策の薬を飲むのは初めてです。

 市販の咳止め薬も併用。市販薬の中では効きがよいと認めているものです。


 ちょっと前 ↑ だから、上の写真の1年後。


 さて、もう2週間も前の事になります。


 伊豆の国市へ、また行ってきました。北条義時(江間義時)の墓があるという、伊豆の国市江間の北条寺を目的地に。
 ここのところ読んだ本に触発されたわけです。



 擁する源氏将軍なしで姉の政子とともに東国武士を結集して承久の乱を勝ち抜いて東国武家政権を確立した義時。その墓があるということなら、見に行ってみたい。

 もちろん、バイクで出かける口実です。(笑)

 その程度だったから、細かいことを調べずに行きました。

 帰ってから調べたら、本当の墓(跡)は鎌倉にある頼朝の墓のすぐ近くらしい。北条寺にある墓は、良くて分骨して作られたもののよう。
 子で鎌倉幕府を盤石にした名執権で知られる北条泰時が建てたと伝わるようです。



 本を読んだ知識。

 北条義時は兄の死後も北条の嫡子とされず異母弟が嫡子だったようです。だで、北条でなく領地名の「江間」を名乗っていて、江間小四郎 とか 江間義時と呼ばれていたよう。

 幕府の評定に父親の政時とともに出ていたのは北条氏から2名を出していたのでなく、将軍の外祖父である有力者の北条氏1名と、将軍の叔父で信任がとても厚かった江間氏1名という認識だったらしい。
 実質的には北条氏から2名ですけどね。建前とウンタラという奴かな?(笑)


 義時は姉の政子や他の有力御家人とも協調バッチリだったようですね。父親の政時がかなりのアホウをやったことで失脚させて本領に押し込めて、トドメに承久の乱で御家人を率いて勝ち抜いた力量と実績で、実質的に北条氏の棟梁となったらしい。
 同時に、他の有力御家人たちから、幕府を主導する別格な存在と認められたよう。



 この義時の流れが北条氏の棟梁となって、義時の法名に由来すると考えられている「得宗」(朝廷の「治天の君」と同じようなもの)と呼ばれ、幕府を主催する得宗北条家に。

 得宗家当主は執権に就くけど、執権を退いても幕政万端を主催する。北条氏一門でも得宗でない執権は、雇われ社長のようなもの。「得宗」と「治天の君」の類似性から鑑みるに、当時の社会的な必要だったのだろうと思います。

 元は開拓農場主だった武家の(ほぼ)総取り、嫡子(ほぼ)総取りの社会になる徳川時代まで、 400 年以上に及ぶ戦乱の時代が続いたことを思うと、世の中、簡単には変わりませんわ。(^^;)

 明治政府がぽっこり持ち出した分割相続が続く今の社会でも、おっきなところは工夫で嫡子(ほぼ)総取りに近いことをやっとるようだし。


 閑話休題



 伊豆の国市の農産物直売所にも寄るつもりで、トップケースを着けていきました。よって、出発の儀式に 10 分ほどの作業時間が加わる。

 ついでに、標準シートを High の位置に変更。座面高 825 mm だとどうなるか、そのテストをすることにしました。
 ゲルザブと合わせて、 830 mm のハイシートくらいになるのじゃなかろうか。


 この作業中。ストリートガードのジャケットとパンツ。袖と裾をめくっておいて、作業性を向上させました。
 袖をめくっている図が、この写真。



 そのままだと指先まで覆ってしまうくらいですから、けっこう邪魔で。(^^;

 パンツの方も、ブーツを履いて裾を締めていないと、裾を地面にスリスリしてしまいそう。膝を曲げた状態でちょうど良くなるものですから、直立歩行中は。。。

 玄関を出たところは、野良猫のシーで汚れていますしね~。(^^;;;


 この日は動き始めが少しのんびりで、出発は 08:51

 初めてのテストに出たときと 4 分しか変わらないのだけど、儀式他あれこれの時間が短くて、玄関を出たのは 7 時を過ぎていたと思います。
 駐車場の気温も通常のレベルで、ストリートガードを身につけていると冷たく感じることがなく、けっこう気楽な出発準備だった記憶あり。


 首都高速が、渋谷の先から大橋 JCT 過ぎまで渋滞。その後は順調。東名道の多くを、クルーズコントロール使用でのんびり走行しました。

 タバコを吸いたくなって、鮎沢 PA で一服休憩をとる。出発から 1 時間 40 分。



 鮎沢で 9 度あることから、やっぱり通常レベルですね。

 休憩を取ったのは、ヘバったわけでなく、冷たく感じて襟や裾の始末をしたくなったわけでもありません。
 毎度の寝不足ではあったけど、体温の自己調節も上手く働いていたようです。


 ちなみに座面高 825 mm のこと。やっぱり膝が楽でした。けっこう楽。膝の屈曲はこれくらいがツーリングの許容範囲なんだよな~と思うくらい。

 伊豆縦貫道を下りてからの、信号で停車が多くなる一般道と、不整路面もあり得る駐車場でどうなるか。
 そこを次の関心として移動を再開。

 前傾が気持ち増すゲルザブは、やっぱり尻の座りが悪いです。


 前回同様に長泉沼津から伊豆縦貫道へ。今回はけっこう渋滞していました。

 で、伊豆の国市江間の北条寺。やっぱり市の名に「ふざけとる」と思うた。(笑)



 門を入ったところにあった案内板。



 案内に従って、登っていく。



 


 北条義時がネタだと、見物客が押し寄せるほどのことはなく、それでも案内板が整備されていることから、いないわけでもない模様。



 ということで。



 墓地だけに静かで、江間の地を見渡すことができるところでした。

 石造りの立派な土台は後世の整備でしょうね。鎌倉時代の墓って、有力者でも小さくて簡素なものが普通のようですから。
 この墓石でも立派すぎなくらい。泰時が建てたものならば、納得の範囲ですけど。


 ここでシート位置 High の座面高 825 mm +ゲルザブのこと。土砂利路面で傾斜もあった北条寺の駐車場で、チと怖かったかも。(^^;)
 こういうところは両足べったりの Low が楽だと思うたです。

 入ったときも出るときも、 Low 位置に変えようとはしませんでしたけどね。面倒で。(爆)


 これで主目的を果たして、もう一つの目的地へ。すぐ近くです。



 1930 年の北伊豆地震で、地震の大きさを残した擦痕です。



 ぜひ見てみたいと思ったわけではありません。他に寄ってみるネタはないか?と Google map を見ていて、目に留まっただけ。
 気づかずにいちど通り過ぎてしまって、もう寄らなくてもいいか?と思ったくらい。

 ヒョイと U ターンできない ぽてち。戻るのは一仕事ですからね。(^^;;;


 これ見て時代を感じたのは、小学校の校庭に魚雷が展示されていたこと。なるほど、そういう時代だよね、と。
 当時、魚雷は先端科学の一つで、いま宇宙探査ロケットを展示するようなものかもだけど。


 次なる目的地は、川を渡ってチョイ進んだところにある農産物直売所



 土産として、野菜を少々買い込みました。

 覚えている範囲で。キャベツ、ブロッコリー、トマト、青梗菜、ほうれん草、みかん一袋、にんじん。
 そして昼ご飯に小麦まんじゅうを一つ。駐車場で食べて、昼ご飯終了。


 野菜類をパニアに入れて、曇天になったことから持ってきたウィンドブレーカーを着込んで、帰路に就く。
 五十肩が治らず、二の腕が冷えると痛むです。(^^;


 帰路は伊豆縦貫道も東名道も順調。さっさと引きあげたことで、大和トンネルの渋滞が始まる前に通り抜けられました。

 お腹が減ってきたのと、タバコを吸いたくなったのとで、港北 PA に寄る。

 もっと手前からタバコを吸いたくなっていたのですけどね。休憩している間に大和トンネルの渋滞が始まったら嫌だと考えて、港北まで進みました。

 昼ご飯の追加は無し。落ち着いて食べられる PA じゃありませんから。目が欲しがって買ってしまったけど、帰るまで食べられません。(^^;)



 その後、大橋 JCT 手前の渋滞もなく順調に、いつものスタンドへ。 15:38 帰庫

 279 km 走ってきて、燃費は 22.6 km/L 。総走行距離は 3,401 km
 
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2017.02.24

ストリートガードのテスト(ジャケット編)


 ぽてちが導入したジャケットは、ロングタイプの方です。すっきり感より、裾から冷気が入り込んで腰を冷やす可能性の低さを選びました。


 テストに出かけた日。上半身の衣類は、肌着シャツ、上着シャツ、羊毛の極薄セーター。その上に、胸から下をパンツのサロペット部(男性用のみ)が蔽う。

 そしてストリートガードのジャケット。


 前のジャケットのときはたいてい重ね着していた BMW のウィンドブレーカー(廃番)は着ずに、パニアに入れておきました。
 これ、薄くて柔らかく、着やすい割りには保温性がけっこう高いんです。

 今はなき以前のディーラーで処分価格で吊られていて、相棒の勧めで試着してみたら余裕で入ったことから買ったもの。
 値段が高くて縁遠いと思っていた BMW 純正ウェアへの評価を高めたものです。

 欧州人向けの作りは、ぽてちには袖が長いこと。再確認したものでもありました。



 このウィンドブレーカーを着なかったのは、慣れない固くゴワゴワしたジャケットで厚着して動きにくい感を増したくなかったのと、防寒性能の程を知りたかったのと。

 おまけに、ジャケットのインナー部チャックを開放。ジャケットの保温性が高そうに見えたのと、前のパンツに無かったサロペット部の保温性があって、さらに暖かかろうと思ったのと。


 気温が低い朝だったのですけどね。出発儀式の他あれこれをやっていた駐車場が 2.5 度だったほど。
 もし冷えて困るようだったら、大井か君津で閉めるなり着るなりすればいいや、と。

 湾岸線でだったかな、電光板で知りました。東名道の大井松田から裾野の間が雪の凍結で通行止め。残って凍結するほどの雪だったとは、知らなんだ。
 関東一円がだいぶ冷えていたようです。

 それほどでも、日差しで暑くなって消耗することを警戒していた ぽてち。 v(^^;



 出発儀式の他あれこれは、まず、手間のかかるトップケースの装着に数分。そして、以前書いた雨水流れ込みの可能性確認です。



 うむ。流れ込んで、流れ出ていく作りのようです。どこをどう流れ出ていくかは、わかりません。
 考えられているのでしょうけど、中がびしゃびしゃするのは、よい作りでないな~。


 続けて、シートを外したついでに、これ。



 メバチくんのとき、前後とも各々2枚重ねで使っていたゲルザブです。

 ワオのシートと乗車姿勢はメバチくんのときのような股ぐら攻撃性が無いし、クッション材がしっかりしているから、潰れてきてプラの土台が脚のつけ根にあたって痛くなることも、まずない。(ぽてちは重いですからね~。 v(^^;;; )

 だで、房総へ行くくらいの乗車時間なら、必要を感じないのですけどね。岐阜へ行ったときはさすがにお尻が痛くなった。

 某横浜の偉大な夫婦が同じようなものを敷いているのを見て、ワオでも試してみようと思い立ったのでした。
 モノはたぶん、某横浜の偉大な夫婦が使っているものの方が良いです。ゲルザブは、気持ち前下がりになって尻の落ち着きが悪いから。


 試してみた印象。シート表面を固く感じるのが緩和されて、良い。気持ち前下がりに悪評が出なければ、タンデムシートにも着けることになるでしょう。
 2,3 mm でも座面が高くなって、膝のキツさにも良い。。。はず。(笑)


 あれこれの最後は、これ。



 スマートフォン充電用のリール式ケーブルを、手持ちの中で小さいものに変更しました。

 白い方だと、ストレージコンパートメントに入れたとき真にギリギリ。出し入れし難いのと、いつか端子を壊しそうなのと。
 黒い方に変更したら、若干の余裕ができました。



 ということで、ようやく出発した次第。


 前のジャケットで大きな懸案だった、二の腕と肩の冷え込みは如何?


 は大丈夫。ごっついプロテクターの保温効果だと思う。おかげで、五十肩が痛んでこなくて大いに助かる。

 二の腕と脇の下が、けっこう冷や冷やする。脇の下は、どこかから冷気が僅かばかり流れ込んできているような感触。
 インナーのチャックを閉めるなり、ジャケットの裾の始末を検討するなりの、必要あり。

 まぁ、前のジャケットより冷え方の程度が少なく、暖かいんですけどね。


 ちなみに、襟とヘルメットの隙間がけっこう小さくて、首回りが冷たくて不快に感じる程度がだいぶ減じました。
 これは予想外のことで、有り難い!

 襟の中にフードが畳み込まれているそうで、ガッツリしているんですよね。

 代わりに、その襟がヘルメット下端にあたって、首を上げる動きが少々阻害されます。車線変更時の後方目視確認の首振りも、ちょっとし辛いかな。



 ということで、全体として暖かい。前のジャケットより確実に暖かい。二の腕と脇の下の他はぬくぬくと快適
 冬の長時間走行でも、冷えて体力を消耗する心配が少なくて済む。

 7年半前だったっけか、前のジャケットを導入したときも、こりゃ暖かい♪と思ったのですけどね。上には上があるものだわい♪と。(^_^)

 よって、消耗とバテの有無は、多くが寝不足の程度と暑さに帰することになると思います。


 たくさん着込んでモコモコすることなく済んで、防風保温の首巻き腰巻きを使う必要もなくて、楽ちんだとも思いました。

 ストリートガード自体で、十分にゴワゴワ感ありますけどね。着ているうちに馴染んで、多少はゴワが減ってくれると思います。人間側の慣れもでてくるでしょう。



 ストリートガードの話しを離れて、お出かけのこと。


 1.5 度の君津 PA では、盛大に霜が降りていました。もしかしたら、夜中に降った雪だったのかも。
 ここで失敗。(^^;

 わずかにたばこを1本吸っている間、グローブをシート上に置いておいたら冷え冷えになってしまいました。
 タブレットの操作で指も冷えて、以後、富楽里に着くまで指先が辛かった。(^^;

 いちお、(厳重でない方の)冬用グローブを着けていったのですけどね。いちど冷えてしまうと、指先はグリップヒーターを使ってもなかなか回復しません。
 やっぱりハンカバを使った方がいいのかな~。


 富楽里では冷やさぬよう、サロペット部に差し込んでおきました。


 富楽里で並べて駐めた祖先です。



 富楽里で買ったもの。大きなブロッコリー、レタス1玉、小松菜1羽、トマト1袋、八朔2個。手作りプリン2つに苺も3パック。



 だいぶ賑わうようになっているからでしょう。こんなものまで売られていた。



 こんなものも。



 初めて見ました。

 日本みつばちの蜂蜜は、西洋みつばちと違って固まりやすいようですね。それだけ糖分が濃厚なのかな?
 ¥7,200- だったか、 ¥7,500- だったか。富楽里で通常の蜂蜜の。えらく高い値段でした。希少なものなのでしょう。


 たばこベンチでの休憩を入れて、滞在は約 50 分。 10:20 に富楽里を出発。

 この日もえらい寝不足で他に回る気を失い、まっすぐ帰路につく。特に行ってみようと思っていたところがあったわけでないし。
 その代わり、富津中央まで R127 トコトコをやってみる気になる。


 うん。1車線の道で車の後ろは、辛かった。(笑)



 やっぱりね。にぶいんですよ、先読み判断と車の動かし方が。そして燃費が悪い動かし方を、いいと勘違いしてやっている。
 さらにやっぱり、のろいんですよ。今の多くの車種の動き方が。

 こういう車が、 15 年前と比べても増えたと思います。それだけ車が普及して、高齢の運転者も増えたのだと思う。
 打つ手が無いことだで、愚痴がこぼれるのみ。(笑)


 帰路は、 R127 も館山道もだいたい 7 ~ 8 度。


 館山道巡航中に、ブーツの中、土踏まずあたりから先の方が冷たいことに気づく。ただ冷えているだけでなく、どこかから僅かばかり冷気が流れ込んで、通り抜けているような感触もあった。
 今は断線してお蔵入りになっている電熱ソックスを履くために、だいぶ大きなサイズにしたブーツ。ぶかぶかの悪影響かな?

 前の記事に書いたことで、裾のさばき方を考えないとなりませんね。



 湾岸線と都心環状、 9 度。給油して、 12:15 帰庫。 9.5 度。

 185 km 走ってきて、燃費が 21.73 km/L

 シングルだと伸びますね。車でも、排気量が小さく車重も小さい車は、一人か二人かでけっこう変わってきますが。
 今回のは、 R127 で効率よく走らせてもらえていたら、もうちょっと伸びたはず。


 格納の儀式の際にやったこと。雨水の流れ込みで収納物が濡れないよう、キチンと奥に押し入れる作業をしました。



 ビニールポーチに入っているものは、パンク修理用のボンベ。その右に丸く見えるものがパンク修理キット
 ポーチの上の四角く白いものは、圧縮して固められた軍手

 その上の薄いビニールポーチに、車検証と自賠責のコピーが入っています。さらにその上に、見えないけど ETC ユニットがある。

 けっこう入るんです。



 左側の外パネルを留めているネジ。お気づきになりますでしょうか。

 右側と違って、はっきりズレていますよね。これも、黒パネルがぱかぱかになってる原因じゃないかと疑っています。
 黒パネルが熱で歪んでネジ穴の位置がズレただけでなく、受け側もズレている?と。


 部品が入荷して黒パネルの交換に行ったとき、訊いてみようと思います。もうすぐ4週間になるで、そろそろ連絡があると思います。
 
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2017.02.21

ストリートガードのテスト(パンツ編)


 ストリートガードのテスト。届いてすぐ、 11 の土曜日でした。

 次にアップする予定のジャケット編の次の記事は、やはりストリートガードのテストにもなったお出かけになるかな。 18 日土曜日に、再び伊豆韮山へプラリ行ったことです。
 それとも、月曜と火曜の晩に挑んだ上州屋チューンの顛末が先だろうか。


 で、 11 日。

 けっこう冷えていた朝の 06:25 に玄関を出て、出発の儀式あれこれの後に なんと 08:47 出発。岩井の富楽里まで行ってきました。
 出発時のあれこれは、後述します。


 天気は快晴。往路復路ともに全線で日差しがありました。出発時、駐車場の気温は 2.5

 最も冷えたのは、君津 PA の 1.5 です。



 路面凍結の警告マークが点いていますね。

 高速道路速度で巡航中に最も低かったのは、君津 IC あたりから君津 PA ちょい先までの 1.5 2.5 度でした。


  2.5 度、出発時
  3.5 度、家の近くで大通りに出たとき
  4.0 度、首都高速都心環状界隈
  4.0 度、レインボー橋と湾岸線
  4.5 度、アクアライン橋梁部
  4.0 度、木更津金田から
  3.5 度、木更津 JCT から
  2.5 度、君津 IC あたり
  1.5 度、君津 PA


 君津 PA 後は、出てすぐの佐貫町手前から温度が上がっていって、富楽里に着いたときには 7 まで上がっていました。



 駐めて降りると、無風なら襟元を開けたくなる暖かさです。もの凄い落差に感じました。


 この日の衣類。

 下は、肌着パンツと夏用のメッシュ アンダーパンツを履いて、その上にストリートガード

 腹がぶかの楽ちんで、尻周りがぶかぶかです。大腿部もぶか。足らぬところがどこにも無く、完全によゆ~♪の喜び。(笑)


 で、履いてバイクに乗った感触は。

 ストリートガードは頑丈な生地でけっこうゴワゴワしているので、膝プロテクターの位置が馴染まず、頻繁な信号等停車からの発進の度に位置を合わせようと手で押して押して、何度も押していて。

 だいぶフラフラとしてしまいました。後ろにいた車は怖かったことでしょう。(^^;


 これ、パンツの裾をベルクロできっちり締めると、裾がブーツの一番細い位置、すなわち足首の位置にくるからなんです。
 丈が長くてゴワいものですから、ズリ上がって、膝プロテクターの曲がらぬ位置が膝小僧にきてしまうんですね。で、屈曲が困難。

 これまでとは真逆の理由で、これまでと同じ事態に至る。発見の気分で、新鮮でした。

 これまでは必ず、大腿部の長さが足らないことで膝プロテクターの位置が悪く、プロテクターの曲がらぬ位置が膝小僧にあたっていたわけですよ。
 それが、長いことが理由で。。。 新鮮で新鮮で。(笑)


 この幸福感♪ たるや、もう。。。 (笑)



 とは言え、62 サイズのパンツは、大腿部の長さがほぼ丁度だけど、膝下がちょっと長かったわけです。
 なるほどね。欧州人の体型は、脛の長さがあるのねん。

 ちなみにこれ、ジャケットの方で、袖の長さと肘プロテクターの位置にも同じ事を思った。欧州人は一の腕が長い。


 ズリ上がって膝の屈曲をしにくい事は大問題です。これ、裾をちょっと緩めることで解消しました。

 緩めすぎるのも問題です。高速道路速度で長時間だと、裾とブーツのベロの隙間から微かに走行風が入ってくるらしく、ブーツの中が冷たくなってしまう。
 裾とベロをちゃんと始末して、適度に締める。これで翌週は問題なく走ることができました。


 パンツのこと、さらに続く。


 腹は大いに余裕で、締めつけ感がゼロ。尻はぶかぶか。大腿部の太さが尻近くで大余裕になっていることもあって、尻の脇、脚のつけ根がだいぶ余ってゴワゴワと邪魔。
 生地がゴワゴワでなければ、合わせて ぶっかぶか!に感じるはず。

 この状態だと腰脇のプロテクターの位置が前方向にズレるらしく、座るとけっこう邪魔に感じます。

 昔々の大昔に見た『コンバット』に登場するドイツ軍の軍曹くらいの下士官おっさんの体型。
 ごっつくて、尻も大きかったものな~。(^o^;)



 もっと続けて、防寒性能は?


 レインボー橋に登ったあたりから先が、走行風による冷え込みが本格化してくるところです。
 ここらから、身体の各部の感じ方(冷え方)を監視していました。

 前のパンツで大きな懸案だった、太ももの外側と、尻の脇の冷たさは如何?


 太ももの外側が、少々冷たく感じる。尻の脇は、腰脇プロテクターの効果が大きいのでしょう。冷たくならない。

 懸案だった太もも上面も、冷えてこない。でっかいプロテクターが入っている膝のちょい上も、まったく問題なし。

 ダボっている部分で空気が保温層になっているためでしょうか。全体として、対策を必要に感じるほど冷えてきません


 そこに頭を突っ込んだら見えないって! ↑


 期待していて、期待通りだったこと。透湿性能


 発汗で蒸れにくいからなんでしょうね。降りているとき、店内にいても暑く感じにくい。
 暑くて不快になりにくいから、バテにくい

 ジャケットでも感じることです。


 例えば、日用の防寒着にした古いジャケットのように透湿性能がイマイチだと、



 温度がちょっと上がると、中に湿気がこもってくることを感じる。

 するとてきめん、暑くて不快に感じてきて体力を使わされる。前を開けると湿気が冷えて、体温と体力を奪っていく

 なんとかドライという透湿素材を使っているそうなんですけどね。


 これが先日まで使っていたジャケット( Honda Super Bold'or GORE-TEX GCジャケット )だと、蒸れにくくてけっこう良い。
 前のパンツ( Honda SuperBold'or GORE-TEX GCパンツ )も、まずまず。

 駐車場や冷え込む倉庫部屋でゴソゴソやるときの防寒着として着ていても、その違いを如実に感じます。
 防寒性能は、蒸れない先日までの方がずっと高いのですけどね。暑くなりにくい。


 めっちゃ高価なストリートガードにキヨブタしたのはサイズが理由の一番だけど、透湿性能も理由の一つでした。


 ジャケットその他編に続く
 
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2017.02.20

鑁阿寺(足利氏宅跡)見物ツー【本編】


 さて、本編。前振り編からだいぶ間が開きました。
 鑁阿寺へ行ってから、2週間以上も経ってしもうたです。v(^^;)


 足利市へ行くこと。前から考えていた割りには出発が遅く、 10:25

 そう、その通り。寝坊です。(笑)


 渋滞や混雑なく順調に... と思ったら、安行出口の分離 V にトラックが突っ込む事故が引き起こした渋滞に遭う。(^^;
 処理中で一車線を塞いだままだったので、本格的な渋滞でした。

 他は至って順調。気温も 11 12 あって、襟とヘルメットの隙間が冷たくて不快な他は、暑いくらいでした。

 冷たくて不快で、暑くて不快。体温調節が上手くいっていないときのパターン。出発時から体調がイマイチだったようです。
 要するに、ひどい夜更かしで、寝坊しても寝不足だったわけですが。(^o^;)


 肩が冷えて痛み始めていたところで、佐野 SA スマートにて東北道を降りる。

 まず、佐野 SA からすぐ近く、犬伏新町薬師堂へ行ってみました。



 真田氏が、関ヶ原の合戦前に親子兄弟で袂を分かつ密談をしたと伝わる薬師堂。異説もあるようです。



 建物は、建て直しを経てきているのじゃないかな?

 大河ドラマ『真田丸』は異色の面白さで珍しく見ていましたが、真田氏に対して特にロマンを抱いているわけでなく、「この辺りだったのね~」くらいの感想。


 ドラマを面白く見たのは、大名被官になった国衆や国衆被官の実像を描こうとしていたから。
 支配領域の縁辺では他村からの強奪が日常的にあったことも描かれていましたよね。

 本領の一所に懸命で、さらには、他所に攻め込んで殺し欺し実力で奪った( by 信繁)所領を守るのに懸命だった姿も。
 古代に根を持つ中世的な社会政治の思想と観念に強く縛られつつ、 400 年かけて少しずつ脱却していって、近世的な完成を見せる時期だったと思います。

 てな感じ。


 パチリ☆撮った後にタバコ3本もの休憩をしたことからも、体調イマイチが確かだったと思います。タバコが多くなるのは、体調が悪いときですから。

 実際、この段階ですでにヘバリ気味を感じていて、この後の足利市でも、見物後、不快を感じつつ長いことベンチに座り込んでいました。

 体調が良いと暑さにも冷たさにも多少は耐性があって、簡単にしんどくなって早々にヘバるような事がなくて済むのですけどね。
 例えば、豪華ランチ♪ツーリングのときがそうでした。


 両毛線沿いの県道で、足利市へ。


 ほぼずっと車の後ろで、1速2速3速を行ったり来たり。エンジンが悲鳴を上げる寸前の 2,200 rpm ですら、4速に入れられることはごく稀。(^^;

 速度が乗った状況の巡航でももっぱら、悲鳴が近い3速 2,200 rpm ということころ。(^^;


 地方路線沿いに、小さな町を小刻みに継いでいく県道。だから仕方ないのですけどね。運転していてだいぶ辛かった。(^^;;;

 鈍い運転も(ナチュラルに)開き直れるほど車が普及していて、年をとってトロくなった人がたくさんハンドル握っていて、さらには今どきの新しい車は以前に増してのろい作りで。
 地方道トコトコの楽しさが、以前に増して遠のいた感を深めました。


 遅い! 鈍い! トロい! ヽ(~◇~;)ノ


 人口と交通量の多い関東地方では、仕方ないことなんですけどね。

 仕方ないんだけど。体調イマイチだと対応がしんどくて短気にイラつくからいけません。(^^;;;;;;


 わずか 15 km 35 もかかって、足利市の『太平記館』駐車場に着。
 距離/時間で見ると、都内よりはマシ。わかっちゃいるけどさぁ。(笑)



 ここで、オーバーパンツを脱いで普通のズボン姿になる。

 日差し朗らかで、履いたまま歩いていたら暑くて大汗のバテバテが間違いなし。ヘバリ気味でだいぶ億劫だったけど、頑張って脱ぎました。


 次は前振り編にアップした写真ですが、太平記館のたばこベンチで休んでいたら『たかうじくん』が出てきた。



 中は高校生の奉仕活動だったよう。制服姿の女の子たちが入っていったしらばらく後に出てきました。地域貢献というやつですかね。
 観光バスの団体出迎えと、観光バスを見送るのに活躍していたようです。

 前がほとんど見えないようで、動く度にみんなで大騒ぎの誘導が微笑ましかった。(笑)


 で、足利学校



 有名ですよね。日本史の教科書にも載っていたっけか? 古すぎて覚えてない。(^^; 少なくとも、持っている日本史の本に写真が載っています。



 事前にちょっと調べて危惧していたのは、足利氏時代の建造物の有無。どうも、江戸時代に徳川がてこ入れした儒学校の臭いがしていました。

 で、危惧した通りでした。

 2つ上の写真左に写る小さな門は古いものらしく、土塁と堀も、鎌倉時代に足利氏の居宅だった時代を今に伝えるものでしょう。
 だけど、主要建造物は江戸時代のもの。



 主要建造物がその状況だと、見るべきものがほぼありません。儒学校は興味の対象外だし、建築様式も躍動する時代を今に伝えるものじゃない。

 建造物を眺めながらぐるっと一周して、鑁阿寺へ。



 かつては同一者(足利氏)の敷地だったものが大区画で分割されて、学校と寺に分かれている。そんな状況のよう。
 惣地頭クラスの邸宅規模からして、そう考えて間違いなさそうです。

 邸宅外になる区画も、ここは事実上家の子の一族や被官が居を構えたところだなと思わせる区画がありました。
 帰宅後に Google map 航空写真を見たら、ここらは倉地だったのじゃないか?と思わせる所も離れた地にあった。


 こちらの門、上の写真を裏側から見たものですが、期待した程度に古い時代のもののようです。そういう造り。



 境内にあった案内板に拠れば、鎌倉時代。寺の Web ページにあった解説に拠れば、室町時代の建造。
 どっちなんだい! (笑)


 いずれにせよ、鎌倉時代や室町時代に大身の武家が気合いを入れた建造物は、立体感と力強さがあって良いですね。木像でも、運慶とか、その対象人物の人となりが伝わってくるような生々しさがあって、なのに工芸的な美しさがある。



 この躍動感♪ 美しい♪

 洗練されすぎていないのも、武士が武士らしく、名と武勇と恩賞(領地)に命を賭して活躍していた時代を現すようで、良いっすよ~。(^o^)

 ぽてちは、史上初の東国武士連合政権を打ち立てた鎌倉幕府の時代がホント好き。



 北条氏政権が残した諸制度を継承して時代をさらに変えていった足利氏政権も、許す。と言うか、好き。


 こちらは徳川が再建したもの。紋がちゃんと足利の二引両ですね。



 中をぐるっと回って見つつ、思うた。徳川が新田氏を私称したわけ。

 武家の棟梁として開幕を志向したとすると、源氏を称するのが現実的。当時的名門中の名門は足利氏だけど、足利氏はまずいわな~。(笑)

 戦国の世を経てもこうして邸宅跡と建造物が残っているくらい足利氏は当時現役な有力一族で、足利将軍義昭は健在だったし、他にも関東公方の系譜を筆頭として、連なる一族がた~くさんいたはず。
 系図も消息も確かでしょう。紛れ込ませる余地は無かったと思う。

 対して新田氏は、たいぶ前に衰微していて、系図に載っているけどその後は不明な者がたくさんいたはずで、紛れ込ませやすかったのじゃないかしら。

 東国の武士を統べた義家・義国の系統で、ブランド的に文句なし。新田氏は長幼の順で足利氏よりも上になる。
 上手いところに目を付けたものだな~。さすがだわ。 なんて思うた。


 ということで、足利氏宅跡の見物終了。



 境内にあった案内板によると、この東門は鎌倉時代のものらしい。



 入った南門と比べて造りが粗雑なことから、こちらは本当に鎌倉時代じゃないかしら。


 駐車場に戻って、またベンチで長い休憩を取りました。

 昼食をとった方が良い状況だったけど、へばっていて店を探す気にならず、ベンチで缶コーヒーを飲んで昼ご飯にする。
 太平記館の売店で何か見繕う気にもなれず。観光みやげの菓子類じゃねぇ。(^^;)


 駐車場に戻る直前にあった喫茶店。以前なら入って、休憩を兼ねた食事でサンドイッチかパスタでも食べたところです。
 が、今はこういう店、パス。吸えない可能性が高く、実際、通り過ぎながら見たら禁煙シールが貼られていました。

 1,000 円ほど使うところが 130 で済んだわけで、財布的にヨシ

 こうした感じで、今どき風の小洒落た飲食店を目当てに出かけること、たまたま見かけて入ること、無くなりました。


 続けて向かったのは、なところ。



 国道沿いの自動販売機ステーションです。

 R122 を挟んで、両側に建っていました。


 こういうのって、利用したことは無いのだけど、昔はよく見かけたと思います。スキー場でも、カップヌードルの販売機を見た記憶がある。で、今もあるなら見てみよう、と。(^o^)

 検索していて、たまたま行き当たった情報です。ネタ扱いの情報。(笑)

 コンビニの時代ですものね。そして残念ながら、中はご覧の通り。



 麺類は販売中止で、動いていたのは缶飲料の販売機のみ。もし動いていても、この状態では衛生状況が不安で買えなかったと思いますが。(笑)


 最後に向かったのは、館林。

 館林城趾は市役所になっていて建造物や遺構がほとんど残っていないので、パス。徳川第五代将軍の綱吉が将軍になる前に城主だった、 25 万石もの政庁だったところなんですけどね。
 そう。江戸幕府の初期には江戸防衛の重要な基地として、川越と並ぶ重鎮クラスの居城だったんですよね。今は、ほぼ何も残っていないに等しい状況。残念。

 で、寄ったのは農協が運営している直売所です。



 白菜の大玉やトマトを買って帰る。白菜の大玉が美味しいと、相棒から評判でした。


 この後は、近くの館林 IC から一路、自宅へ。 R122 をトコトコと、白岡菖蒲 IC まで走ることも考えていたのですけどね。

 コインスナックから館林までの R122 が、国道でも決して快適ではなかった。(^^;

 「飛ばせ!と言う気はない。せめて、もうちょと迷わずスッキリと、周囲の動きの予測をしながら、制限速度で走ってくれよ~」と、ヘルメットの下で泣きながら1速2速3速を行ったり来たり。(^^;;;

 「4速 2,200rpm 悲鳴寸前」がたまにあっただけ、だもの。県道よりマシではありましたが。(笑)


 東北道は順調で、淡々と、巡航。

 前の車をさばくときや料金所ゲートのダッシュで、低いギアで 5,500 rpm ~ 6,000 rpm まで引っ張ったくらいです。もっぱら煤飛ばしくらいの意味。

 ちなみに、近頃の東北道や関越道で多いやつ。一番左の車線の流れが一番よいシーンが多々ありました。
 ワオに乗るようなってから、一番左で淡々と流すようになったので丁度よいです。


 給油して、 17:06 に帰庫。この日は 197 km で、総走行距離 2,937 km

 燃費は、別日の都内@@を含めて 19.02 km/L でした。

 
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