鉄撮りの旅(最終日)
希望より 1 時間ほど早く目覚めてしもうたけど、6 時間くらい眠れたらしい。でも寝不足感たっぷり。外を見ると、雲と晴れ間が半々といったところ。
脱いだ衣類のパッキングとボストンバッグ詰め直しをぼちぼちやりながら考えるに、ショボかった朝バイキングに行くのを面倒に感じてきてしまった。昨日ショボくて今日は良いわけがないもの。(^^;
用心で買ってあった菓子パンは主に寝坊のための用心購入で、このためと同じ。持ち帰るとその分だけカメラバッグが重くなるし、邪魔だし。これで済ませちゃえ、と。
言っておきましょう。ルートイン全般、朝バイキングがショボくなってません? (^_^;)
食べ終えて、ゴミ等を片付けながら再び詰め直しにかかるも。疲れで惚けてたんでしょうね。何度も詰め直し して、頭が悪い と言うのか、効率が悪い ったらありゃしない。(^^;;;
外してあったインナーの取り付けもする。このタイプ、初めて見ました。
脱ぐとき簡単に外れなくてよいのだけど、その分、付けるとき手間がかかる。
ようやくで詰め終えて、雨除け袋もかけて、完成。 4 日分の衣類とトラベル三脚他で、バッグがパンパンでした。そしてメチャメチャ重かった。
これを僅か ¥2,000- ちょっとで運んでくれるのだから、宅急便めっちゃ有り難い!
さて。部屋を出るにあたって、忘れ物がないよう見回した はずだった んですよ・・・
フロントでボストンバッグを送る依頼をして、宿を出て、レンタカーの店舗に向かう。弘前駅方向。
こちらは逆を向いて。ビルがほとんど目に入らない。
むかし鉄道を敷くとき、城下町のような大きな町の多くは中心部から離れたところに通したんですよね。騒音と煙と火の粉を嫌われて。土地の収用と立ち退きを嫌われたことも大きな理由だったはず。
少し後の時代、町の中心近くに入るのは軽便鉄道だったようです。前日分の記事で書いた、大鰐線の中央弘前駅がそれじゃないかしら。見知っている所では四国松山が同じ。
それは 当時の最適解 だったのでしょうが、大都市と繋がる 鉄道が町の繁栄に強く影響した時代を逃しちゃった なと、今となっては思う。
(寂しいことなれど)鉄道の時代が去り、今は自家用車の時代。アクセス性が良い大きな施設に大きな駐車場を設けられる バイパス道沿いが栄える時代 ですよね。やはり旧中心部は恩恵に与れない。
珍しくレンタカー。
雪の可能性もある慣れぬ山道を登るのにコンパクトは非力で安定性にも不安があると考えて、インプレッサ・クラスを選んだらインプレッサでした。
オプションでスタッドレスタイヤも追加。
40~60 km/h で流している分には実にスムーズで良い車でした。力を出足に振っていて、強い登りでペースを取り戻そうとすると非力だなと思ったのと、やっぱりシート(運転姿勢)が合わないなと思った。
もう少しで酸ヶ湯になる 城ヶ倉大橋 の駐車場で、酸ヶ湯以降の道を Google map で確認しておこうと駐める。気温 7 度。
多くの人が車から降りて、橋の上からの眺めを楽しんでいる様子。タクシーもここを目当てに客を乗せてきている。きっと紅葉だろう と、カメラを持って橋の上まで行ってみる。
天気イマイチなれど、なかなかの眺めでした。
紅葉は陽があたっていると色飽和を起こし易いから、曇天は運がよかったと思うた。
車に戻って、タブレットで地図を・・・ あれ? カメラバッグに タブレットが入っていない・・・
レンタカーの店に置いてきちゃった? いや、受付待ちのときも取り出していない。もしかして、ホテル? ホテルしかないよなぁ・・・
急いで電話して部屋を見に行ってもらったところ、あった とのこと。(^^;;;
戻ると 1 時間半はロスになって、後の予定をカットしても 気が急いて 酸ヶ湯に入る気を失う のは確実。宅急便で送ってもらうことにしました。
前日の「コンデジが無い!」騒ぎ といい、何をやってんでしょうね。疲れと寝不足で注意力散漫に陥っていると、以降を自戒です。
酸ヶ湯 は、複数ある駐車場に多数の車が駐まっていて、人の出入りも多かった。
こりゃ忙しなさそうだと思いつつ、せっかくここまで来たのだから! と、意を決して入る。料金 ¥1,000- で、タオルとバスタオルが付く。タオルは持ち帰り可とのこと。
ヒバの千人風呂 は脱衣所からもう風情があって、浴室は写真で見た通り。
Web から
ロビーでわさわさしていた人数から予想したより浴室が混んでなくて、熱湯は ぽてち一人のタイミング。
ヒバの千人風呂は 混浴 だから、女性が避けて玉の湯(女湯)に入っていたのでしょう。男性だけで、この写真くらいの混雑感でした。
Web から
こりゃいい湯だわ♪ と、気分よく浸かる。20 年前の同じ時間帯に来ていたら、もっと 人が少なくて、いい時間が流れたのだろう と思う。
寝不足で、あがった後に脱力するほど浸かるとこの後がマズイから、カラスの行水でした。
ここでまたやらかす。スマートウォッチを、脱衣箱に 置き忘れた。脱衣所を出てすぐ気づいたので無事回収できましたが、何をやってんだかね。(^_^;)
ロビーの人が多くわさわさしていて、早々に退館する。気温 6 度。
ここまで来たら車で走り抜けるだけでも寄ってみたいと考えていた、青森第五聯隊特設 中隊 の遭難地。酸ヶ湯からほど無いところでした。
車を駐める場所がなく、本当に通り過ぎただけ。
行軍路だった県道 40 号を青森に向けて下り、八甲田山雪中行軍遭難資料館 へ。
『幸畑墓苑』が陸軍墓地と気づかず民間墓苑だと思って、行ったり来たり探してしまいました。
中学 3 年のときだったか。映画『八甲田山死の彷徨』が大いに世の話題になって、後楽園にあった二番館へ観に行って。強い印象を受けて、新田次郎の原作を読んでまた強い印象を受けた、悲劇。
無茶な行軍をやった背景を含めて大筋は原作からも知っていたことですが、現地や墓地、資料館を見ると、また強い印象を受けますね。
車で走った距離感からあらためて感銘を受けたのは、青森市街から わずかこれだけの距離のところで 199 名もが遭難死 してしまったこと。
2 , 3 日に渡って、日中も暗くなるほどの 大暴風雪と零下 20 度を切る低温 に見舞われていたそうですが
寒冷地の雪山登山とはそういうものなのでしょう。
そんな環境・天候下で実施された雪中登山行軍の計画に、無知 かつ無意味な 競争意識 に駆られた大隊長が口を挟んで編成規模拡大を筆頭に 墓穴を掘る計画変更をさせ、さらにはくっついて行って担当中隊長から 指揮権を奪い、墓穴を掘る命令を下していた そうな。(^_^;)
兵卒の防寒衣類といえば羅紗の外套くらいで、ろくな防寒靴も防寒手袋もない時代。 200 人を超える中隊を食わせる大荷物を曳く運搬隊が落伍する可能性も頭になく。方位磁石が低温で使えなくなることや、握り飯や水筒の水がカチカチに凍って摂れなくなる知識もなく。懐炉すら持たず。
墓穴を掘る命令を下していた そうな。
雪山の知識・覚悟と人選が万端で、暴風雪に渋る地元民に道案内をさせながら逆に回った弘前第三一聯隊特設 小隊 は、半死半生の体に見えつつも、全員が生還しています。
双方の担当大尉の雪山知識や経験の深さ、上官に対する押しの強弱だけでなく、多数の命に大きく影響する判断を下す権限を持つ 上官(大隊長や連隊長)の資質 について考えさせられたですよ。もっと言えば、現代より寒冷だった時代に雪の八甲田で競争的な実施を求めた師団長とその参謀なんですが。
そして説明書きを読むと、青森聯隊の兵卒は宮城県と岩手県の出身者で構成されていたそうな。宮城と岩手も関東から見れば寒冷地だけど、冬山に入る生活をしたことがない者がほとんどだったそうで、さらには八甲田が荒れたときは レベルが違うのでしょう。
思い出してみると。五所川原周辺の平地で、道路に十勝平野で見たような 地吹雪避けフェンス がズラリ設置されていました。
さて。次はどうしよう?
ロビーが忙しなかった酸ヶ湯を計画より短い時間で済ませることになったのと、天気イマイチで計画していた八甲田ロープウェイに乗らず駐車場に入っただけで出てきたことで、時間の余裕 はだいぶあった。
青森港の桟橋を見に行くか?も考えていたけど、寝不足の疲れた身体で混雑する町中をごちゃごちゃ走るのは億劫。新幹線の乗車変更をして、早い時間の『はやぶさ』に乗ってしまうことが 頭をチラチラ。
道路の案内板にあった、三内丸山遺跡 に行ってみる?と。Google map を見てみると、だいぶ広い見学施設になっていて、大きな駐車場から歩く距離がそこそこあるし、たぶん上り坂。
そして多分、あるのは柱坑と、想像再現した掘っ建て櫓や家屋。どんな立地なのかを駐車場から観るだけでいいや、と走りだす。
で、本当に駐車場だけでした。大きな台地の上の大きな集落だったんだねぇ、くらい。
今は寒いここ にね、とも思うたけど。縄文の地球温暖化時代は 生存適地 で、増やしていった栗林に覆われていたらしい。
予定よりだいぶ早くにレンタカーを返却して
新青森駅。大きくて立派なのねん。
緑の窓口で、早い時間で停車駅が少ない便への変更を依頼したところ、次の便は満席 で、それ以降も ほほ満席続き で贅沢を言えないとのこと。「ほぼ」で済まなかったら変更できず、 4 時間近く「ただ待つ」になってもうた。(^^;
満席が確定の便の次、 50 分待つ『はやぶさ』にしました。それでも元の指定席券より 3 時間早い 便です。停車駅が 1 つ多くて時間が 10 分?多くかかるけど。
駅を出て、座り込んで煙突
をやっていたら小雨がパラついてきたので駅に戻る。
土産物屋たくさんのコーナーでリンゴパイを土産に買う。
透湿性のないジャケットが暑くて汗をかいていた状態。新幹線ホームで待つのが涼しくて良かろうと、新幹線改札を通ったら。あるじゃないですか♪ 駅蕎麦が♪
600 円と安い方で、かき揚げがたいへん期待外れ だったわけですが。(火暴)
こういうのを期待?していた わけですよ。(笑)
箱カバンを提げた運転士のおにーちゃんが駆け込んできて、肉蕎麦大盛りをかっこんでいました。とーぜん顔なじみらしく、注文と応答がそれっぽかったです。
もしかすると、ぽてちが乗った『はやぶさ』の運転士だったかも。
新青森が始発駅で、定刻に発車。音と振動と揺れがレベチ。実に快適。
八戸の手前から 15 分くらいかな、うつらうつら。せっかくの機会だからと、『シンカンセンスゴイカタイアイス』を食べる。
仙台で発車間際に閉まりかけたドアに 手を差し込んで止めた馬鹿野郎がいた らしく、 1 分遅れて発車。(ー_ー#)
飛ばせるところで取り戻すらしく、ここらで「回復運転」ですか。
なんか嬉しい、速い乗りもの好き♪ ヽ(゚▽゚)ノ
宇都宮を過ぎると速度が一段落ちて、285 km/h 上限に残念感。大宮を過ぎるとイライラ は、お約束です。
上越や北陸も乱れなかったようで、定刻に到着 。
帰宅後いまに至るまで、猫の甘えん坊ぶりが増しています。
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コメント
こんにちは。
素晴らしい写真で自分も旅した気分です。
よく眠れない+頭が回らない+忘れ物落とし物+
腰痛+体が重い感じ
【全部心当たりあり】多分、同年代です。
どうぞご自愛くださいませ!
投稿: 中川ふとし | 2025.11.13 14:40
>>中川ふとしさん
はじめまして!
旅行記事を誉めていただいてありがとうございます。
旅行の様子が判る記事を書きたい趣旨だった故、上手くいったようだと喜んでいます。
これらの写真、カメラは
Nikon Z8 + Z24-200mm f4-6.3 VR と Richo GR3x の 2 台で撮っています。
本当は少し軽くて暗所に強い Z6 III にしたかったのですが、
300mm 以上が必要な場面を DX クロップで撮るつもりで、高画素数の Z8 にしました。
Z8 による鉄撮り写真は、講師の助言を基にマニュアル露出撮影です。
帰宅後に、
主として Lightroom による調整と若干のトリミングを施してから掲載。
(調整は意図的なものを除いて「やり過ぎ」にならない程度を心がけ)
体力的なことでは、「体力なさ過ぎ」と「重過ぎ」を露呈しました。
旅行で少し歩けるようになったのに、すぐにまたダメになりつつ。(^^;;;
軽い FUJIFILM X-T5 でもぶら下げて買い物歩きをしようと考えたのですが
考えただけで終わりつつある今日この頃です。 v(^_^;)
投稿: ぽてち | 2025.11.13 23:46