諏訪ツーリング(3日目)
取付けが無理矢理
朝バイキングに十分間に合う 7 時に起きたけど、たいしてお腹が減っていないのに着替えて 1 階まで下りるほどの内容じゃない。と、パス。
寝坊用心で買ってあった菓子パンとアイスコーヒーで済ませました。
ルートイン全般、朝バイキングがショボくなっているようですね。最近利用した大曲、秋田、弘前に続いて、ここ諏訪インター第1も、種類少なく食指をそそられるものではありませんでした。(^_^;)
秋田は「グランディア」銘ゆえ、多少はマシでしたけど。
再掲
こちらは 2 日目の朝。
再掲
予報によると最低気温が 2 度くらいらしいし、腰 はまだヤバイし。朝のうちに児湯へ行ってから帰路に就く 次々々善の計画もボツ。何度か書いている脱ぎ着の大変さ理由で、帰路の途中で温泉に立ち寄る意欲も無い。
ならばチェックアウト時間に出ればいいや。と、のんびり最後の片付けと荷造りを。
9 時を過ぎてようやく動く気になり、送る荷物を託してチェックアウト。陽射しを浴びていたから 13 度になっていますが
動き始めたら 11 度。 ADV160 の気温計は反応が遅いから、給油後に走り始めてから表示された 10 度が本当かと。眼鏡が曇って閉口しました。
でもこの気温で陽射しあって一般道なら、と考えて 雨具パンツを履く面倒をサボる。もしトイレに行きたくなったら大変さが増すから。(^^;;;
出てすぐ、諏訪 IC 近くで給油。
満タン法による 38.73 km/L は、順当なところだと思いました。東京から標高を上げてきているし、甲府昭和まで高速道路を走ったし。
通勤ラッシュが終わった時間だで、 R20 は空いていました。トラックも予想より少なくて、大型トラックをかわして富士見の峠に向かって登り始めてからは多くが単独走行でした。
急がずテレテレ走る。バイクなりに走らせていて、見ると、登りでも下りでも 57 km/h(メーター読み 62 km/h )がほとんど。当然だけど、ADV160 は 一般道向き のセッティングですねー。
富士見の峠を登っていくと気温が下がってきて、多くは日陰の 6 度でした。一瞬だけ 5 度になったときも。帰ってから見たら、標高 950 m ちょいにもなるんですね。下がるわけです。
で、また足首が厳しい ことになってしまう。脛も冷えるし、朝を食べてなかったせいか つま先もだいぶ厳しい。(^^;;;
世に専用品が存在したら、サイドデフレクターが欲しいと思うた。
中敷きホッカイロ を買うくらいしないとイカンなと、峠のてっぺん近くにあったコンビニ前を通過したとき思う。中敷きホッカイロが無くてもつま先ホッカイロならあるだろう&停めやすいコンビニがあり次第に買うべ。
その後、無いんですよ。コンビニが。道の駅蔦木宿じゃつま先ホッカイロも期待できんなとスルー。
道の駅白州で 降参 しました。
とにかく売店を見てみよう&できたら足首と脛に巻きつけるものも何か、と。入ったら、 スーパーが併設されている じゃありませんか!
有り難い ことに中敷きホッカイロが売られていて、ついでに簡易保冷バッグと養生テープも購入。
ちなみに、ここは食品スーパーで雑貨類は少なかったのですが。簡易保冷バッグ等の、キャンプや BBQ で使うであろう消耗物品が一角を占めていました。
なるほど、たぶんキャンプ場や BBQ 場がほど近くにあって、いい季節には需要があるのね、と。
こんなん、できた! (笑)
再掲
見た目を気にしていられる状況でなく、そして意外にも、これがけっこう効果ありました。
再出発後も、ほぼ単独走行で淡々と下っていく。延々と続く 七里岩の断崖 を R20 から眺めていて「こちら側の防御は鉄壁だねぇ」など思う。
閑話休題
新府城を築こうとした 武田勝頼 のこと、再び。
晴信(信玄)四男 勝頼の母親 は、晴信が 諏訪本宋家 を滅ぼして解体したとき奪ってきた お姫様。もちろん、正妻ではありません。
実家が滅ぼされた側室(産んだ子が間違って嫡男にならなきゃ家中の立場がとても低い)から生まれた子で、滅ぼされた当主から見ると、勝頼は 外孫 になるんですね。
さらに、解体したとき武田家直属に吸収した有力一族の謀叛に乗じて約束を違え、勝頼を 諏訪本宋家の跡目にねじ込んで います。
そしてやはり謀叛を起こそうとした(という事になっている)高遠諏訪家の当主を廃し、高遠諏訪家の領域・組織・人員 を、名目的な本宋家当主の 勝頼に引き継がせている。
まぁ、当時有力な戦国大名が他家領を簒奪して支配下におさめるとき よく使われた手段のうち です。やり口がいやらしいだけで。
だから晴信が嫡男を殺害するまで そこそこ長く、北部伊那地方を統括する 郡司 であり、戦の際は一手を率いる 属将『 諏訪 四郎 勝頼』だったんですね。
もちろん武田一門衆の扱いで、家中序列の上位者ではありましたが。
晴信時代の有力一門衆や重臣たちに「 諏訪 の四郎ごとき若輩者」と侮られ軽んじられ、頑張って武田史上最大の領域を実現し。(信長曰わく「運がなく」)滅びるとき、武田一門衆や重臣たちは勝頼を見捨てて逃げ散り。
織田軍と激戦を繰り広げて死んだのは、高遠 城主だった弟だけ。最後の最後にごく少数で激戦の末に自刃したとき、共に戦い共に死んでいったのは、高遠諏訪家 から連れてきた家臣ばかり だったそうな。
時流の家中体質改善をできず求心力を引き継ごうともしなかった親父の仕込みで悲運に沈んだ、高遠 の 諏訪 勝頼 に、ちょっと ホロリ・・・ (;_;)
閑話休題
新府城趾の立地を見てみようとか、諏訪に行こうと思い立ったのは、勝頼について書かれた本を読み返した影響がありました。
お試し装着
韮崎駅近くになると交通量が増えてきて、甲斐市に入ると甲府盆地市街に入ったと感じさせる交通量と信号停車の多さになる。
いくつも現れるガススタンドの料金表示を見て諏訪のそれと比べ、「長野はガソリンが高い」を実感。価格カルテルを取り仕切っていた業界団体に是正指導が入ったんじゃなかった?と思う。
甲府昭和 で気温計が 16 度まで上がる。さっきの富士見峠と 10 度も違う のねん。身体が冷えていたのか朝を食べていないせいか、往路のように暑く感じることはありませんでした。
が、グリップヒーターは消しました。
そして甲府昭和から 中央道。朝を食べていなかったから、境川 PA で
「お約束」をば、いくべ♪ 降りて歩こうとすると 腰が・・・
詳しくはコメントしません。(笑) ¥630- と、昨今にしては安かった。
この先、勝沼から相模湖まで R20 を走る気をだいぶ失っていて(身重さと暑くてヒヤヒヤ冷たいで疲れていたのだと思う)、そうすると勝沼の先から八王子まで走行風が冷たくなるから食べておかなきゃ。そう考えたのもあります。
食べ終えて煙突やりつつ、 R20 トコトコに未練を感じながらも中央道続行を決める。
だいぶ空いていて、走行車線を実速度 77 km/h で巡航。以降、ずっとこんな速度でした。
思ったのが。乗用車はもちろんトラックまで、メーター読み 80 km/h 前後で走る車はほとんどいないのね。乗用車もトラックもスイスイ抜いていくし、近づいてき方から似たような速度に思ったトラックも、前に出てから離れていくんですよね。
F800 GS をはじめ大型だと 100 km/h 巡航だから気づかなかったです。
勝沼から登っていきなり 12 度。笹子トンネル 14 度。トンネルを抜けた後は陽射しがほぼあって、 12 度、13 度と上がっていく。
道の駅白州で足に施した防寒の効果あって、寒いとも冷えるとも思わず順調に進行。グリップヒーターは点けっぱでしたけど。
お腹いっぱいだし、寒くもないし、境川で休んだし。初狩、談合坂、藤野をパスして石川 PA での休憩を目指す。
少々厄介そうな渋滞 の表示が出てき始めていて、どうする?を考えて決めるためもありました。
と言っても、 R20 の混雑を覚悟しつつ「意外に流れていた」を期待して調布で下りるか、このまま突っ込むかの 二択しかない んですけどね。(^^;
結論は、このまま突っ込む。軽さと AT の楽チンさに託しました。
高井戸の手前から新宿 JCT までズルズルの断続的渋滞に付き合って、外苑から三宅坂の合流までは渋りが重いから、外苑で下りました。
疲れ切っているときは給油せず帰庫してしまうけど、今回はちゃんと給油してから帰庫。
諏訪から 186.4 km の 44.59 km/L でした。
往路が上り基調で帰路は下り基調だったことからして、平坦だと 40 km/L くらいになりそうです。ツーリングでギリ近くまで粘ると 300 km 走れる計算。
こうした経験を重ねて、予測の精度を上げていくですよ。(^_^)
3 日間のトータルは 427.8 km で、 41.09 km/L 。
帰庫して ODO 1,283 km 。
気温計が 17 度。東京は暑いですね。
諏訪まで行って 2 泊もして温泉に入らず、鰻が 2 回。うち 1 回はハズレ。気になっている菓子店にも寄らず。
まさしく ADV160 のツーリング適性を観るためだけのツーリングになりました。(^^;
で。先のまとめに書きましたが。ある程度の長距離でも適性がある と結論しました。今回のように 片道 200 km なら十分に。
疲労軽減のため部分的に 高速道路を使うことができる のが大きくて、適性をかなり高めていると思う。
軽くて AT であることから行った先でちょろちょろ走ることもし易く、K1300 GT や R1200 RT でとても多かった「高速道路で行ってきました」だけにならずに済む可能性も大きい。
200 km を 超える先 だと考えちゃいますけどね。高速道路中心で制限速度いっぱいを活用して走らないと、時間的にも体力的にも厳しくなってくるから。
無駄に思うほど途中泊を重ねていく事を楽しむのでなければ、やはり F800 GS の出番 でしょう。
かつて R1200 RT で夏のスタンプツーリングに回っていたとき、経験的に構築された距離の目安は。
初日や最終日に高速道路の移動が中心なら 1 日 350 km 。(西舞鶴まで 670 km というのもありましたが) 行った先で回るのは、高速道路を利用可能な距離に応じて 1 日 250 ~ 300 km くらい。
これくらいなら体力的に可能で「無理してる」感なくこなせ、これより短いと「楽な日」。といったものでした。
F800 GS は、走行風が主な理由で高速道路の速度が R1200 RT より落ちるから、高速道路の移動距離が 15 % 引きといったところかな?
やはり 1 日 200 km を超えるくらいの距離感になると「 F800 GS の世界」といった感覚でいます。かつてやった、天龍二俣のスタンプとんぼ返り(日帰り往復 500 km )のようなのは RT だからできた事で、 F800 GS でも厳しく思いますけど。
逆に言うと。時間に余裕がある 200 km までなら、楽な ADV160 にしたい 。荷物節減術を会得して泊を重ねられるなら、 200 km ずつ刻んで 楽な ADV160 で行きたい。
ってとこー。(^o^)
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朝バイキングに十分間に合う 7 時に起きたけど、たいしてお腹が減っていないのに着替えて 1 階まで下りるほどの内容じゃない。と、パス。
寝坊用心で買ってあった菓子パンとアイスコーヒーで済ませました。
ルートイン全般、朝バイキングがショボくなっているようですね。最近利用した大曲、秋田、弘前に続いて、ここ諏訪インター第1も、種類少なく食指をそそられるものではありませんでした。(^_^;)
秋田は「グランディア」銘ゆえ、多少はマシでしたけど。
再掲
こちらは 2 日目の朝。
再掲
予報によると最低気温が 2 度くらいらしいし、腰 はまだヤバイし。朝のうちに児湯へ行ってから帰路に就く 次々々善の計画もボツ。何度か書いている脱ぎ着の大変さ理由で、帰路の途中で温泉に立ち寄る意欲も無い。
ならばチェックアウト時間に出ればいいや。と、のんびり最後の片付けと荷造りを。
9 時を過ぎてようやく動く気になり、送る荷物を託してチェックアウト。陽射しを浴びていたから 13 度になっていますが
動き始めたら 11 度。 ADV160 の気温計は反応が遅いから、給油後に走り始めてから表示された 10 度が本当かと。眼鏡が曇って閉口しました。
でもこの気温で陽射しあって一般道なら、と考えて 雨具パンツを履く面倒をサボる。もしトイレに行きたくなったら大変さが増すから。(^^;;;
出てすぐ、諏訪 IC 近くで給油。
満タン法による 38.73 km/L は、順当なところだと思いました。東京から標高を上げてきているし、甲府昭和まで高速道路を走ったし。
通勤ラッシュが終わった時間だで、 R20 は空いていました。トラックも予想より少なくて、大型トラックをかわして富士見の峠に向かって登り始めてからは多くが単独走行でした。
急がずテレテレ走る。バイクなりに走らせていて、見ると、登りでも下りでも 57 km/h(メーター読み 62 km/h )がほとんど。当然だけど、ADV160 は 一般道向き のセッティングですねー。
富士見の峠を登っていくと気温が下がってきて、多くは日陰の 6 度でした。一瞬だけ 5 度になったときも。帰ってから見たら、標高 950 m ちょいにもなるんですね。下がるわけです。
で、また足首が厳しい ことになってしまう。脛も冷えるし、朝を食べてなかったせいか つま先もだいぶ厳しい。(^^;;;
世に専用品が存在したら、サイドデフレクターが欲しいと思うた。
中敷きホッカイロ を買うくらいしないとイカンなと、峠のてっぺん近くにあったコンビニ前を通過したとき思う。中敷きホッカイロが無くてもつま先ホッカイロならあるだろう&停めやすいコンビニがあり次第に買うべ。
その後、無いんですよ。コンビニが。道の駅蔦木宿じゃつま先ホッカイロも期待できんなとスルー。
道の駅白州で 降参 しました。
とにかく売店を見てみよう&できたら足首と脛に巻きつけるものも何か、と。入ったら、 スーパーが併設されている じゃありませんか!
有り難い ことに中敷きホッカイロが売られていて、ついでに簡易保冷バッグと養生テープも購入。
ちなみに、ここは食品スーパーで雑貨類は少なかったのですが。簡易保冷バッグ等の、キャンプや BBQ で使うであろう消耗物品が一角を占めていました。
なるほど、たぶんキャンプ場や BBQ 場がほど近くにあって、いい季節には需要があるのね、と。
こんなん、できた! (笑)
再掲
見た目を気にしていられる状況でなく、そして意外にも、これがけっこう効果ありました。
再出発後も、ほぼ単独走行で淡々と下っていく。延々と続く 七里岩の断崖 を R20 から眺めていて「こちら側の防御は鉄壁だねぇ」など思う。
閑話休題
新府城を築こうとした 武田勝頼 のこと、再び。
晴信(信玄)四男 勝頼の母親 は、晴信が 諏訪本宋家 を滅ぼして解体したとき奪ってきた お姫様。もちろん、正妻ではありません。
実家が滅ぼされた側室(産んだ子が間違って嫡男にならなきゃ家中の立場がとても低い)から生まれた子で、滅ぼされた当主から見ると、勝頼は 外孫 になるんですね。
さらに、解体したとき武田家直属に吸収した有力一族の謀叛に乗じて約束を違え、勝頼を 諏訪本宋家の跡目にねじ込んで います。
そしてやはり謀叛を起こそうとした(という事になっている)高遠諏訪家の当主を廃し、高遠諏訪家の領域・組織・人員 を、名目的な本宋家当主の 勝頼に引き継がせている。
まぁ、当時有力な戦国大名が他家領を簒奪して支配下におさめるとき よく使われた手段のうち です。やり口がいやらしいだけで。
だから晴信が嫡男を殺害するまで そこそこ長く、北部伊那地方を統括する 郡司 であり、戦の際は一手を率いる 属将『 諏訪 四郎 勝頼』だったんですね。
もちろん武田一門衆の扱いで、家中序列の上位者ではありましたが。
晴信時代の有力一門衆や重臣たちに「 諏訪 の四郎ごとき若輩者」と侮られ軽んじられ、頑張って武田史上最大の領域を実現し。(信長曰わく「運がなく」)滅びるとき、武田一門衆や重臣たちは勝頼を見捨てて逃げ散り。
織田軍と激戦を繰り広げて死んだのは、高遠 城主だった弟だけ。最後の最後にごく少数で激戦の末に自刃したとき、共に戦い共に死んでいったのは、高遠諏訪家 から連れてきた家臣ばかり だったそうな。
時流の家中体質改善をできず求心力を引き継ごうともしなかった親父の仕込みで悲運に沈んだ、高遠 の 諏訪 勝頼 に、ちょっと ホロリ・・・ (;_;)
閑話休題
新府城趾の立地を見てみようとか、諏訪に行こうと思い立ったのは、勝頼について書かれた本を読み返した影響がありました。
お試し装着
韮崎駅近くになると交通量が増えてきて、甲斐市に入ると甲府盆地市街に入ったと感じさせる交通量と信号停車の多さになる。
いくつも現れるガススタンドの料金表示を見て諏訪のそれと比べ、「長野はガソリンが高い」を実感。価格カルテルを取り仕切っていた業界団体に是正指導が入ったんじゃなかった?と思う。
甲府昭和 で気温計が 16 度まで上がる。さっきの富士見峠と 10 度も違う のねん。身体が冷えていたのか朝を食べていないせいか、往路のように暑く感じることはありませんでした。
が、グリップヒーターは消しました。
そして甲府昭和から 中央道。朝を食べていなかったから、境川 PA で
「お約束」をば、いくべ♪ 降りて歩こうとすると 腰が・・・
詳しくはコメントしません。(笑) ¥630- と、昨今にしては安かった。
この先、勝沼から相模湖まで R20 を走る気をだいぶ失っていて(身重さと暑くてヒヤヒヤ冷たいで疲れていたのだと思う)、そうすると勝沼の先から八王子まで走行風が冷たくなるから食べておかなきゃ。そう考えたのもあります。
食べ終えて煙突やりつつ、 R20 トコトコに未練を感じながらも中央道続行を決める。
だいぶ空いていて、走行車線を実速度 77 km/h で巡航。以降、ずっとこんな速度でした。
思ったのが。乗用車はもちろんトラックまで、メーター読み 80 km/h 前後で走る車はほとんどいないのね。乗用車もトラックもスイスイ抜いていくし、近づいてき方から似たような速度に思ったトラックも、前に出てから離れていくんですよね。
F800 GS をはじめ大型だと 100 km/h 巡航だから気づかなかったです。
勝沼から登っていきなり 12 度。笹子トンネル 14 度。トンネルを抜けた後は陽射しがほぼあって、 12 度、13 度と上がっていく。
道の駅白州で足に施した防寒の効果あって、寒いとも冷えるとも思わず順調に進行。グリップヒーターは点けっぱでしたけど。
お腹いっぱいだし、寒くもないし、境川で休んだし。初狩、談合坂、藤野をパスして石川 PA での休憩を目指す。
少々厄介そうな渋滞 の表示が出てき始めていて、どうする?を考えて決めるためもありました。
と言っても、 R20 の混雑を覚悟しつつ「意外に流れていた」を期待して調布で下りるか、このまま突っ込むかの 二択しかない んですけどね。(^^;
結論は、このまま突っ込む。軽さと AT の楽チンさに託しました。
高井戸の手前から新宿 JCT までズルズルの断続的渋滞に付き合って、外苑から三宅坂の合流までは渋りが重いから、外苑で下りました。
疲れ切っているときは給油せず帰庫してしまうけど、今回はちゃんと給油してから帰庫。
諏訪から 186.4 km の 44.59 km/L でした。
往路が上り基調で帰路は下り基調だったことからして、平坦だと 40 km/L くらいになりそうです。ツーリングでギリ近くまで粘ると 300 km 走れる計算。
こうした経験を重ねて、予測の精度を上げていくですよ。(^_^)
3 日間のトータルは 427.8 km で、 41.09 km/L 。
帰庫して ODO 1,283 km 。
気温計が 17 度。東京は暑いですね。
諏訪まで行って 2 泊もして温泉に入らず、鰻が 2 回。うち 1 回はハズレ。気になっている菓子店にも寄らず。
まさしく ADV160 のツーリング適性を観るためだけのツーリングになりました。(^^;
で。先のまとめに書きましたが。ある程度の長距離でも適性がある と結論しました。今回のように 片道 200 km なら十分に。
疲労軽減のため部分的に 高速道路を使うことができる のが大きくて、適性をかなり高めていると思う。
軽くて AT であることから行った先でちょろちょろ走ることもし易く、K1300 GT や R1200 RT でとても多かった「高速道路で行ってきました」だけにならずに済む可能性も大きい。
200 km を 超える先 だと考えちゃいますけどね。高速道路中心で制限速度いっぱいを活用して走らないと、時間的にも体力的にも厳しくなってくるから。
無駄に思うほど途中泊を重ねていく事を楽しむのでなければ、やはり F800 GS の出番 でしょう。
かつて R1200 RT で夏のスタンプツーリングに回っていたとき、経験的に構築された距離の目安は。
初日や最終日に高速道路の移動が中心なら 1 日 350 km 。(西舞鶴まで 670 km というのもありましたが) 行った先で回るのは、高速道路を利用可能な距離に応じて 1 日 250 ~ 300 km くらい。
これくらいなら体力的に可能で「無理してる」感なくこなせ、これより短いと「楽な日」。といったものでした。
F800 GS は、走行風が主な理由で高速道路の速度が R1200 RT より落ちるから、高速道路の移動距離が 15 % 引きといったところかな?
やはり 1 日 200 km を超えるくらいの距離感になると「 F800 GS の世界」といった感覚でいます。かつてやった、天龍二俣のスタンプとんぼ返り(日帰り往復 500 km )のようなのは RT だからできた事で、 F800 GS でも厳しく思いますけど。
逆に言うと。時間に余裕がある 200 km までなら、楽な ADV160 にしたい 。荷物節減術を会得して泊を重ねられるなら、 200 km ずつ刻んで 楽な ADV160 で行きたい。
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