« 濃尾三遠ツ-(初日) | トップページ | 濃尾三遠ツ-(最終日) »

2016.12.29

濃尾三遠ツ-(2日目)


 ぽてちにしては抑制的な朝ぐあん。(笑)

 寒くてもウェアの中でけっこう汗をかいているから、塩分を欲していたと思う。


 宿を出て 20 分くらいの移動で、ある居館の跡地へ。城趾と言うより、居館跡と言うべきもの。



 反対側にはいちお、掘り割り跡らしきものもありましたが。



 門がすぐ近くの寺に移設されているとのことで、そちらにも。



 


 続けて長島城の大手門と城趾へ。一向一揆の長島です。



 これを見て思いました。



 本多忠勝が桑名に配置されるわけだ、と。東海道の要衝であるだけでなく、これも理由でしょうね。間違いないと思う。
 例えば、真田丸でファンを増やした本多正信あり得ないと思うですよ。


 城趾を回ってきたことに大した意味はないですが、実際に見ると、「なるほどね~」と思うことが多いです。
 再建でも現存でも、天守閣等に興味はありません。時代背景を推し量りつつ、地域立地周辺の地勢などなど気にしながら行って見ると。

 あれこれに「なるほどね~」なわけです。


 東名から濃尾平野に入って、名神と東海北陸で岐阜まで、走りながら見渡していて。金華山を遠くから、周りから見て、金華山の上から眺めて。そして墨俣一夜砦の跡を通過しながら見て、思うた。

 斎藤道三や信長の父親の頃。信長も若かった頃。狭い範囲小さな軍勢が何度もグジャグジャ叩き合っていたんだな~と。


 戦国期の人口は全国で 2,000 万いたか、いなかったか、だったと思う。

 寒冷な期間でもあって慢性的な食糧不足で、不足はお隣から強奪するのが常で、殺すことも厭わない。それが戦国の世だったとか。
 するとですね。この郷村で、この郡で、一国の単位で。食料生産と土地環境の改良にどれほどの労働力を投入できて、どれほどの収穫があって、どれほどの軍勢を用意できたのだろう。

 見て回って、思うたです。


 こういう山間の小さな郷村の規模から何代もかけて、隣から奪って殺し続けているうちに隣が遠くなっていって、徐々に国衆と呼ばれる地域勢力になっていったんだな~。



 なんてことも。

 松平氏の居館跡だそうな。



 斎藤道三や信長の父親の頃までの、郷村の叩き合いから地方勢力に育っていった時代と。信長が美濃を統べた頃以降の、地方勢力がぶつかり合うようになった時代と。
 中世が急速に終わっていったことを、体感として感じられたように思うです。


 駐車場広場の一角にあった売店。



 おばちゃんたちに焼き芋を勧められて、瓦煎餅と里芋を買う。イミフメイ。

 爆音がして何か?と思ったら。



 1回、運転してみたい。そんな車の1台でした。豊田周辺は神奈川同様に面白い車を目にする頻度が高くて良いです。

 すんご運転を目にすることも多いのだけど。(笑)

 初日のこと。路側帯でごぼう抜きをしてきて、路側帯からスポ~ンと一気に追い越し車線に移って、続けてごぼう抜きをして消えていったアクア。

 見て、「おぉ! 豊田まで来たんだな-!」と思いましたですよ。ヽ(^◇^;)ノ


 松平郷から岡崎への移動で、山間の県道を長い時間、ゆっくり走る 86 の後について走りました。ゆっくりな車の後ろだと、ギア比が合わんですね~。
 自分も静かにゆったり走りたいのだけど、2速では G が大きくなって五月蠅いし、3速だとエンジンとクラッチに辛いことを強いている状況で。


 次に寄った岡崎城趾では、ここが守備戦を強く意識した城郭だったことを感じた。



 関東に移封された家康に備えて本格的に整備されたそうですが、元が実質で半国規模の経済力で縄張りされた城地であるように思うたです。



 守備戦を意識した、戦国最末期の城を感じさせるよう思う。松平時代の対織田防衛拠点としては、位置と地勢が安城よりずっと良いように思うた。



 次の浜松城趾は、岡崎より規模が大きいように感じた。



 再建天守しか撮っていないですけどね。城地全体として。西方が安定して遠江を攻略するなら、絶対こっちになるわな~とも思うた。


 ということで、写真が少なくなってきた。ぽてちの法則です。


 疲れを感じるようになってきていたんですね。岡崎城趾にいたときから、ジャケットとパンツをだいぶ重く感じるようになっていた。
 再建天守を撮った後、しばらく座り込んでタブレットいじっていましたです。


 それでも泊地まで1時間くらい乗るのを苦に感じていなかったあたり、身体への負担が少なくて乗りやすいバイクなんだと思う。
 座り込んで Google map を見ながら頭にあったのは、今の状況で混雑のろのろはさすがに避けたいこと。消耗してポヤ~としてしまって倒さぬこと。顎と首の冷や冷やを防いで風邪をひかぬこと。

 戻った駐車場の おとーさんが曰く。バイパスが整備されたから、掛川までなら R1 で十分に早く行ける。僕らも東名道を使わなくなった。 40 ~ 50 分じゃないか。

 混雑状況を見て、 R1 を進むか東名に乗るかを決めることにしました。


 状況は日曜日の夕刻。東名道に乗るまでの間、かなりの量の車に混じっていました。

 どこに行ってもお約束ですが、前後左右を見ていないサンデーの運転を危うく感じて、すべての動きがトロくて誤判断も多い車の後ろにつくと操作のタイミングが違って消耗させられる

 やっぱり東名道を選びました。おかげで小笠 PA 売店の おかーさんと静岡県人気質談義をできて楽しかった。
 温暖なおかげでのんびりしていて成功意欲に欠け、大きくなれないそうな。いい所じゃないっすか。(^_^)

 ぽてちは全国屈指に移住してみたい県ですよ。


 お宿は掛川 IC すぐ近く。そのすぐ近くにさわやかなる人気ハンバーグ屋(静岡県内展開)があることを知って、そこで夕食をとることにしていました。



 大人気店らしく、 17 時過ぎの入店ですでに待ち行列。 20 分ほど待ちました。

 で、人気の『げんこつハンバーグ』(粗挽き肉の 250 g )



 これが ¥1,000- ちょっとで、パンとコーヒーを付けても ¥1,500- です。(竜田揚げは別)
 量も質もだいぶ良いと思いました。人気がでるわけです。


 食後に目の前のスタンドで給油して、お宿入り。まいどのルートインです。



 ツインの1名利用だで、ルートインにしてはちょっと高かった。

 疲れでかったるさを感じつつも頑張って大浴場に行き、脚と腰をもみほぐす。ネットをちょこちょこ見て夜更かしのパターンを避けて、ぽてちにしては早々に「おやすみなさい」


 給油から給油までの走行距離は 217 km18.54 km/L でした。当日だけだと 209 km 。当日の記事の 207 km は記憶間違いです。
 
にほんブログ村
にほんブログ村 バイクブログ BMW(バイク)へ mixiチェック

|

« 濃尾三遠ツ-(初日) | トップページ | 濃尾三遠ツ-(最終日) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/85522/64688792

この記事へのトラックバック一覧です: 濃尾三遠ツ-(2日目):

« 濃尾三遠ツ-(初日) | トップページ | 濃尾三遠ツ-(最終日) »