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2017.01.24

伊豆の国市へ(本編)


 8 時ちょうどの出発となった往路。 10.5 度くらいだったか。

 首都高速は大橋 JCT 手前から JCT まで短い渋滞で、三軒茶屋まで渋い流れ。それ以外は順調でした。
 東名道も順調

 淡々と巡航して、冷たく感じたのは、やはり襟とヘルメットとの隙間くらい。

 日差し麗らか全体としては少々暑く感じていたほどで、大いに寝不足で早々にヘバリ気味であることを厚木あたりで自覚した。
 寝不足で、体温の調整が上手くいっていなかったのでしょう。

 で、中井 PA に飛び込んでトイレと休憩。トイレは、出がけに眠気覚ましのコーヒーを2杯も飲んでしまったのが利いた。(^^;



 なんて大きさの違いなんでしょう。(笑)


 ここでインナージャケットを脱げば、この先、冷える。ネックウォーマーを着けたら暑くなってヘバリが酷くなる。
 どうしよ?と考えて、無策。(笑)


 左コースの鮎沢 PA を過ぎたあたりで、赤灯をつけた肉食パンダに抜かれる。

 パンダが貼りついていった車の塊は、メーター誤差補正後の速度で 100 km/h 出ていないと思ったのですけどね。
 規制速度は 80 km/h ですが。特に乱暴な車がいたわけでもなく、ごく普通に追い抜いて流れていった塊です。

 ちょっとして、赤灯をつけていない擬態パンダに抜かれる。捕食行動に入っていない単独の走行だったので、単純に速度違反です。たぶん 30 40 km/h のオーバー。

 肉食パンダで目を惹いて、やり過ごして気が緩んだところへガブッ!

 そんな作戦だと推察しました。


 左右のコースの合流直後。肉食パンダが路肩で「わ」ナンバーのスイフトをむさぼり食っていました
 抜いていったときの走り方からして、合流で車線が増えた登り坂て少し加速して、襲われたのでしょう。後ろをまったく見ていなかったか、規制無しの法定制限だと勘違いしていたか。

 そのちょびっと先、まだ足柄 SA の手前。擬態パンダが路肩でプリウス α に食らいついたところでした。


 プリウス α がどういう走り方だったか、覚えていませんけどね。右コースを走って合流直後に襲われたのかもしれない。
 でもね。交通がこういう事をやっているから。ごく普通の市民から静かに嫌悪されて、刑事等の捜査で市民の協力を得られなくなっていくと思うのですけどね。

 刑事等事件の検挙率低下は、治安の悪化に繋がります。もしそんな機会があったら、一言申し入れたいところです。警察官の増員を図ったときだけマスコミ使って治安悪化感増の大キャンペーンを張るんじゃない、と。もっと根本的な事があるだろう、と。

 そんな機会、あり得ないけど。(笑)


 ちなみに ぽてちはクルーズコントロールでぴったり規制速度でした。メーター誤差を補正して、ピタリ規制速度。
 規制区間の他は 85 km/h でのんびり巡航。


 御殿場 JCT から先、新東名を選ぶ。新東名の長泉沼津 IC からの方が、伊豆縦貫道の走行がちょびっと短くなるものですから。
 中井で休んだから、よく使う東名道駒門 PA に入る必要はなかろう、と。

 伊豆縦貫道に入るまでの所要時間は 2 時間ちょっと。表定速度にすると 60 km/h もない。のんびり走って休憩も入れたから、こんなものでしょう。


 続く伊豆縦貫道は、その多くが1車線。だけど自分が左側で のんびりでしたし、困るほどに遅い車がいなくて、まずまず順調

 終点の函南塚本 IC まで走って一般道へ。ちょびっと走って、足利の堀越公方御所跡とされる地と、ほぼその向かいにある北条政子産湯の井戸へ。



 この敷地は特に説明ありませんでしたが、たぶん、北条氏の館の付帯施設があったものと推測。

 へぇ~!と思ったのがこの



 井戸に向かう小道の入り口に立っているのですが。建立が、強盗慶太のあだ名で有名だった東急の五島慶太だそうです。

 なんで五島慶太が?

 伊豆の観光開発をするにあたって伊豆の史跡を整備することで、地元民の東急受け入れを良くしようとしたのかな?


 上の写真から見ると撮っている背後になる、道路を挟んだ反対側。



 堀越公方御所跡だろうとされている地です。発掘調査もされて、それっぽいものが出てきたらしい。


 小道を入っていった突き当たりに古い井戸。北条政子産湯の井戸なり。



 帰ってきてから調べたら、やっぱりこれも違うらしい。それも明らかに。(^^;

 とても古い時代の事だし、武家は細々と記録する文化が無かったらしいし。まして都から遠く離れた地方の小さな在地武家
 北条一族が絶大な力を持った頃に書かれたらしい『吾妻鏡』が、初代鎌倉将軍の義父になる北条時政の官職を書けなかったくらい、北条氏は小さな勢力だったようですし。

 そして初代頼朝と二代頼家の頃には明らかに重用されなかった北条氏が隆盛期を迎えたのは、源氏将軍が絶えて四代目の藤原氏将軍の頃からで、残る痕跡の多くは鎌倉でしょう。



 さらには後に滅亡して、四散もしとる。痕跡もはっきりした記録も、本領の地に多く残っていないのが頷けます。

 最後の得宗だった北条高時の実母が、滅亡後に残された子女を連れて円成寺を建立してなかったら、ここが北条氏邸宅のあったところだと長くわからなかったかも



 


 今は守山が公園になっているようで、その駐車場で休憩。

 暑く感じていたうえに、ひしひしとバテと眠さを感じ、 20 分ほど休みました。人間ガス欠も感じて、昼ご飯に缶コーヒーを飲む。

 野良猫のご飯タイムだったようです。



 よく懐いていました。



 次は韮山反射炉へ。 10 分弱の移動。



 気温が 14 度ほどに上がっていた記憶。 10 分弱の移動で、ジャケットの胸だけを開けていたのですけどね。襟は冷たく感じるのに、全身が汗をかき始めていました。

 もう暑くて暑くて、駐めてすぐにインナージャケットを脱ぐ。一般道速度の移動はもちろん、見学時の徒歩で着ていられる状況ではありません。
 ガバガバのオーバーパンツの腹を最大限に緩めてパタパタもして、熱気を抜く努力も。

 テンションを維持してきていたけど、体が寝不足を訴えていた。暑さと襟周りの冷たさでヘバってきてもいて、けっこうしんどく感じていました。


 意思の力で見学を敢行。真新しい資料館を通り抜けて、反射炉へ。



 よく残したものです。まずは旧陸軍省の功績でしょうか。



 鹿児島の集成館では、土台部分しか残っていませんでした。



 どちらも、幕末の頃によく頑張ったものだな、と。

 こちらはモノが残っていることから、反射炉なるものの構造がだいたいわかりました。



 実物を目にしないとなかなかピンとこない。あらためて感じましたです。


 到着から出発まで、全部で 30 分くらいだったかな。長居はせず、。 5 分かからぬ距離。前振り編に書いた蛭ヶ小島へ移動したのでした。



 予定では、次にすぐ近くの韮山代官江川邸郷土資料館、農協直売所に立ち寄って、三島か御殿場で昼ご飯を食べて帰るはずだったですけどね。
 体調次第、時間次第の野望で、箱根越えで帰ることすら企んでいた。

 なんだけど、寝不足でシンドイよ、暑くて冷たくてシンドイよ、それをガス欠が助長しているよ、と。体が訴えかけ続けていました。

 少しでも安楽に走りたい思いで ESA を中井から「一人 Soft 」に設定していたことで、過度の殿様姿勢による背中の疲れも出てきていた。

 とりあえずカフェインの錠剤を飲んだけど、眠気が少々軽減しても、体のしんどさが軽減するわけではありません。


 ヨレヨレって運転が危なくならぬうちに、スッパリ帰ろう。江川邸をパスるのはちっとだけ残念なれど、その気になったらまた来れば良い。この距離はまったく苦に感じぬバイクだ。

 と、あっさり決めた。

 人間ガス欠は感じても空腹を感じていなかったこと。潔さを発揮できた要因の一つかも。(笑) もしお腹が減ってきたら SA・PA でかき揚げ蕎麦を食べればヨシ、と。ヽ(^◇^;)ノ


 蛭ヶ小島を出るときも、胸を大きく開けて、襟元は閉めて。インナージャケットは脱いだまま。

 伊豆縦貫道に入ったら冷たく感じてきて、長泉沼津 IC の JH 施設入り口に一時停止。ジャケットをキチンと締める。
 ここから標高が上がっていきまして、気温が 11 まで下がる。やっぱり冷えて感じてきて、足柄 SA で電熱インナージャケットを再び着ました。

 電熱のテストにならぬ日差し&気温だと思っていたけど、寝不足でご飯不足だと、冷えてくるものなのですね~。
 予想外だった。 10.5 指先が厳しくなってきたですよ。のんびりでも。風が強い日で、カウルによる整流が乱れていたからかも。


 そこで着込んだ電熱インナーのテスト開始。冷えを感じていた上腕と肩と襟元。痛みを感じてきていた肩と上腕。スッと楽になりました。

 うむ!験がある

 続けてグリップヒーターの投入。こちらは熱いくらいになっても指先が楽になるまでに至らなかったけど、だいぶ救いにはなった


 電熱インナーまで使うと、さすがにエンジンのフケが重くなりますね。そこから、電力をだいぶ食っていることを感じました。

 とは言え、メバチくんのときよりマシ。メバチくんの電気周り、何だったのだろう? 電熱未購入の新車 9 ヶ月で完全ダウンと、新品に換えてまた半年でダウン寸前。あわてて買った充電器に救われました。
 以後、テストで感じたフケの重さとテスト後のセルの重さに出先でのバッテリーあがりを恐れて、使わなくなっていました。


 ということで、回さずに使い続けるとバッテリーへの負担が大きくなると恐れて、気温が一段上がった秦野中井あたりで電熱をともに切る。
 気温と衣類と体温がバランスしたのか、以降はまずまず順調で、バテも忘れて淡々と。

 首都高速の霞ヶ関入路で箱車にタクシーが追突した直後に通りがかり、1回停車させられたのみ。以外は順調に、いつものガソリンスタンドへ。


 15:43 に帰庫。儀式は短くなって、上がるまで 30 分。

 この日の走行距離 282 km で、燃費は前週日曜日の島忠ホームズ往復を含めて 21.12 km/L

 のんびり走ったから、伸びましたね~。


 総走行距離 2,492 km
 
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