諏訪ツーリング(1日目)
できたら 7 時に出発したい。を、できる訳もなく。(笑)
いちお、 5 時半過ぎに起きたんですけどね。最終荷造りや「あれも、これも」の最終積み込みに時間がかかってしまって。
塩山、柳沢峠、小菅村と回ってきたときとほぼ同じ時間の出発になりました。
高雄までの混雑と信号機停車連打を避けようと、前回と同じく 相模湖東まで上道 の計画。
首都高速では少々の渋滞。中央道は渋滞なし。
気温 15 度もあって陽射しがあると 上体は暑いくらい で、ストリートガードの前ジッパーを半上げにどどめ、ベルクロ留めしていました。
で、実速度 80 km/h の巡航を心がけていましたが。八王子バリアを越えたら、指先、首周り、足首と脛が 冷え て感じてきてもうた。(^^;;;
指先は、大きめのハンドガードへの交換に失敗した結果がモロに出ていた感じ。とは言え、F800 GS でも冬グローブが必要だったよなぁと思い出すバカチン。 σ(^^;)
まず、グリップヒーターを on にする。BMW のと違って発熱量が小さいですね。(^^; 無いよりは 1.00×10^6 倍もいいのだけど。
ハンドガードも小ぶりなりに効果を発揮していました。(指先の位置を変えてみて、風の強弱を確かめた)
続けて「足首と脛を何とかしないと体力を奪われる!」と考えて、 PA で 雨具のパンツ を履くことにする。
予定の相模湖東で下りず、予定外の 藤野 PA ピットイン。一般道だといいとこコンビニ駐車場で、座って履くことができませんから。脱いだジャケットを置くところも無いし。
身体もジャケットも重く て動きが 窮屈 で、『チョモランマ』も窮屈さを助長していて、けっこう大変な思い をしながら雨具のパンツを履きました。
そして、ジャケットのしっくり来ないインナーを一度外して再び付ける。着込んだらジッパーを全上げにして、首元のベルクロも留める(これがすぐ外れる)。
冬グローブ を取り出し、以降はこれを使用。
シート下に入れてあったからサイドバッグを外さなきゃならなくて、これも結構かったるかった。(^_^;)
終えたら少し疲れてもうていて、煙突やりながら長い休憩を取りました。
再出発。
足首と脛の冷え、多少マシになる。首周りの冷えも、多少マシにはなる。指先の冷たさも、多少は。
どれも効果がありつつ、でも不十分でした。(^_^;)
ここまで無かった困難も発生す。
冬グローブが 操作し辛く て、手が疲れる わ、速度が安定しない わ。(ぽてちにはグリップが細いのも原因)
かと言って、春秋用に戻すのは無理。(^_^;)
帰ったらテニスのグリップテープ買ってきて@@巻いたろか。思うた。
藤野での作業と休憩で予定より時間が圧してしまって、大月で下りずに 中央道を続行。甲府の通り抜けは 車と信号が多くて鬱陶しかろう と、勝沼も一宮御坂もスルー。
勝沼まで下ったら少し暖かくなって、陽射しも戻ってきて、笛吹八代スマート辺りではもう 暑い 。これまた予定外の境川 PA ピットイン。
17 度もあります。ジャケットのインナーを外しました。着たり脱いだり、冬は大変 です。
ここで朝昼兼の、お約束を ば。
詳しくはコメントしません。(笑)
煙突コーナー近くにあった碑。
そっかー。全通したのはそんな頃でしたよね。
全通する 1, 2 年前に親父の運転で名古屋から帰ってきたとき、1 度か 2 度、途中で下道を走ったように思います。
伊那あたり以降は寝落ちしていてろくに記憶に残っていませんが、うっすらと。
下のはだいぶいじったのだけど、それでも ぜんぜん読めん。(^^;;;
甲府昭和 で下りて、 R20 へ。しばらくして R20 を離れ、新府城趾 へ向かう。
冬グローブが操作し辛く、手が疲れてアクセルワークが安定しない。上体は適温に感じるも、首の冷や冷やが解消していないし、身動き窮屈で不快が疲労を呼ぶ。
期待した心地よさを感じる余裕なく、結構しんどいツーリングだな と思ってしまう。
下りた R20 で気づきました。あらまぁ、直線でハンドルから手を離すと即座に ハンドルが左右にブルブル!始まっちゃう。手で抑えないと、どんどん大きく振れていく。
限度を超えるリアヘビー なんでしょうね。(^^;;;
再掲
新府城趾(北側の堀)で
リア箱の荷物を少し、シート下の前の方に移動しました。(サイドバッグを外して再び付けるのが面倒くさかった)
再掲
で、以降ほんの少しだけ、軽減されたと思います。
何度か試してみたですが。左手で軽く軽く保持して、右手をうっすら離しかけるとプルプル始まって、すぐにブルブルへ。片手でもグリップを握っていれば始まりません。
一瞬だけ両手を離してジャケット襟のベルクロを留めるとか、腕の通気ジッパーを上げ下げするとか、そういう事はできませんね。
新府城趾で 北側の堀へ行ったのは Google map でアタリを付けていたから。
県道沿いの新府城趾駐車場に駐めても、そこには 何もなく、本丸へ直登する入口や、大手門跡やら●の丸跡やらまで けっこう歩くし登る ようでした。
北側の堀ならば(多数の車は歓迎されないだろうけど)農業用主体の細道に車・バイクで入って行けて、とりあえず駐められるスペースもあるようだ、と。( TV 等の影響で車が多く入り込むようになると即座に閉鎖されそうな感)
そしてその気になれば、裏から(表側からより)緩い坂道を登っていけるようだ、と。無論、車・バイクで入れるのは上の撮影地点までです。曲がった先に「入るな」ポールが立っているらしい。
市などの管理者が整備に入るとき、こちら側から軽トラック等を入れるのだろうと推測。
ここ何年かの間に 3, 4 冊、武田勝頼 に関する本を読んで、どんな立地かを見てみたいと思っていた希望が果たされました。
ちなみに武田勝頼は、徳川被官に転身した武田遺臣がまとめた『甲陽軍鑑』で徹底的にサゲられている ような 無能ではなかった ようですよ。晴信(信玄)期を含む最新の歴史研究成果によると。
読んで感じるに、 武田滅亡への決定打は晴信(信玄)が何発も放っている と思えてなりません。
一番は、群小の地方権力(有力国衆)が急速に集約されて広域化し、戦国大名に育った統領家が家中の一門衆や有力国衆を押さえ込んで集権化していく 時流に晴信が対応できず、次代(勝頼)のそれをも 阻害した ことにあると感じます。
武田が生き残る道があったとすれば。本当に本当に 結果論 だけど、今川を潰した時期に遠江への色気を見せず 織田に下って、甲斐国・駿河国と信濃国の一部を領有する 有力傘下大名になる 道を、晴信(信玄)が選ぶ ことだけだったでしょうね。
いずれは一部を召し上げられてどこかへ飛ばされたと思うけど、それは羽柴や徳川の傘下入りした大名も進んだ道。
ただ、多数の鉄砲と多量の弾薬の入手が鍵を握る時代になるまでは戦争に滅法強く、TV によく出る歴史研究者の磯田さんが繰り返し言う「武田が徳川を強くした」は本当だと思う。二代かけて強くしています。
R20 から離れた頃からなんですね。急に風が強くなって、一部には空が見えるけど陽射しがなくなり、城址であらためて見た予報通り 寒くなりそうだ ゾ!、と。上の 2 枚から伝わるかしらん?
境川 PA で 17 度あった気温が、新府城趾で 13 度。
道の駅までのルートをナビに任せたら、日野春駅前を通ったのでパチリ。今は亡き友人が漫画スーパーガブを気に入っていたもので。
気温がまた少し下がって、道の駅信州蔦木宿で 11 度。境川で外したインナーをまた付けました。ついでに、ストリートガードの襟を拡張するパーツも付けたった。
定休日で開いてなくて、吹きさらしの煙突ベンチで作業したです。(^^;
道の駅を出るとさらに標高を上げていって、富士見の峠で 9 度まで下がりました。でも、襟の拡張で首周りの冷や冷やは解消。
一般道速度で残った課題は、グリップヒーターを点けても押し付けていないと指先が冷えることと、つま先の冷え。衣類上下の 窮屈さ。そして何より 足首。これが脛とつま先の冷えを助長していると思った。(^^;
この日は全国的に真冬の気温に向かっていて、諏訪辺りとしては 12 月後半に近い状況に。西伊豆ツーリングなら「近い」でなく真冬の日中気温でしょう。
一般道でのんびり移動する時間の余裕があれば、重装備が必要な F800 GS より楽で快適だと期待したのだけど、あちこち冷や冷やで、スクーターだからといって 身軽で済む訳ではない。
寒さ対策の衣類装備は F800 GS のときと同程度が必要で、窮屈かつ身重で苦痛。脱ぎ着が面倒で、ちょっと温泉に寄る、そういう気になれない。
よくわかりました。(^^;;;
日野春から道の駅蔦木宿に向かっているとき、 もうここから帰ってしまいたいくらい だと、弱音 が頭を過りました。
宿入り前に温泉と夕食をと考えていたけど、とりあえず暖かな宿に入って、脱いで楽になろうと考え直す。夕刻に食事に出て、その後に温泉やコンビニに回ればいいや。
茅野まで下りたら 12 度で、山に遮られないところは陽射しもある。少し元気になって、上原城趾の
諏訪氏居館跡 に回ってみる気になる。
ナビが案内した道が工事通行止めで、ナビには表示されず Google map には表示される細道に迂回する。 すっご! 急登坂が続く細道 でした。
着いてサイドスタンドを出して降りようとして、足が上がらずサイドバッグにひっかかり、あたふたしてたら サイドスタンドが戻りかけてもうて。
ADV160 が 倒れてきて ウァー!!!と。(^^;;;;;;;;;;
倒さず起こせた。(^^;;;;;;
ADV160 のサイドスタンドって、ちょっと引っかけると 簡単に戻りかけちゃう んですよね。(^_^;)
でも、荷物を積んでいてもバイクの仕様値は 138 kg 。 軽さに助けられた です。 F800 GS だとどうにもならず、挟まれぬよう逃げるのが精一杯だったでしょう。
ただ、良くない乗車姿勢が続いて負担が溜まっていた 腰に一撃を喰らわせてしまった かもしれない。(^^;;;
冷え で疲れたなー 思ったよりキツイなー と、煙突を繰り返して しばし休む。ウォーキング運動中のおかーさんに「紅葉が綺麗ですねー!」と声をかけられる。
で、 15:24 にお宿着。
家から 200 km の、7 時間 15 分ほど。境川 PA から 3 時間弱。藤野と境川での作業・休憩時間が長かったようです。
気づかぬうちに ODO 1,000 km を越えていました。
しばしベッドで横になって休み、億劫になっていたけど頑張って夕食に出る。脱ぎ着の面倒と着膨れ感を少しでも減らそうと、上の『チョモランマ』を省略したら二の腕が寒かった。(^^;;;
気温が 10 度と 9 度を行ったり来たりだったものですから。
古畑なる鰻屋。
特梅を注文。
これ、ご飯の間にも 3 切れ 挟まっています。
鰻自体は上々。タレはあっさり目で甘くなく、好みの範囲。かけられている量も控え目。かなり満足度の高い晩ご飯 でした♪
温泉は?
疲れた身体で、身体も着込んでいるものも重くて身動きシンドイのに、広くはなく混んだ脱衣所で脱ぎ着をするのが億劫になってもうた。(^_^;)
コンビニに寄って宿に戻り
ちょっと腰が怪しい・・・ と感じながらベッドにゴロン♪
気づいたこと感じたことをタブレットで書き始める。もう帰宅しているだろうの時間に家へ電話して猫の無事を聞き、お休みなさい。
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