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2025.11.30

諏訪ツーリング(1日目)


 できたら 7 時に出発したい。を、できる訳もなく。(笑)

 いちお、 5 時半過ぎに起きたんですけどね。最終荷造りや「あれも、これも」の最終積み込みに時間がかかってしまって。
 塩山、柳沢峠、小菅村と回ってきたときとほぼ同じ時間の出発になりました。


 高雄までの混雑と信号機停車連打を避けようと、前回と同じく 相模湖東まで上道 の計画。
 首都高速では少々の渋滞。中央道は渋滞なし。

 気温 15 もあって陽射しがあると 上体は暑いくらい で、ストリートガードの前ジッパーを半上げにどどめ、ベルクロ留めしていました。

 で、実速度 80 km/h の巡航を心がけていましたが。八王子バリアを越えたら、指先首周り足首と脛が 冷え て感じてきてもうた。(^^;;;
 指先は、大きめのハンドガードへの交換に失敗した結果がモロに出ていた感じ。とは言え、F800 GS でも冬グローブが必要だったよなぁと思い出すバカチン。 σ(^^;)

 まず、グリップヒーターを on にする。BMW のと違って発熱量が小さいですね。(^^; 無いよりは 1.00×10^6 倍もいいのだけど。
 ハンドガードも小ぶりなりに効果を発揮していました。(指先の位置を変えてみて、風の強弱を確かめた)

 続けて「足首と脛を何とかしないと体力を奪われる!」と考えて、 PA で 雨具のパンツ を履くことにする。
 予定の相模湖東で下りず、予定外の 藤野 PA ピットイン。一般道だといいとこコンビニ駐車場で、座って履くことができませんから。脱いだジャケットを置くところも無いし。

 身体もジャケットも重く て動きが 窮屈 で、『チョモランマ』も窮屈さを助長していて、けっこう大変な思い をしながら雨具のパンツを履きました。
 そして、ジャケットのしっくり来ないインナーを一度外して再び付ける。着込んだらジッパーを全上げにして、首元のベルクロも留める(これがすぐ外れる)。

 冬グローブ を取り出し、以降はこれを使用。
 シート下に入れてあったからサイドバッグを外さなきゃならなくて、これも結構かったるかった。(^_^;)

 終えたら少し疲れてもうていて、煙突やりながら長い休憩を取りました。


 再出発。

 足首と脛の冷え、多少マシになる。首周りの冷えも、多少マシにはなる。指先の冷たさも、多少は。
 どれも効果がありつつ、でも不十分でした。(^_^;)

 ここまで無かった困難も発生す。

 冬グローブが 操作し辛く て、手が疲れる わ、速度が安定しない わ。(ぽてちにはグリップが細いのも原因)
 かと言って、春秋用に戻すのは無理。(^_^;)

 帰ったらテニスのグリップテープ買ってきて@@巻いたろか。思うた。


 藤野での作業と休憩で予定より時間が圧してしまって、大月で下りずに 中央道を続行。甲府の通り抜けは 車と信号が多くて鬱陶しかろう と、勝沼も一宮御坂もスルー。

 勝沼まで下ったら少し暖かくなって、陽射しも戻ってきて、笛吹八代スマート辺りではもう 暑い 。これまた予定外の境川 PA ピットイン。


 17 もあります。ジャケットのインナーを外しました。着たり脱いだり冬は大変 です。


 ここで朝昼兼の、お約束を ば。


 詳しくはコメントしません。(笑)

 煙突コーナー近くにあった碑。


 そっかー。全通したのはそんな頃でしたよね。
 全通する 1, 2 年前に親父の運転で名古屋から帰ってきたとき、1 度か 2 度、途中で下道を走ったように思います。
 伊那あたり以降は寝落ちしていてろくに記憶に残っていませんが、うっすらと。

 下のはだいぶいじったのだけど、それでも ぜんぜん読めん。(^^;;;


 甲府昭和 で下りて、 R20 へ。しばらくして R20 を離れ、新府城趾 へ向かう。

 冬グローブが操作し辛く、手が疲れてアクセルワークが安定しない。上体は適温に感じるも、首の冷や冷やが解消していないし、身動き窮屈で不快が疲労を呼ぶ。
 期待した心地よさを感じる余裕なく、結構しんどいツーリングだな と思ってしまう。


 下りた R20 で気づきました。あらまぁ、直線でハンドルから手を離すと即座に ハンドルが左右にブルブル!始まっちゃう。手で抑えないと、どんどん大きく振れていく。
 限度を超えるリアヘビー なんでしょうね。(^^;;;

 再掲

 新府城趾北側の堀)で


 

 リア箱の荷物を少し、シート下の前の方に移動しました。(サイドバッグを外して再び付けるのが面倒くさかった

 再掲

 で、以降ほんの少しだけ、軽減されたと思います。

 何度か試してみたですが。左手で軽く軽く保持して、右手をうっすら離しかけるとプルプル始まって、すぐにブルブルへ。片手でもグリップを握っていれば始まりません。
 一瞬だけ両手を離してジャケット襟のベルクロを留めるとか、腕の通気ジッパーを上げ下げするとか、そういう事はできませんね。


 新府城趾で 北側の堀へ行ったのは Google map でアタリを付けていたから。


 県道沿いの新府城趾駐車場に駐めても、そこには 何もなく、本丸へ直登する入口や、大手門跡やら●の丸跡やらまで けっこう歩くし登る ようでした。
 北側の堀ならば(多数の車は歓迎されないだろうけど)農業用主体の細道に車・バイクで入って行けて、とりあえず駐められるスペースもあるようだ、と。( TV 等の影響で車が多く入り込むようになると即座に閉鎖されそうな感)


 そしてその気になれば、裏から(表側からより)緩い坂道を登っていけるようだ、と。無論、車・バイクで入れるのは上の撮影地点までです。曲がった先に「入るな」ポールが立っているらしい。
 市などの管理者が整備に入るとき、こちら側から軽トラック等を入れるのだろうと推測。

 ここ何年かの間に 3, 4 冊、武田勝頼 に関する本を読んで、どんな立地かを見てみたいと思っていた希望が果たされました。

 ちなみに武田勝頼は、徳川被官に転身した武田遺臣がまとめた甲陽軍鑑で徹底的にサゲられている ような 無能ではなかった ようですよ。晴信(信玄)期を含む最新の歴史研究成果によると。

 読んで感じるに、 武田滅亡への決定打は晴信信玄が何発も放っている と思えてなりません。
 一番は、群小の地方権力(有力国衆)が急速に集約されて広域化し、戦国大名に育った統領家が家中の一門衆や有力国衆を押さえ込んで集権化していく 時流に晴信が対応できず、次代(勝頼)のそれをも 阻害した ことにあると感じます。

 武田が生き残る道があったとすれば。本当に本当に 結果論 だけど、今川を潰した時期に遠江への色気を見せず 織田に下って、甲斐国・駿河国と信濃国の一部を領有する 有力傘下大名になる 道を、晴信信玄が選ぶ ことだけだったでしょうね。
 いずれは一部を召し上げられてどこかへ飛ばされたと思うけど、それは羽柴や徳川の傘下入りした大名も進んだ道。

 ただ、多数の鉄砲と多量の弾薬の入手が鍵を握る時代になるまでは戦争に滅法強く、TV によく出る歴史研究者の磯田さんが繰り返し言う「武田が徳川を強くした」は本当だと思う。二代かけて強くしています。


 R20 から離れた頃からなんですね。急に風が強くなって、一部には空が見えるけど陽射しがなくなり、城址であらためて見た予報通り 寒くなりそうだ ゾ!、と。上の 2 枚から伝わるかしらん?
 境川 PA で 17 度あった気温が、新府城趾で 13

 道の駅までのルートをナビに任せたら、日野春駅前を通ったのでパチリ。今は亡き友人が漫画スーパーガブを気に入っていたもので。


 気温がまた少し下がって、道の駅信州蔦木宿11 。境川で外したインナーをまた付けました。ついでに、ストリートガードの襟を拡張するパーツも付けたった。
 定休日で開いてなくて、吹きさらしの煙突ベンチで作業したです。(^^;

 道の駅を出るとさらに標高を上げていって、富士見の峠9 まで下がりました。でも、襟の拡張で首周りの冷や冷やは解消。
 一般道速度で残った課題は、グリップヒーターを点けても押し付けていないと指先が冷えることと、つま先の冷え。衣類上下の 窮屈さ。そして何より 足首。これが脛とつま先の冷えを助長していると思った。(^^;


 この日は全国的に真冬の気温に向かっていて、諏訪辺りとしては 12 月後半に近い状況に。西伊豆ツーリングなら「近い」でなく真冬の日中気温でしょう。

 一般道でのんびり移動する時間の余裕があれば、重装備が必要な F800 GS より楽で快適だと期待したのだけど、あちこち冷や冷やで、スクーターだからといって 身軽で済む訳ではない
 寒さ対策の衣類装備は F800 GS のときと同程度が必要で、窮屈かつ身重で苦痛。脱ぎ着が面倒で、ちょっと温泉に寄る、そういう気になれない。

 よくわかりました。(^^;;;

 日野春から道の駅蔦木宿に向かっているとき、 もうここから帰ってしまいたいくらい だと、弱音 が頭を過りました。
 宿入り前に温泉と夕食をと考えていたけど、とりあえず暖かな宿に入って脱いで楽になろうと考え直す。夕刻に食事に出て、その後に温泉やコンビニに回ればいいや。


 茅野まで下りたら 12 で、山に遮られないところは陽射しもある。少し元気になって、上原城趾の


 諏訪氏居館跡 に回ってみる気になる。


 ナビが案内した道が工事通行止めで、ナビには表示されず Google map には表示される細道に迂回する。 すっご! 急登坂が続く細道 でした。

 着いてサイドスタンドを出して降りようとして、足が上がらずサイドバッグにひっかかり、あたふたしてたら サイドスタンドが戻りかけてもうて
 ADV160 が 倒れてきて ウァー!!!と。(^^;;;;;;;;;;

 倒さず起こせた。(^^;;;;;;


 ADV160 のサイドスタンドって、ちょっと引っかけると 簡単に戻りかけちゃう んですよね。(^_^;)
 でも、荷物を積んでいてもバイクの仕様値は 138 kg軽さに助けられた です。 F800 GS だとどうにもならず、挟まれぬよう逃げるのが精一杯だったでしょう。

 ただ、良くない乗車姿勢が続いて負担が溜まっていた 腰に一撃を喰らわせてしまった かもしれない。(^^;;;

 冷え で疲れたなー 思ったよりキツイなー と、煙突を繰り返して しばし休む。ウォーキング運動中のおかーさんに「紅葉が綺麗ですねー!」と声をかけられる。


 で、 15:24お宿着


 家から 200 km の、7 時間 15 分ほど。境川 PA から 3 時間弱。藤野と境川での作業・休憩時間が長かったようです。
 気づかぬうちに ODO 1,000 km を越えていました。


 しばしベッドで横になって休み、億劫になっていたけど頑張って夕食に出る。脱ぎ着の面倒と着膨れ感を少しでも減らそうと、上の『チョモランマ』を省略したら二の腕が寒かった。(^^;;;
 気温が 10 度と 9 度を行ったり来たりだったものですから。

 古畑なる鰻屋。


 特梅を注文。


 

 これ、ご飯の間にも 3 切れ 挟まっています。


 鰻自体は上々。タレはあっさり目で甘くなく、好みの範囲。かけられている量も控え目かなり満足度の高い晩ご飯 でした♪


 温泉は?

 疲れた身体で、身体も着込んでいるものも重くて身動きシンドイのに、広くはなく混んだ脱衣所で脱ぎ着をするのが億劫になってもうた。(^_^;)

 コンビニに寄って宿に戻り


 ちょっと腰が怪しい・・・ と感じながらベッドにゴロン♪
 気づいたこと感じたことをタブレットで書き始める。もう帰宅しているだろうの時間に家へ電話して猫の無事を聞き、お休みなさい。

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2025.11.27

ツーリング適性と防寒( ADV160 )


 秋のいい陽気のうちに ADV160 のツーリング適性を観るお泊まりツーリングを計画。 2 泊 3 日で 諏訪へ
 ところが。「秋のツーリングのつもり だったのに、唐突にやってきたこの冬一番の冷え込み」に襲われ て、 ADV160 での寒さ対策についても知見を得られました。

 ツーリング記の前に、感じたこと気づいたことのまとめをば。


 出発するまでは。昨今の温暖な秋であっても山国へ行くわけで、ある程度の冬装備が必要 と考えました。週間予報を見ていると、日中は二桁半ばの気温でも朝の最低は一桁でしたから。

 が、混雑回避や信号停車の連打回避の 必要に迫られねば一般道を走るつもり で、すると速度が 60 km/h まで
 一部使うつもりの高速道路も 80 km/h までで、 F800 GS のように冷たい走行風を激しく浴び続けるわけではありません。(いずれも実速度)

 上下とも普通肌着の上に強力な防寒アンダーチョモランマ を着て、上は普通のシャツにストリートガード。下は防風ジーンズ
 これでも着膨れによる 身動き不自由感と重さ があって、しんどく思った わけですが。ジャケット下に着込む追加の 1 枚が無い分と、下がゴワく重くない分は身軽で楽
 足元は、普通の靴下で、普通の防水スニーカー。これも脱ぎ履きが楽で、スクーターならではの身軽さだと思っていた。

 という具合に秋のツーリングのつもり だったから、スクーターらしく多少は身軽に、とか考えちゃって 半端 な防寒装備。痛い目 に遭いました。(^^;;;


 出かける前日に取り付けたエンデュランスの ロングスクリーン + 無理やり付けた X-Creen の効果について。


 

 シートに何枚もクッション材を載せた上に 186 cm のぽてちが乗った状態でのことになります。


 強い走行風は口と鼻の間くらいから上。フルフェイス型であれば、高速道路での風切り音を五月蝿いと感じても、冷えは問題なし。
 顎と首は弱い風で、効果あり。顎は NEOTEC 3 のチンカーテンで防げるし、首はジャケットの襟の問題。胸も同様、弱い風のため、ロングスクリーン + X-Creen が防寒効果を発揮していた。

 ただ、スクリーンの幅が狭くて、二の腕が冷える


 世に何種類かある ADV160 用のロングスクリーンは 幅が狭い んですよね。ハンドルを切ったときのミラーとの干渉を避けるためと、何より見た目なんだろうと推測しています。
 見た目より実利な ぽてちは、ミラーステーを 2cm 3cm シフトするくらいやるんだけどな。そういうパーツ、世にあるし。

 高速道路が多く走行風が激しい大型だと追加の着込みをするとこですが、 ADV160 ではそこまでする程ではありませんでした。用心で 2 種持って行った追加着は 着膨れ疲労 を嫌って使わず
 80 km/h 弱と 100 km/h の走行風の違い、大きいんですよね。 80 km/h になると突然激しくなる印象です。

 なお、ストリートガードだと肩は大丈夫。走行風がなめているはずの わき腹から腰が冷える速度と気温でもありませんでした。


 インドネシア HONDA の小ぶりな ハンドガード は、小ぶりなりな効果を発揮 していました。
 冬グローブと電熱グリップ を使っても 12 度になると少々キツくはあったけど、指先が触れているようにすれば耐えられないほどではありません。 6 で多くが日陰だった富士見の峠でも同じ。

 大ぶりなものは、ハンドルを切ったときスクリーンとの干渉が課題になるはずで、現状が落としどころか?と思う。
 ハンカバ を試してみる予定なれど、やはりスクリーンとの干渉が懸念される。(やってみたら大丈夫だった)


 防風ジーンズ は、気温 18 度でも冷や冷や感じた BMW のライティングジーンズと異なり、確かに防寒性能がある
 今回もまずまずの防寒性能を見せましたが、気温 14 度以上の町中用と考えるべきか。とは・・・


 『チョモランマ』併用で、太股側面と上面は 6 まで下がった富士見の峠でも冷えを意識することがなかった。( F800 GS で真冬の高速道路だとストリートガードでも冷える)
 が、十分に覆われない 足首が厳しく冷え、やはり走行風を受けつつ足首から冷気が侵入する 脛が冷える。高速道路では 12 度あっても同じ傾向。

 ぽてちには長さがちょと足らないわけで、足首を覆うシューズもしくはブーツに、ロングタイプのレッグウォーマーを併用すべきだと思うた。

 シューズは通常の防水スニーカーで、脛が冷え始めた少し後に、つま先が冷たく辛くなってきた。つま先の冷えは BMW のシューズでもブーツでもほぼ同じで、真冬のツーリングは F800 GS でも ADV160 でも 中敷きホッカイロが必要 だと結論。

 往路は藤野 PA ピットインで雨具の下を履いて対処して、帰路は富士見の峠を越えたところで何とかしないとヤバイ!思って中敷きホッカイロを急遽購入し、同時に写真のような 酷い 対策を。


 意外にも、これがだいぶ効果あった。(^^;

 総じて言えば、 14 度を切るような気温のときは ADV160 でも 相応の着込みと装備が必要で、着たり装着したり、脱いだり外したりが 楽ではない な、と。
 着込めば着膨れ感ありますし、窮屈で身動きしにくく身体が重くなって シンドイ っす。

 トイレに行きたくなったときなんか骨ですよ。何枚も脱がなきゃ用を足せないのですから。
 同じ事は温泉にも言えて、広くはなくベンチも少なく人が多くてサワサしている脱衣所で 脱ぐ着るの面倒 を思い、諏訪まで行って 1 度も温泉に入らず帰ってきてしまいました。


 寒さや冷えとは異なる話しで、 ADV160 の長距離ツーリングについて。


 シートに乗せたクッション材の、さらなる試行錯誤が必要。以前よりは良いのだけど、時間とともに座り直しが増えていきました。
 宿に到着後や帰宅後に尻の痛みが残ることはありませんでしたけど。

 荷物を載せてサイドスタンド停めだと傾きが大きすぎるように感じる。


 なのに降りるときちょっと引っかけるとスタンドが戻りかけて、倒す寸前になりました。
 実は ADV160 導入初日に押して前進させるときそれをやってしまい、車のボンネットを傷つけてしまっています。(^^;;;

 大きなトップケースに荷物を入れて後席にもサイドバッグの重さが加わってリアヘビーになったせいか、ちゃんと握っていないとハンドルがブルブルと左右に振られる。

 サイドバッグは、自分の付け方だとシート下へのアクセスがだいぶ面倒になって、どうしてもの必要に迫られなければ使いたくないと思った。


 今回は、右に折り畳み椅子と工具ポーチ、冬グローブを。左にお止まり着替えセット 2 セットと寝着、パンク修理材ボンベを入れてましたが。(ブルブル対策にならんか?思って一部をシート下に移動)
 使うなら、シート下は 帰るまで開けないつもり で非常用物品に限らないとなりません。


 すなわち、雨具を防寒にも使うつもりなら、シート下に入れておくのは不適。

 よって積載の観点で、荷物の厳選が必要。多泊の着替えを持つのが難しく、少なくとも上着シャツは 2 日に 1 枚の割り切りが必要。


 重量物になるレンズ交換式カメラを持って行っても、体力の余裕がなければ 億劫で取り出さない。 F800 GS より疲労が少ないはずの ADV160 でもそうなのだから、自分の体力の問題ではあるのだけど。
 積載の観点からも、どうせ使わぬレンズ交換式はリストから落とすべき。すなわち、持って行くのは首に提げておけるコンデジGR3xだけと割り切らないとならん。


 急勾配の登坂で曲がりくねる細道でも、倒す心配なく 登れた。軽さと AT( CVT )のおかげ。
 同じ理由で、細道全般、入っていく気になるし、停車して「どうしよう?」も、戻る転回も気軽にこなせる。

 やはり軽さと AT のおかげで混雑と渋滞が大型より楽だし、何度か書いているように、一般道で車の後ろを走るストレスが小さくて済む
 そうしていて気づいたんですけど。軽自動車は、やっぱり遅いですね。運転者の問題もありましょうが、「車なり」の速度が低いですよ、やっぱり。


 よく聞く ベッドライトの暗さ をやはり感じましたが、陽が落ちて以降は諏訪の町中だけだったせいか、特に気にすることなく走れました。
 真っ暗な山道でどうか?は・・・ たぶんその機会はありません。

 ちなみに LED はコストをケチると 暗い んですよね。輝度は高くて眩しいのに、明度が無い。なのに色温度が高くてさらに見にくくしているし。カットラインがはっきりしていて切り方が手抜きなせいもあると思いますが。
 ぽてち的には、 F800 GS 程度のコストのかけ方ならハロゲン灯の方が見やすくていいと思うのよね。真っ暗な山道で カーブの先をまるで照らさない んだもん。( R1200 RT は偉かった)


 懸念の高速道路は。今回のように空いていれば、第一走行車線べったりで実速度 7580 km/h(メーター読み 81~86 km/h )維持の努力をしていれば大丈夫
 帰路の甲府昭和から八王子バリアまでのガラガラで単独走行は 76, 77 km/h(メーター読み 82, 83 km/h )の巡航が多かったと思います。

 75~80 km/h は低すぎのように思われるかもですが、トラックや軽自動車に多い 80 km/h 走行の実速度は、皆こんなもんです。
 第一走行車線べったりなトラックの後ろで実速度 75 km/h 巡航は気楽なものでした。走行風も一段弱くなるし。

 八王子からは交通量が増えてビュンビュン抜かれましたが、後ろギリに迫って横ギリを抜いていく車が湧くほどの交通量でなく。「みんな速いねー」くらい。

 渋滞は、そりゃ苦痛だし疲労が増す。でも 軽さと AT のおかげ で、どちらも深刻なものではありませんでした。
 帰路、高井戸手前から三宅坂までの断続的な長い渋滞に阻まれたけど、調布で下りず外苑まで乗っていた。それが示していると思う。

 なお、メーター読み 100 km/h(実速度 92 km/h )まで困難なく出ますが。
 「そういう車体じゃないよ」と言うてくるし、回転数がトップエンドに近づいたままになって「させない方がいい事をさせ続けてる」思いを強く抱くし、燃費が極端に落ちる し。

 高速道路も走れてツーリングで大きな利点になるけど、本領ではないですね。「ギリ」感を抱いて、それなりに気を使って走る感じ。

 対して、信号機少ない地方の国道 を単独に近い状況で走っているとこれよ♪ これ♪!といった感じ。

 速度は 55~58 km/h 、概ね 57 km/h(実速度)巡航だったと思います。
 車やトラックの後ろにつくと 40~50 km/h に落ちるけど、速度が低いだけなら AT のおかげでそう苦痛じゃないし、淡々と走っているとそのうちいなくなる。

 これで諏訪から甲府昭和へ下っていくと平均燃費計がジリジリ伸びて、 48.6 km/L まで行きました。富士見の峠以外は下り基調だから伸びたのはありますが、平坦でも 45 km/L 近く行ったのじゃないかしら。
 快適だし燃費はいいし、まさに 本領!


 といったとこで。 ADV160 は 一般道トコトコが優れて快適♪ そして ツーリング適性がまずまずある と認定です。
 気候と天気が良く装備が身軽なら、諏訪まで行くのに尻の痛み以外は困難も苦痛もなく、楽しく走ってこられます

 高速道路適性は低いので、大型のように飯田まで一発で行くとか、駒ヶ根まで日帰り往復するような計画はできません。
 混雑と信号機の海を回避する利用 が現実的で、これをできるのが、原付二種クラスの大きさ重さでありながら高速道路に入れる ADV160 の大きな長所 かと。

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2025.11.14

R1300 GS Adventure の衝撃


 興奮していて写真を撮っていず、写真なし! 写真を撮るほど 興味を持たないようにしていた のもある。(火暴)

 よって上の写真はうちの F800 GS で帰庫したときのものです。(^^;


 F800 GS が 1 年を迎えて 12 ヶ月点検に持って行き、作業を待っている間に R1300 GS Adventure を試乗 させてもらいました。
 仕様一覧の重量だけ見て自分の検討対象外だと思って詳しく見ていず、仕様モデルは知りません。試乗させてもらったのは AT で、自動車高調整 が付いているモデル。Low Down 仕様車ではないとのことでした。

 付けてあった Low シートから標準シートに変更してもらい、 Low or High の調整パネルは Low で。

 跨がって起こしたとき、まず 驚いた異様に軽く感じた んですね。

 小さく左右に振ってみて、やっぱり 軽く感じる異様なレベル に。

 ケース類は付いてなくて、燃料が半分ちょっと。仕様値の 284 kg から 10 kg ほど軽くなっていたと思います。それでも 274 kg はあって、前に乗っていた R1200 RT の仕様値くらいでしょうか。

 なのに重量を感じず、軽い。ここまで乗ってきた仕様値 238 kgF800 GS より軽く感じた。うちのもケース無しで、ソフトバッグ S を付けた程度なのに。
 てことは、燃料分を考慮して 40 kg ほど重い R1300 GS Adventure の方が軽く感じたわけです。

 水平対抗エンジンの重心が低めであることに加えて、重いミッションを下に持っていったのが利いているのかしらん。
 試さなかったけど、押し引きのときは 274 kg なりの重さを感じたのでしょうけどね。(営業氏がチラリと言うていた)


 次に気づいたのが、座面高の低さ。デカイぽてちはヒラリ跨がれて、両足がべったり。自動車高調整で 3 cm 下がっていたからでしょう。

 見た目タンク部の巨大さと GS Adventure のイメージから、べったりは無いのじゃないかと思っていた先入観を覆されました

 試乗中に自動車高調整を off にしたら、さすがに両足べったりとはいかず、片足の踵が少し浮きました。安心感が違うと感じて、すぐ on に戻しましたです。
( 2 回試した 2 回とも)

 小さく振って感じる軽さと足がべったりなことで、跨がってさえいれば 停車時に倒しそうな恐れをまるで感じません。たとえ疲れきっていたとしても

 これらは試乗に出たときも感じられて、混雑した R20 で ちょこちょこ車線変更しながら進んでいくのが 異様に軽快 に感じました。
 R1200 RT から乗り換えて軽快♪!と感じた F800 GS よりも軽快 で、パワーがあるから 楽チン♪にスイスイ 走る。

 なんてぇことでしょう。驚いた(^O^;)


 AT は、慣れでしょうね。慣れると AT の方がいい!となりそうです。実際、そう言う客が結構いるそうな

 ゼロ発進は極めてスムーズです。ただ、発進して道路に出るとき一時停止する。このときクラッチを切れないから、 1 速のエンブレグン!と利いてしまいます。
 道路に出る一時停止だけでなく、混雑や渋滞の微速で調整が必要なときも、アクセルを戻すと グン!と。

 これの対処かなぁ、慣れなきゃならないのは。

 慣れると丁寧なアクセル操作と強力なリアブレーキの併用で対処できそうだし、 2 速に蹴上げてしまう手もあると思う。

 なんてったって パワーがある し、勝手に半クラッチ操作するだろうし。微速の調整くらい、リアブレーキで抑えても 2 速にしてもこなすはずだから。
 かつてホンダの DCT で「 U ターンのようなとき、アクセルをわずかに開けながらリアブレーキで調整する」と読んだことを思い出します。

 1 速と 3 速の間では、少々の変速ショックもありました。慣れると「これくらい、あるよね。もう気にならなくなってる程度だとは思いますが。
 4 速以上でもコツン!と小さなのがある。トルコン式じゃないから、あるでしょう。変速していることが分かってよい、くらいかな。

 ぽてちは、疲れるまでは微妙なクラッチアクセル操作で 無ショック に変速するのですが、クラッチを微妙に握ぎ握ぎする力みで疲れないよう もっと雑でいいのかも と思うた。(笑)
 大昔 MFX250F で、ショックでチェーンを伸ばしてもうた頃からエンジンや駆動系にショックを与えたくなくてやっている事ですが、 AT の程度には与えても問題ないらしいと考えて。

 混雑した道でちょこちょこ車線変更しながら軽々と走れたのは、この AT のおかげもあった と思うんですよね。


 そしてリアブレーキ。なぜか、とても強力 でした。 G や F と違ってペダル面の位置が高いのもあって、足首をひねるくらいで触れて、触れるとグッ!と利きます。
 その強力さは、 K1300 GT , R1200 RT , G310 GS , F800 GS のどれでも経験したことないもので、これも慣れると楽♪

 どういう理由の設計思想変更なのかしらん。


 高速道路で 追従型 クルーズコントロールを使ってみると。

 予想通り、従来型より格段に楽♪ 一度セットしてしまうと、後は座っているだけ。ってなもので。
 F800 GS もこれだったらなぁ、と思う。

 巨大なタンク部カウルや整流パネル、そして大きな電動上下スクリーンもあって、防風性能も立派なもの高速道路が楽チン♪ですねー。(^o^)
 タンクが大きくて 500 km 以上走れるから、日本の道路なら R1300 RT 以上に 長距離ツーリング番長 だと思う。重さで一般道を苦に感じる RT と違って、一般道に下りるのを苦に感じない し。

 ちなみに、 R1300 RT の展示車に跨がらせてもらって、これは やっぱり重い!と感じました。跨がって起こすときも、小さく左右に振ってみたときも。
 今の自分には完全に対象外だと、自分をチョト情けなく思うたです。(^^;;;


 小さな事では、エンジンの熱気。 R1200 RT から F800 GS に乗り換えて感じる、脛の熱さ を感じない。 F800 GS は冬でも熱く感じるんですよ。(^^;
 シリンダーの位置の違いなんでしょうね。絶対的な排熱は 1300 cc の方が大きいわけですから。


 てことで。これは凄い!乗り換えたいくらいかも♪ と思うたのですが。

 帰ってから Web 見積もりで費用を調べたところ。ケース 3 つ他、欲しいと思うあれこれやサービスなんとかを 3 年に延長保証を付けて ¥4,470,000- なり。(諸費用、自動車税等、別)
 二輪は値引きがまず無いから、うちの ( F20 型 118d M Sport Edition Shadow )よりずっと高い 。(^_^;)


 帰りに乗ったうちの F800 GS の方が優れている と思ったのは、第一に大きさ、第二に絶対重量から感じる引っ張り出す気になる かな。

 3 台から 2 台に減らして、もう 1 台が原付二種程度の大きさの ADV160 で、かつてより格段に引っ張り出し易いんですけどね。
 F800 GS だとサイドケースを外すくらいでほぼ気遣い要らずで出し入れできるところ、R1300 GS Adventure の大きさになると ADV160 を出してからでないと厳しそうです。

 まぁ、最大の壁はお値段 です。はい。 f(^_^;)

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八甲田山雪中行軍遭難事故に関する追記


 映画の原作となった新田次郎の『八甲田山死の彷徨』は 小説 だから、事実と異なる創作が入っているだろうと思っていました。
 青森市街の外れにあって 遺体捜索 の出張本部になった雪畑にある、雪中行軍遭難資料館 でチラリ見た説明書きの範囲でも、異なっていたし。

 ということで、帰宅後に Kindle 本を買って『八甲田山死の彷徨』の復習をした流れで、事実に即した ルポルタージュのようなものはないか?と探して読んでみたところ。

 この本に書かれているものが本当のところのようです。


 読んで・・・ いやー 酷い(^_^;)

 青森第五聯隊 も、第八師団 も、陸軍中央 も。酷い(^_^;)

 この本の著者は、第五聯隊、すなわち第五聯隊長の バカチン ぶりや 対応の酷さ をとりわけ問題視していると感じます。
 読んだ限り、うん、その通りでしょう。

 当時の陸軍大臣報告や少し後に出された顛末書は、青森第五聯隊長(すなわち第八師団長)に責任が無かったことにする 隠蔽と捏造まみれ だそうで。
 捜索基地や聯隊等で取材して報じた新聞記事も、検閲で抹消 されて残っていない日があるそうな。

 著者は事件が起こるまでの軍記録や事件前後の新聞報道、何名かの 生存者証言 を詳細に突き合わせて。
 大臣報告や顛末書の 齟齬矛盾 と軍の動きとしてあり得ないから捏造を暴き、 あり得ない程に認識と準備が不足 した行軍演習の実像を掘り起こしています。

 原作『八甲田山死の彷徨』も、小説だなぁ、と思いました。

        本から

 一番左のマーク地点は 遺体 捜索基地になった幸畑陸軍墓地


(最初に発見された生存者一人を除く全員が死亡と決め込んだ聯隊長の誤認識による誤判断で生存者捜索が2日遅れ、文字通り致命的。それゆえ「遭難者」捜索でなく「遺体」捜索と記した)

 二番目は、急勾配に大苦労してここを越えたら異次元の深雪だったという大峠

 4 つ目は、異次元に深いパウダースノーで橇が利かず荷物隊が着いて来られなくなって予定から遅れ、この(銅像茶屋)裏の小山を登ったところで引き返しが発議される。
 も、しゃしゃり出ていた(オマケのはずの)大隊長が大隊長付き見習士官に煽られて続行を命じた馬立場。(本来、判断も命令もできるのは担当の中隊長)

 田代平に下りて街道を大きく外れたところにあるのが行軍目的地の田代新湯

 計画は、小説や映画にあるように「田代平を抜けて現十和田市に至る」ことでなく、小さな小屋があるだけの田代新湯で一泊露営して帰隊するのが実際だったそうです。
 写真にあるような、雪に埋もれた小さな小屋を猛吹雪の下で発見できる訳ないし、210 名の露営地に選ぶこと自体が異常ですよね。如何に現地を知らず計画を策定したかが解ろうというもの。

 なんとオマケに、少なくとも過去 2 年間は夏期ですら 田代街道を歩いた将校が存在せず、 2 年以上前の夏期に歩いたのが中隊長 1 名(計画と演習の担当大尉)だけ。
 地形も地理も知らず、詳細な地図すら持たず、街道から大きく離れた田代新湯を知っている者は0名だったそうな。
(事件後に陸軍中央から求められて聯隊が提出したのは 20 万分の 1 の粗い地図で、それすら持って出なかったと推測している)

 ちなみに、現地の人から「申し出られた 道案内を断った」とされるのは、取材で聞いた現地の人のテキトーな話しからの 誤報 記事
 現地の人々が事前に極秘な軍の予定を知るわけがなく、部隊通過時にも「どこへ行く?」等を聞ける訳がないそうな。

 あまりにも杜撰な計画と準備だったことからして、小説では悲劇の主人公と描かれた担当大尉の責任も大きい、と。


 弘前第三一聯隊への対抗意識に凝り固まった青森第五聯隊長が、ろくな準備をする間もない時期に実施をせっついた事が、最大の責任なんですけど。

 いやー、あまりにも酷い。(^^;;;

 実は逆方向に行軍を成功させた弘前第三一聯隊の担当大尉も酷いもので、自身の 功名心 で教育途上の長期下士候補生を 生命の危機に曝して後遺症を残し(凍傷)、行軍路にあるいくつかの寒村に饗応と 道案内を強いて使い捨て
  嘘を含む恫喝 で道案内を強いられた人たちも、後遺症(凍傷)で後の人生を狂わされたそうですよ。
(自身の功績を言い立てて新聞記事にさせ、さすがに左遷されたらしい)

 後の太平洋戦争でコテンパンに負けた訳だわ!と思いました。(^_^;)

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2025.11.08

鉄撮りの旅(最終日)


 希望より 1 時間ほど早く目覚めてしもうたけど、6 時間くらい眠れたらしい。でも寝不足感たっぷり。外を見ると、雲と晴れ間が半々といったところ。

 脱いだ衣類のパッキングとボストンバッグ詰め直しをぼちぼちやりながら考えるに、ショボかった朝バイキングに行くのを面倒に感じてきてしまった。昨日ショボくて今日は良いわけがないもの。(^^;
 用心で買ってあった菓子パンは主に寝坊のための用心購入で、このためと同じ。持ち帰るとその分だけカメラバッグが重くなるし、邪魔だし。これで済ませちゃえ、と。

 言っておきましょう。ルートイン全般、朝バイキングがショボくなってません? (^_^;)


 食べ終えて、ゴミ等を片付けながら再び詰め直しにかかるも。疲れで惚けてたんでしょうね。何度も詰め直し して、頭が悪い と言うのか、効率が悪い ったらありゃしない。(^^;;;
 外してあったインナーの取り付けもする。このタイプ、初めて見ました。


 脱ぐとき簡単に外れなくてよいのだけど、その分、付けるとき手間がかかる。

 ようやくで詰め終えて、雨除け袋もかけて、完成。 4 日分の衣類とトラベル三脚他で、バッグがパンパンでした。そしてメチャメチャ重かった


 これを僅か ¥2,000- ちょっとで運んでくれるのだから、宅急便めっちゃ有り難い!

 さて。部屋を出るにあたって、忘れ物がないよう見回した はずだった んですよ・・・

 フロントでボストンバッグを送る依頼をして、宿を出て、レンタカーの店舗に向かう。弘前駅方向


 こちらは逆を向いて。ビルがほとんど目に入らない。


 むかし鉄道を敷くとき、城下町のような大きな町の多くは中心部から離れたところに通したんですよね。騒音と煙と火の粉を嫌われて土地の収用と立ち退きを嫌われたことも大きな理由だったはず。
 少し後の時代、町の中心近くに入るのは軽便鉄道だったようです。前日分の記事で書いた、大鰐線の中央弘前駅がそれじゃないかしら。見知っている所では四国松山が同じ。

 それは 当時の最適解 だったのでしょうが、大都市と繋がる 鉄道が町の繁栄に強く影響した時代を逃しちゃった なと、今となっては思う。
 (寂しいことなれど)鉄道の時代が去り、今は自家用車の時代。アクセス性が良い大きな施設に大きな駐車場を設けられる バイパス道沿いが栄える時代 ですよね。やはり旧中心部は恩恵に与れない


 珍しくレンタカー。


 雪の可能性もある慣れぬ山道を登るのにコンパクトは非力で安定性にも不安があると考えて、インプレッサ・クラスを選んだらインプレッサでした。


 オプションでスタッドレスタイヤも追加

 40~60 km/h で流している分には実にスムーズで良い車でした。力を出足に振っていて、強い登りでペースを取り戻そうとすると非力だなと思ったのと、やっぱりシート(運転姿勢)が合わないなと思った。

 もう少しで酸ヶ湯になる 城ヶ倉大橋 の駐車場で、酸ヶ湯以降の道を Google map で確認しておこうと駐める。気温 7 度。


 多くの人が車から降りて、橋の上からの眺めを楽しんでいる様子。タクシーもここを目当てに客を乗せてきている。きっと紅葉だろう と、カメラを持って橋の上まで行ってみる。


 天気イマイチなれど、なかなかの眺めでした。


 紅葉は陽があたっていると色飽和を起こし易いから、曇天は運がよかったと思うた。

 車に戻って、タブレットで地図を・・・ あれ? カメラバッグに タブレットが入っていない・・・

 レンタカーの店に置いてきちゃった? いや、受付待ちのときも取り出していない。もしかして、ホテル? ホテルしかないよなぁ・・・
 急いで電話して部屋を見に行ってもらったところ、あった とのこと。(^^;;;

 戻ると 1 時間半はロスになって、後の予定をカットしても 気が急いて 酸ヶ湯に入る気を失う のは確実。宅急便で送ってもらうことにしました。
 前日のコンデジが無い!騒ぎ といい、何をやってんでしょうね。疲れと寝不足で注意力散漫に陥っていると、以降を自戒です。


 酸ヶ湯 は、複数ある駐車場に多数の車が駐まっていて、人の出入りも多かった。


 こりゃ忙しなさそうだと思いつつ、せっかくここまで来たのだから! と、意を決して入る。料金 ¥1,000- で、タオルとバスタオルが付く。タオルは持ち帰り可とのこと。
 ヒバの千人風呂 は脱衣所からもう風情があって、浴室は写真で見た通り。

 Web から

 ロビーでわさわさしていた人数から予想したより浴室が混んでなくて、熱湯は ぽてち一人のタイミング
 ヒバの千人風呂は 混浴 だから、女性が避けて玉の湯(女湯)に入っていたのでしょう。男性だけで、この写真くらいの混雑感でした。

 Web から

 こりゃいい湯だわ♪ と、気分よく浸かる。20 年前の同じ時間帯に来ていたら、もっと 人が少なくていい時間が流れたのだろう と思う。

 寝不足で、あがった後に脱力するほど浸かるとこの後がマズイから、カラスの行水でした。

 ここでまたやらかす。スマートウォッチを、脱衣箱に 置き忘れた。脱衣所を出てすぐ気づいたので無事回収できましたが、何をやってんだかね。(^_^;)

 ロビーの人が多くわさわさしていて、早々に退館する。気温 6

 ここまで来たら車で走り抜けるだけでも寄ってみたいと考えていた、青森第五聯隊特設 中隊 の遭難地。酸ヶ湯からほど無いところでした。


 車を駐める場所がなく、本当に通り過ぎただけ。


 行軍路だった県道 40 号を青森に向けて下り、八甲田山雪中行軍遭難資料館 へ。


 『幸畑墓苑』が陸軍墓地と気づかず民間墓苑だと思って、行ったり来たり探してしまいました。


 

 中学 3 年のときだったか。映画八甲田山死の彷徨が大いに世の話題になって、後楽園にあった二番館へ観に行って。強い印象を受けて、新田次郎の原作を読んでまた強い印象を受けた、悲劇。
 無茶な行軍をやった背景を含めて大筋は原作からも知っていたことですが、現地や墓地、資料館を見ると、また強い印象を受けますね。


 

 車で走った距離感からあらためて感銘を受けたのは、青森市街から わずかこれだけの距離のところで 199 名もが遭難死 してしまったこと。


 2 , 3 日に渡って、日中も暗くなるほどの 大暴風雪と零下 20 度を切る低温 に見舞われていたそうですが


 寒冷地の雪山登山とはそういうものなのでしょう。


 そんな環境・天候下で実施された雪中登山行軍の計画に、無知 かつ無意味な 競争意識 に駆られた大隊長が口を挟んで編成規模拡大を筆頭に 墓穴を掘る計画変更をさせ、さらにはくっついて行って担当中隊長から 指揮権を奪い墓穴を掘る命令を下していた そうな。(^_^;)


 兵卒の防寒衣類といえば羅紗の外套くらいで、ろくな防寒靴も防寒手袋もない時代。 200 人を超える中隊を食わせる大荷物を曳く運搬隊が落伍する可能性も頭になく。方位磁石が低温で使えなくなることや、握り飯や水筒の水がカチカチに凍って摂れなくなる知識もなく。懐炉すら持たず
 墓穴を掘る命令を下していた そうな。

 雪山の知識・覚悟と人選が万端で、暴風雪に渋る地元民に道案内をさせながら逆に回った弘前第三一聯隊特設 小隊 は、半死半生の体に見えつつも、全員が生還しています。
 双方の担当大尉の雪山知識や経験の深さ、上官に対する押しの強弱だけでなく、多数の命に大きく影響する判断を下す権限を持つ 上官大隊長連隊長の資質 について考えさせられたですよ。もっと言えば、現代より寒冷だった時代に雪の八甲田で競争的な実施を求めた師団長とその参謀なんですが。

 そして説明書きを読むと、青森聯隊の兵卒は宮城県と岩手県の出身者で構成されていたそうな。宮城と岩手も関東から見れば寒冷地だけど、冬山に入る生活をしたことがない者がほとんどだったそうで、さらには八甲田が荒れたときは レベルが違うのでしょう


 思い出してみると。五所川原周辺の平地で、道路に十勝平野で見たような 地吹雪避けフェンス がズラリ設置されていました。


 さて。次はどうしよう?

 ロビーが忙しなかった酸ヶ湯を計画より短い時間で済ませることになったのと、天気イマイチで計画していた八甲田ロープウェイに乗らず駐車場に入っただけで出てきたことで、時間の余裕 はだいぶあった
 青森港の桟橋を見に行くか?も考えていたけど、寝不足の疲れた身体で混雑する町中をごちゃごちゃ走るのは億劫。新幹線の乗車変更をして、早い時間のはやぶさに乗ってしまうことが 頭をチラチラ

 道路の案内板にあった、三内丸山遺跡 に行ってみる?と。Google map を見てみると、だいぶ広い見学施設になっていて、大きな駐車場から歩く距離がそこそこあるし、たぶん上り坂
 そして多分、あるのは柱坑と、想像再現した掘っ建て櫓や家屋。どんな立地なのかを駐車場から観るだけでいいや、と走りだす。

 で、本当に駐車場だけでした。大きな台地の上の大きな集落だったんだねぇ、くらい。
 今は寒いここ にね、とも思うたけど。縄文の地球温暖化時代は 生存適地 で、増やしていった栗林に覆われていたらしい。

 予定よりだいぶ早くにレンタカーを返却して


 新青森駅。大きくて立派なのねん。


 緑の窓口で、早い時間停車駅が少ない便への変更を依頼したところ、次の便は満席 で、それ以降も ほほ満席続き で贅沢を言えないとのこと。「ほぼ」で済まなかったら変更できず、 4 時間近く「ただ待つ」になってもうた。(^^;
 満席が確定の便の次、 50 分待つ『はやぶさ』にしました。それでも元の指定席券より 3 時間早い 便です。停車駅が 1 つ多くて時間が 10 分?多くかかるけど。



 駅を出て、座り込んで煙突


 をやっていたら小雨がパラついてきたので駅に戻る。



 土産物屋たくさんのコーナーでリンゴパイを土産に買う。



 透湿性のないジャケットが暑くて汗をかいていた状態。新幹線ホームで待つのが涼しくて良かろうと、新幹線改札を通ったら。あるじゃないですか♪ 駅蕎麦が♪
 600 円と安い方で、かき揚げがたいへん期待外れ だったわけですが。(火暴)


 こういうのを期待?していた わけですよ。(笑)

 箱カバンを提げた運転士のおにーちゃんが駆け込んできて、肉蕎麦大盛りをかっこんでいました。とーぜん顔なじみらしく、注文と応答がそれっぽかったです。
 もしかすると、ぽてちが乗った『はやぶさ』の運転士だったかも。


 新青森が始発駅で、定刻に発車。音と振動と揺れがレベチ。実に快適


 八戸の手前から 15 分くらいかな、うつらうつら。せっかくの機会だからと、『シンカンセンスゴイカタイアイス』を食べる。


 仙台で発車間際に閉まりかけたドアに 手を差し込んで止めた馬鹿野郎がいた らしく、 1 分遅れて発車。(ー_ー#)
 飛ばせるところで取り戻すらしく、ここらで回復運転ですか。


 なんか嬉しい、速い乗りもの好き♪ ヽ(゚▽゚)ノ

 宇都宮を過ぎると速度が一段落ちて、285 km/h 上限に残念感。大宮を過ぎるとイライラ は、お約束です。
 上越や北陸も乱れなかったようで、定刻に到着

 帰宅後いまに至るまで、猫の甘えん坊ぶりが増しています。

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鉄撮りの旅(4日目)弘前いいゾ!


 団体旅行とは別に、同じ宿に一人でもう一泊の予定。

 前日の団体旅行としてのチェックイン時に「明日は荷物を預かっておいてもらえないか?」と依頼したら、荷物をまとめておいてくれれば次の部屋へ運んでおくと言うてもらえて 感謝!
 何時に入れます? やっぱり 15 時?と訊いたら、何時くらい?と返されて、昼過ぎだと思うと答えたら、 12 時に入れるようにしておきますとのご厚意。感謝!

 団体の皆さんは荷物を弘前駅のコインロッカーに預けて、夕刻の最終集合時に回収する段取り。
 同じにする手もあったけど、ぽてちは三脚も入れてもうたから重くて。鈍っていて疲れた身体で駅前のお宿と駅の間を運ぶだけでも大変。(^^;;;

 だから嬉しいゾ! ルートイン弘前駅前


 この日、外は本降り雨。


 未明時から薄明時までは 強い風雨の嵐 だったようで、前日に撮影予定の変更が話題になっていました。
 ロビーでの打ち合わせで大きな変更なく、団体揃って弘前駅へ。


 通り抜けて


 弘南鉄道の改札・ホームへ。


 08:08 の電車に乗る。


 

 我が団体以外の 客は 8 名 だけ。
 部活へ行くらしい真面目そうな女子高生 4 人と、旅行帰りの若いおねーさん 2 人に、おば様が 1 人。もう 1 人は途中で乗ってきた若いおにーちゃん。

 旅行帰りの若いおねーさんたちが不思議 でした。 08 時前に弘前へ着く奥羽本線に、どこから何時に乗ったのだろう? 普通に考えて 07 時くらいの青森発だろうけど、そんな早くに青森へ着く新幹線や飛行機は無かろう。
 遅い時間の飛行機か新幹線で青森まで帰ってきたのが弘南線の終電以降で青森泊だとしても、早い時間に身仕度と食事を終えて 06 時半過ぎに宿を出るのは大変だろう。もしくは、弘前駅前に一泊? とか。

 などなど謎だなぁと考えていた。

 朝に弘前駅に着く 夜行バス だと気づいたのは翌日、レンタカーの中から観光バスを見たとき。 3 連休を利用した帰省じゃないか? と気づいたのは翌々日、東京駅まで迎えに来てくれた相棒と車内で話しているときでした。(^^;;;

 謎が解決してよかった。(笑)


 田んぼの中にぽつんとある無人駅で下車し、待合所に逃げ込む。


 外は本降りの雨。


 次の黒岩行きを、雨を避けて


 ホーム下から撮る。


 旅行社の依頼で動かしてくれたらしいラッセル車も、ホーム端のホーム下から撮る。


 戻ってきたときは雨が少し弱くなっていて、ホーム上から。


 雨で駅から離れず撮ったから、どちらも背景に家屋が入ってしまっています。

 こんな時期のラッセル車出動は、弘南鉄道が観光誘致に協力的で、観光資源として活用しているのでしょうね。
 「撮らせてくれ」「見せてくれ」等、旅行社の依頼に応じてくれることが多いそうな。対して津軽鉄道は冷たい、と。(^^;

 数駅戻って、平賀機関庫 の見学まで。


 先ほどのラッセル車を置いてあって、車内を見せてくれるし、ラッセルするスカートの上げ下ろしを見せてくれるし。
 工場の中のあれこれも、おとーさんが詳しく解説してくれました。


 

 車輪を


 加熱して広げ


 0.5 mm 太く削った車軸側をはめ込むのだそう。


 経験者の目には、温度と はまり具合が色や金属表面の表情でわかるそう。

 こちらはブレーキシュー。左の 3 連パッドは 通常期用 で、真ん中の色が違う物は 冬期用 だとか。


 冬季用はローターを削りそうな顔をしていますね。

 ラッセル車は終点の黒岩駅に置いてあるそう。


 出動予定は非公開。概ねで、始発前と終電後そして日中で、運転士の要請があった時にも臨時で出動するそうな。
 講師が冗談で。車で黒岩駅に行ってずっと待機 していて、ラッセル車が動き始めたら車を飛ばせばラッセルしている写真を撮れる!。なんて話したら、黒岩は 雪で車を駐められません、との オチ。(笑)


 弘南線の次は もうすぐ廃線になる大鰐線 と、大鰐線の 車両基地 見学。弘前駅へ戻り、各自で昼をとって移動し、中央弘前駅に集合。
 ぽてちは 中央弘前駅でツアーから離脱 しました。疲れと重いバッグの影響か、腰が痛くなってきてもうて。機関庫にいるとき痛み止めを飲んでいました。

 さて、大鰐線の 中央弘前駅


 昔の繁華街すぐ近くにあるんですね。Google map で見ると、大量の呑み屋があります。が、駅舎はこんな感じだし


 もうすぐ廃線になるだけあって、本数からしても多くの人が利用している駅じゃない。


 繁華街の様子をストリートビューで見ても、栄えているようには見えません。「昔の」と表現した理由。

 弘前駅からタクシーで簡単に来られましたが。弘前駅へ 戻るのが容易じゃなかった。(^^;;;
 タクシーが客待ちしているような駅じゃないし、近くの停留所を通るバスの本数も少なくて 45 分後とか。

 大きな通りまで歩いていけばタクシーを拾えるのじゃないか?と思ったのは 大間違い
 地方都市あるあるで、タクシーは 拾うものじゃなく呼ぶもの。全然通らない。

 違う路線で弘前駅へ行くバスの停留所はないか?と、雨の中を歩き始めましたが、見つからない。 (^^;;;
 途方に暮れていてもどうしようもないし、痛み止めが効いてきたのもあって。歩きながら、通るタクシーを探す&バス停を探すことにした。

 バス停が見つかりましたよ♪ 弘前駅がもう目の前の停留所が。(笑)

 酷い運動不足による身体の鈍りと体重の大増加で、ろくに歩けなくなっている事をはっきり認識させられたこの旅行ですが。
 キツイ!キツイ!とぼやきつつ多少は動かなきゃならなかった 3 日間で、少し歩けるようになったらしい
 これは夕食で宿から出る気になった事からも感じたです。

 戻った弘前駅前で昼ご飯。


 

 


 十和田バラ焼きなるもの。


 少し脂っこかったけど、味がしっかりしていてぺろりといけた。定食にせず、ご飯の代わりに餃子。


 食べ終えてコンビニに寄ってから 13 に宿へ戻り。重いカメラバッグを置いて、暑いジャケットと暑いバイク用冬ジーンズを脱いで、ふぅ~(´。`)

 ボストンバッグから翌日用の衣類を取り出し、今から詰め込めるものを詰め込んでおく。写真を何枚か取り込んで SNS に投稿してからベッドにごろん!
 Kindle 読んでいるうちに 1 時間くらいうつらうつら。 17 時に起きて、夕食へ出る準備をば!しておこう。

 GR3x が、無い! 無い! 無い!・・・

 部屋のどこにも無いし、カメラバッグにも無い。こりゃもしかして、昼を食べた 店に置いて来ちゃった???
 慌てて電話して訊いてみたが、見当たらない とのこと。

 ガーン!!!

 どうしよう? 買い直す費用が痛すぎるし、品薄で入手困難だし。途方に暮れる・・・
 撮った写真を失うのも痛いけど、どうにもならない。と考えたところで、まさかね?思いつつ。
 ジャケットのポッケを見たら、あった(^_^;)

 疲れていて、やる事がてきとー。かつ、扱いに配慮も足りていなかったらしい。後で気づいたのだけど、店の写真を撮ったのは食後だから 店に忘れてきたわけがない のでした。(^^;;;


 で、夕食をどこで? 昨晩パスったピッツェリアだよな。と、思うたけど面倒臭くなってきた。用心で買ってきてあるパンで済ませちゃう?
 長く逡巡していたけど、さすがに弘前 2 晩目でまたパンはなぁ・・・  と、奮起して 宿を出ました。

 小洒落た店で、開店から 30 分の 18 時半にもう 満席。店外の席まで埋まっていた。うん、いい感じの店が他にないものねぇ。ホテルはいくつもあるのに。

 事前に調べて、いい感じの店は他になかった。ならば「はなまるうどん」で手早く済ませちゃえ。と、大きな商業ビルの 4 階フードコートまで行ったところ、営業時間外


 空きスペースがいくつもあったしゲームセンターで女子高生が何人か遊んでいた以外はどの階も 閑散 としていて、 1 階にあったここだけが賑わっていた。


 弘前まで来てサイゼリヤ?と、残念感漂いましたが。


 バイトのおねーちゃんが 愛想よくて親切 で、口にしたときの残念感も ほうれん草の強い残念感薄らぐ

 ホテルのおにーちゃんも、弘南鉄道の人たちも親切だったし、弘前いいゾ! (笑)


 宿に戻って大浴場へ。落ち着いて髭をしっかり剃れるから、大浴場は有り難い のよねん。

 猫の様子伺いの電話をかけた後、お休みなさい。

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鉄撮りの旅(3日目)


 満充電から数ヶ月の放置で少し減った電池に換えてきて、初日にタブレットへの画像転送で電池を使い過ぎて。
 大曲のお宿で Z8 の本体給電で充電しようとして 充電できずUSB チャージャーの力不足だと思っていました。
 手つかずの予備電池が 3 。 2 日目の朝に、そのうちの 1 本に交換。残り 2 本じゃギリか? (^^;;; となっていた。


 前日のチェックインのとき、送っておいたボストンバッグを受け取っていました。主に衣類で3 泊分。予備の USB チャージャーやケーブル、ブロワー、露出計、お気にの個包装シャンプー等も入れておいたです。

 これらと一緒に送った 三脚 は、付属の雲台込みで全伸高が 160 cm になるマンフロットのトラベル型
 動きのスムーズさや固定力に欠ける付属雲台を外して、レベリングベース を付けて、その上に雲台はマーキンスの Q10 を付けたもの。これで 1.9 kg 弱


 重い Nikon Z には 脚が剛性不足 で頼りないし、細いエレベーター を全伸ばしで使わなきゃならないのはサイテーなのだけど。
 しっかりしていて使い易いマウンテニア 2 型 + G4 ギア雲台より ハッキリ軽くなる ことに加えて、縮長が短い ことも選定理由の大きな要因でした。
 宿に送るボストンバッグにすっぽり入ったのが大きいです。

 予想されるブレは、レリーズケーブルを使って軽減する。風が吹いたら手ブレ補正のスポーツモードを on にして、運に任せる。(^^;;;

 レベリングベースについて。 207 g も重くなる のだけど、付けてきて良かった と思うた。


 レベリングベースの水準器を見ながらほぼ水平にするのが容易で、すると雲台がほぼ垂直に立つから雲台を調整し易く、カメラの重さで微妙に動いてしまうことも減ったと思う。
 つけ替えたマーキンス Q10 の威力も大きいと思いますが。(「これで十分じゃね?」思った Q3 は、重い Nikon Z だとビミョーにズレて使い難かった経験あり)

 ちなみに 普通は脚の繰り出し量で水平調整する のでしょうが、ぽてちは 下手くそで、どえらい時間を食って結局水平を出せません。(^^;;;
 今回もそれで、レベリングベースに助けられました。こういうところは経験(訓練)の多寡なんですよねー。


 晩に寝付くのが少し遅れてしまった上に早くに目覚めてもうて。睡眠時間 5 時間半くらい。体力チャージがチト不十分でした。
 朝バイキングへ行く。 6 時半過ぎに行ったですが、そこそこ混んでおった。


 食べ終えて食堂を出たのは 7 で、このときには 大行列。早めに入って良かったなー思うた。

 部屋に戻って荷造りを仕上げて、集合場所のロビーへ。もうバスに乗っていろとのことで、バスに乗車。
 後で聞くと、部屋階から下りるエレベーターも混んで少し遅れた人がいたそうな。早めに動いて良かったな。


 最初の撮影地までそこそこ時間がかかるとのこと・・・ イカン!朝を食べたら お腹が動き始めてしもた!(^^;;;

 こりゃヤバイ!と、講師と旅行社の担当者に話して、コンビニで臨時休憩 をとってもらいましたです。(^^;;;
 旅行中はお腹がなかなか動かないのが普通なのになぁ・・・

 この影響で、最初の撮影地で予定していた 1 本目を撮り損ねることになってしまいました。
 参加者の皆さんに 申し訳ないことをした です。(^^;;;

 最初の撮影地で。講師が望遠が必要と言わず ぽてちも標準から広角だと思ったもので、三脚を持たずにバスを降りて、手持ちで撮影。


 ビミョーな立ち位置で大きく変わるものなれど、良さそうな位置は既にずらり、だった。


 次の撮影地。


 なかなか良い感じのところだったけど、撮ってみたらだから?な感じ。(^^;;;


 本当は 岩山の上から撮るべき ポイント。登るのがキツイと考えて、下で撮ったものだから。(^^;

 バスがここを出るとき、昼の弁当を配布される。


 けっこうン マ♪かった


 次。
 テスト撮りの最中に、電池切れが近いサイン。予備電池に交換しようとして、予備の 1 本が充電されていない ことに気づき、ギャー! (^^;;;
 これで 手つかずが残り 1 だけ。独自旅行になる明後日はいいとして、明日いっぱい持つだろうか?と焦ったのですが。

 この晩に「充電できない」が自分の 勘違い だと判明。無事、3 本の充電をできました。 f(^^;
 どういうことかと言うと、充電中を示す インジケーターランプ肩の脇にあった んですね。ケーブルを挿したとき 一瞬点いて消えてしまう 十字ダイヤル近くの 緑ランプ を見て「充電できない」と思い込んでいました。(^^;

 講師の先生、お騒がせしました。m(__)m


 200 mm の DX クロップで、280 mm 相当


 講師は「 300 mm 以上欲しい」言うてましたが、 Z 70-200 mm f2.8 VR S と 2 倍テレコンなんか背負って行ったら重くて死ぬ!思うて、事実上 Z 24-200 mm f4-6.3 VR1 本 態勢だったから。
 Z8 の DX クロップは 1,900 万画素になるので、それで賄っちゃおうと考えたのでした。


 しかしまぁ、よくこんな位置で。 280 mm の見え方じゃ列車が通るまで「どこ撮るの?」ってなもので、肉眼じゃ撮れるなんて思わない。プロはこんな地点を見つけ出すのだから 凄い


 次、津軽鉄道。までは移動がちょと長かった。


 予定より遅れ気味だったことと、曇天で暗くなるのが早いことから、行程の順番を変えて。
いっそどアンダーで 列車をシルエット化して、雲の表情を出してみるといい」とのことで。色温度も変えて



 次、津軽五所川原駅。


 入っていきなりこれ。


 ですよねー。(^_^;) 夕暮れの帰宅時間なのに、 1 本入ってきて降りた乗客は多くなく。


 これが出て行くときの乗客も少なかった。 それが日に何本?


 JR 五所川原駅とくっついてる津軽鉄道部分の駅舎はこうだし。


 駅前の雰囲気はこうだし。


 五所川原から宿の弘前へ向かう 道路の状況 を観ていると、上下線ともに 大変な数の車が列をなして いましたこの車の一部でも 五能線を使ってくれると JR は苦労が減るし、それは五所川原から先の津軽鉄道も同じだよね、と会話になりました。



 弘前 市街に入るのに渋滞していて、市街の広さと人口の多さ を感じる。暗くて近くしか見えませんでしたけどね。全国区の大型店やチェーンの飲食店がいくつもあった。
 さすが津軽家の居城があった町だなぁ、と。この旅行で見てきた角館、大曲、五所川原と雰囲気が違ったです。

 ちなみに、朝に車窓から見た 秋田も大きな町 でした。こちらは佐竹家で、実高なんと 40 万石。


 弘前駅前のお宿入り後、夕食は各自で。ということで、まず部屋でくつろぐ。
 旅行前に夕食の店を Google map で調べておったですが、もう疲れていて、近くの コンビニでサンドイッチ を買ってきて済ませてもうたです。


 換気で窓を開けてあると、駅前ロータリーに集まった若いのが バイク騒音 をまき散らしていて五月蠅かった。弘前は まだ昭和かよ。(^_^;)
 コンビニ前でも高校を出たくらいのが何人か騒いでいて、追い散らされずに済む適度な場所が 他にないんかい?と。

 そしてこの晩だったか。東北は在来線の 電車も 警笛が汽笛なのねと気づく。パァ~ン!でなくピィー!って。

 跨線橋も JR 部分と津軽鉄道で違ってた

 疲れているのに、ベッドに入ると寝つきが悪い。。。

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2025.11.07

鉄撮りの旅(2日目)


 お宿ではよく眠れないのがお約束なんだけど。まずまず普通に寝られて、 7 時間くらい眠ったのかな。疲れていたのでしょう。日頃まるで動かないから。(^^;
 朝バイキングをがっつり食べる。パンのお代わりもして食べ過ぎ。


 部屋に戻ってサービスのコーヒー


 を飲みながら、のんびり荷作り身仕度。荷物は朝食前にほぼまとめてあったから、戻ってからは本当にのんびり。
 新幹線の時間が 10:39 ゆえ、早く出ても暇を持て余すだけ。チェックアウト時間の 10 時ぴったりにお宿を出ました。


 駅横に灰皿があって、近くに腰かけて煙突やりつつ予定・時程を確認しながらしばしの時間調整。


 飽きて駅に入り


 新幹線改札を通ったところ。


 ここで他の客の会話で知りました。駅の中、在来線エリアにブースがあったらしい。 JR 東は信用していないから入って探そうとしませんでした。
 ここにまた来ることは無かろうと、


 撮っておく。


 『こまち』がまた少し遅れて来て、 2 分遅れで発車。入れ換えが必要な単線は難しいのでしょうね。便数が少ない地域、駆けてくる客を 30 秒や 1 分くらい待ってあげるのが、あることみたいだし。
 大曲での乗車率は 8 割といったところ。田沢湖線の『こまち』は 130 km/h 制限らしい。


 そして田沢湖駅を去る『こまち』。


 田沢湖駅前で、もう来ていた講師とバス運転士おにーちゃんに合流。


 東京から『こまち』でやってくるツアー参加者を待って、バス出発。車内の話題はやはり でしたねぇ。(^^;;;

 有名な撮影地で撮る。


 ここは ぽてちも「そうらしい」程度に知っていたところ。何で知ったのか覚えていませんが。そして、自分で撮りに来られるところじゃありませんが。


 かつては「おでん」を買うとビニール袋に入れて渡されたそうです。風情があっていい。(笑)

 ちなみにファインダーを覗き込む撮影のときは メガネ紐が必須。メガネをかけないとカメラの設定操作をできず、構図を決めるときや撮るときは、メガネを外さないとファインダーを覗き込めないから。
 忘れず持って来られたのは良かったなーと思う。たいてい忘れる んですよね。(^^;;;


 なかなかね。思ったように撮れるものじゃございません


  こまちは静か で、来たのに気づかず撮り損ねた!までありました。
 三脚をこの日の宿に送って楽をしたから、待っている間の カメラが重くて負担。「来た!」で構えなおして構図を決めるのに慌てるし。


 あらためて。鉄撮りは長い待ち時間が基本で、立ったまま でいるのが キツかった。(^^;;; 鈍っているし、クッソ!重くなっているし。
 対象が新幹線であるだけに比較的本数が多く、だーいぶマシだったんですけどね。でもキツかったなー。新幹線とバスの移動で荷物を持つから、さすがに折り畳み椅子を持ってくるのは無理で。

 次のここも有名撮影地だとか。


 日が落ちていき、露出設定がどんどん変わる。これは後で仕上げるつもりでド・アンダーにしました。


 同じくド・アンダーで、色温度を変えて。「夕闇の大気を切り裂く高速列車」のイメージで。


 撮り終えたときにはほぼ日暮れで、 けっこう寒かった。ひだりのトンガリ山は 鳥海 かしらん。


 ちなみに。用品店で大きなサイズが吊されているのを見た瞬間に掴んだ、安いバイクジャケット を着て行ったのは 失敗
 ストリートガードからプロテクターを抜いて着て行こうと考えとったですが、抜いても重い!ゴワい!で億劫になってしもた。(^^;;;

 透湿性の有無 だと思うのだけど。ジャケット下の 衣類が汗でしっとり湿るほど。でも前を開けると寒い。開けても汗でしっとりのまま、暑くて冷や冷や寒い嫌なやつ
 もちろん初日も以降も同様で、暑くて汗でしっとり冷や冷や寒いが 帰宅まで続きました


 晩ぐあんはお宿で講師を囲む懇親会(宴会)だったゆえ、写真なし。疲れを自覚していたのでチョト早くに引き上げる。

 この日は部屋のシャワーで済ませず、身体を温められる 大風呂 に行きました。
 ルートイン・グランディア秋田は普通のルートインより大風呂が広くて充実してるのだけど、カランやシャワーから出てくる湯がぬるいのは残念でした。

 でも、シャワーが時間で止まらないのは大変よい
 ぽてちが泊まれる級の宿に多い、時間で止まるやつ。出しっぱにされるとコストがヤバイのは理解できるし、カランの方はまだいいけど、 シャワーが時間で止まるは不便 なんですよね。

 家に電話して 猫の無事を確認 し、お休みなさい。

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2025.11.06

鉄撮りの旅(1日目)


 2 泊 3 日の団体旅行な鉄撮りツアーを現地合流・現地離脱にして、前後泊を加えた 4 5 秋田・青森旅行 に行ってきました。

 身体がクソ!デカイ上に酷い運動不足でクソ!重くなって身動きシンドイ ぽてちは、普通車の狭い席で新幹線の長時間は厳しいと考えたのもあって。(過去に経験がある)
 団体と別にグリーン席で移動するなら、前後泊を加えて時間的な余裕も持たせたい、と。

 東京駅までタクシーで行くつもりだったところ、相棒が車で送ってくれて楽できた。
 3 回分の着替えとトラベル三脚や小物等は、大きなボストンバッグ2 日目の宿に 送っておいた んですけどね。重い Z8 と便利ズームに広角ズーム、予備電池等の送れないものや初日の着替え、折り畳み傘は大カメラバッグの肩提げで、結構な重さ
 空車タクシーがなかなか通らない時間だで、助かったです。

 東京駅から出てくるときよく使う丸の内中央口が開いてなかった。


 朝食のヒレカツサンドを買って、新幹線改札を通ろうとしたら。特急券を入れろ何度も 弾かれてしまい。


 駅員に切符を見せて訊いたら東北新幹線はあっちとな。(^^;

 JR 東日本の新幹線は東北、上越、北陸と 3 つもあるのに東京駅の新幹線ホームが 2 面 4 線しかないから大忙し。 9 分前に入ってきて


 客を降ろし、再び扉が開いてから 3 分で発車。


 車内チャイム(メロディー)は 35 年前と変わらないのねん。なんか嬉しかった。


 315 km/h も出ているのに音と振れが穏やかなもので、速度感が無い。線路と車両が大きく進歩したらしい。


 盛岡を出たら程なく山あいを走るようになり、速度は在来線の特急電車な程度。


 単線ゆえ、入れ替えの待ち合わせ。


 角館で秋田内陸縦貫鉄道への乗換え 9 分間のところ、 3 分遅れで着いて、急ごうにも大量のジジババに阻まれヨチヨチ歩きを強いられる。
 改札をようやく出てから急いで縦貫鉄道の券売窓口へ行き、「行っちゃいました?!」と訊いたところ、「大丈夫ですよー」と。 JR が遅れたときは待つそうな。


 急いで乗車してから発車まで 3 分。足の遅い高齢者を考慮したのでしょう。何分待ったのかしらん?


 存廃がよく話題になり、災害時の復旧にも日数がかかる地方民鉄の一つ。


 空いていると思ったらこれが 予想外の混み方 で、座席の 9 割以上が埋まっていて座れず。
 松葉駅で団体客が大量に降りて、残った乗客 3 。これが通常の姿ですよね。驚いた。
 秋田内陸縦貫鉄道は急いでいると 80 km/h 出す。

 左通 (さどおり) なる無人駅で下車して 5 分待ち。


 

 乗ってきた列車が去る姿。列になってないけど。(笑)


 角館へ戻る列車に乗る。


 こちらは観光お食事車両を 1 両繋いだ全 3 両で、列車。予想外の混み方でしたが、一般車が 2 両あったおかげで座れました。


 また松葉駅で 団体客が大量下車。地図を見て判明。ここから バスで田沢湖へ行く らしい。

 戻った角館駅で駅員さんと話したら、行きも帰りも混んで大変でしたね、と。やはり松葉駅からバスで田沢湖へ行くパターンだそうな。

 ベンチに座ってこれを撮ろうとしたとき、失敗。


 ベンチの上に置いたカメラバッグの上にコンデジを置いてしまって、何かの拍子にコンデジが落ちてしまいました。
 傷ついてしまうし、自動開閉シャッターがどこかに吹き飛んでいってしまったし。(T_T)


 こういうやつ。


 見つからずあきらめて、駅前でカフェオレ缶を飲みつつ煙突一休み。汗ばんでいたけど、ジャケットを羽織っていないと寒く感じる。暑くて汗をかいているのに冷や冷やする、嫌な感じのやつ。

 バスの気配無く、タクシーで 10 年ぶり武家屋敷通り の端へ。


 10 年前に昼ぐあんを食べた店。


 まず、遅い昼ぐあん。


 

 人手不足対策だそうで、注文がタブレットでした。


 比内地鶏の親子丼とから揚げ。


 

 本当はカツ丼がいい 奴なんだけど、秋田で親子丼なら モンク無し 。(笑)

 武家屋敷通りは 10 年前の団体旅行で一通り歩いていて、目新しさはありません。


 中国語を話す観光客が増えたなー、とは感じたけど。少しいた日本人客はおば様の一人旅が多かった印象。


 今回は半分ほど歩いてからバス停を探してウロウロ。


 だいぶ大回りして歩き始めの地に戻り、時刻表を見たら大曲行きのバスは 1 時間待ち


 土日祝だったらアウト やん。(^^;;;

 もっと早くに来る、角館駅へ戻るバスの停留所はそこそこ歩きそうだし、どだい無いかもしれない。タクシーも通らない。
 戻ったところで田沢湖線も本数少なくて待つだろうし、ここで待つことにしよう。生活道路に入り込む路線バスの車窓も良い、と。


 コンビニで飲み物を買って、ベンチで煙突やりながら 1 時間待ち。暑くてヒヤヒヤ寒い
 ちなみに。どうして角館で神戸牛なのだろう。(^^;


 少し遅れてきたバスはちっさな車両で意表を突かれる。


  4 人乗って、すぐの角館駅で 3 人降ろしたら、終点まで ずっと ぽてち 1 人。経営がなり立つのかな。(^^;;;

 45 分ほど乗って着いた大曲バスターミナル。


 

 

 大曲駅前は 10 年前と変わらず何も無い


 灯りが目に入ったのは、駅と駅脇の交番とニューデイズだけ。日暮れ時を迎えて ほぼ真っ暗な感
 ニューデイズは握り飯やサンドイッチが品薄。客が少ないなりに仕入れも少ないのでしょう。


 お宿はそこそこの客入りらしかったです。


 秋田らしく、熊注意の貼り紙が。


 しばし休んでから夕食に出たら、あてにしていた店が休み。
てけてけ歩いてお宿前を通り過ぎ、 10 年前と同じ位置にあった呑み屋に入る。
 ここもタブレット注文。


 稲庭うどん大盛りと鶏天のセットに


 

 ヒレカツを追加。疲れていたらしく、ぺろり。


 店を出て真っ暗な中をあらためて見回して、灯りで判明。


 何もないは言い過ぎ で、呑み屋が数軒と学習塾 2 軒にこれが開いていた。


 寒く感じてジャケットの前を閉める。

 宿に戻って、どよーんと疲れて感じ、大浴場へ行くのを止め。シャワーで済ませ、家へ電話して 猫の無事を確かめる

 23 時に就寝。かつては胸がときめいたお宿のベットインも、今は慣れきっていて、ふつー。


 K1300 GTR1200 RT であちこち回ったスタンプツーリングで、あちこち泊まった のが利いているのでしょう。

 鈍っている足が疲れていて、寝つきそうなタイミングで少し攣りました。(^^;;;

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