« 『かがやき』はイライラする (^^; | トップページ | 富山地方鉄道な日、雨 (1) »

2016.06.28

長町武家屋敷街


 前日と違って予定通りの時間に起きて、だから前日と違って宿の朝食バイキングで食事をできて、予定通り時間に宿を出て。

 予定を変え、宿の目の前にある富山城趾の郷土博物館をパスって、予定より時間を繰り上げて『はくたか』に乗り、金沢



 


 日頃ろくに歩かぬ奴が3日間チョロチョロ歩き回って疲れがたまってきたこと。慣れぬ枕で予定通りに起きた分、寝不足だったこと。
 そんな理由でしょう。起きたとき、前日までより足が重く感じ動くのがしんどかった

 予報では 29で昼から雨がパラつくとのこと。蒸し暑いことに間違いなし。蒸し暑さが苦手な ぽてちが少しでも動くと、汗が流れて大いに消耗することも間違いない。

 取っておいた切符より1本早くして、1時間ちょい早く帰るのが無難か?

 なんて思いが頭を過ぎったもので、あわせて金沢入りを早くしないと予定した2ヶ所を回るのも難しくなるかもしれないと考えた。

 そこで郷土博物館をパスって、予定より1本前、1時間半ほど早い『はくたか』に乗ったのでありました。



 荷物を、 kg あったリュックから宅急便で送ったバッグに少し移して、少しだけ軽くなっていたんですけどね。やはり背負うのが前日までより辛く感じました。
 路線バスで富山駅まで移動するだけなら汗が流れるほどではなかったけど、やっぱり蒸して感じて不快。そして案の定、足が重かった

 こういうとき増えるのが、タバコとアイスコーヒーなんですね。σ(^^;)

 『はくたか』に乗るとき、近頃にしては珍しく缶コーヒーを買う。金沢駅に着いたらまず喫茶店で冷たいものとタバコを所望。


 改札の写真を撮っていたとき見かけた おとーさん。長いこと立ち尽くしていました。

 うん、わかる。

 今どきの券売機は存在感の大きな物理ボタン一つというわけにいかず、存在感にあまり差異がない画面上の疑似ボタンを読んで判断しながらタッチしていかないとならないもの。難しいよね。(^^;


 構内の喫茶店でタバコを吸えることを発見して飛び込み、「やる気が回復するまでアイスコーヒーで涼む。(笑)

 飲み終えてすぐに活動再開とはいかず、けっこう長いこと休んでいました。


 このままだとせっかく早く来た分の時間が潰れてしまうと思い、 30 分以上も経った後に意を決して動きだす。(^^;



 駅前から巡回バスに乗り、香林坊なる停留所で降りる。目の前に日銀の支店。



 警備員が大筒( AF-S NIKKOR 24-70mm f/2.8E ED VR )を見て警戒しとる。大きなカメラ リュックを背負って正面から大筒を構えた男が、襲撃の下見なんかしないってば。(笑)


 後刻、『前田土佐守家資料館』なるところで観た VTR に拠ると、藩政時代には大きな商家が並んだところで、今も金沢最大の繁華街だとか。
 うむ。大きな商業施設や大きなホテルがたくさん建ち並んでござった。


 ということで、長町武家屋敷へ。


 実はまだ本番ではなかった。(^^;


 ということで本番開始。なるほど、立派な塀でござる。

 奥の左、立派な門でござるな~。


 こちらも、とても立派な構えではござらぬか。


 こちらとて、相当に立派。


 中級の武士が住んだ町とのことで、こんな立派な屋敷を構える家が中級?



 なんて思ったのだけど、よく考えたら当然でした。

 前田藩ほどの大藩になると年寄職を勤めるような上級武士は、上屋敷、下屋敷といった世界で、公園みたいに広い屋敷地ですものね。

 こちらは立派な豪華マンションでも部屋数いくつ持ち?の世界。あちらは何棟持ち?の世界だわさ。(^o^;)


 でもまぁ、立派なものは立派。



 塀や門の立派さや広さが、同じ中級でも知覧や角館とだいぶ違います。



 中級の中でもそりゃ各家々で知行高の違いはありましょうが、総じて前田藩が豊かな大藩だったことを、実感として感じました。

 逆に、年商額に比して社員数が多すぎて貧乏だったという話しを聞くのが米沢の上杉藩。米沢にもう一度行って武家屋敷を見て、立派さが比例しているものかどうかを確かめてみたいとも思うたです。
 米沢に中級武士の屋敷が残っていれば、になりますが。


 街並みをざっと見てから入った前述の『前田土佐守家資料館』の展示も、興味深いものがありました。

 『土佐守』に任ずる朝廷からの辞令書や『従五位下』に任ずる辞令書があったですが、細くて綺麗な字でバランスよく文字の大きさに抑揚をつけてあって、見事だな~と。
 まるで一幅の絵画。京の公家も仕事をしていたのね、と。(笑)

 撮影禁止ゆえ撮れませんでしたけど、あれは撮りたかったな~。

 霧雨もパラつき始めた中で汗を流しつつ歩いてバテバテだったゆえ、重いリュックを下ろす休憩のつもりで座った VTR の前。
 もらった資料を読みながら観たその内容も、けっこう興味深くて、面白かった。


 また意を決して立ち上がり、野村家屋敷跡と高田家屋敷跡を見に戻る。

 野村家屋敷跡は有料だったのでパス。知覧や角館で見た武家屋敷と、そう大きく変わるものではなかろう、と。
 高田家屋敷跡は移設してきた仲間小屋があっただけでした。



 というこで長町武家屋敷見物を終え、第二の目当て、西茶屋街向かうことにする。



 写っている おねーさんは、ちょっとの間、同じ所を見て回る形になっておったです。コンパクト機を片手にサクサクと歩きながら、テキパキとパチパチ。どんどん離されていく。(笑)

 活力があっていいな~と、年寄り臭いことを思ったジジ。σ(^^;)


 さて、バテていて足も重く感じていたため、バスで移動したいな~と思う。

 のだけど、路線バス系の観光地巡回バスは降りた停留所まで歩いて戻って、2停留所だけ乗って降りて、また歩く。
 コミュニティバス系の巡回バスは、乗る停留所も降りる停留所も位置はジャストなのだけど、ルートがまるで上手くない。

 見て回ろうと思ったところと順番が、一般的ではなかったです。仕方ないから「えぃ!」と歩く決意をする。


 ならば、再び前を通ることになる『金沢市老舗記念館』に入場をば。 100 円也。



 期待してなかったんですけど~。(^o^;)



 あらまぁ (^^;;;



 金沢って、本当に豊かだったんですね~。(^O^;)



 ぽてちは、徳川期の影の主役は商人だと思っています。少なくとも中期以降は。



 軍事警察をはじめとする統治機構は、武家が握っていましたけどね。

 商業も統制していたけど、基本は商人の代表任せ。肝心の富は、米が相対的に価値を落としていくことでどんどん失っていく一方でござったですよ。
 商業からの徴税方法は「運上」とやらが基本だったらしく、だいぶ未熟だったらしい。

 幕府も各藩も個々の武家も借金まみれになっていって...

 徳川吉宗が『米将軍』と呼ばれたほど米価の統制に意を注ぎ続けたなんて、ここらへんですよね。けっきょく降参するしかなかったらしいですが。

 ちなみに、武家財政の基盤だった農業に対する「年貢」も、維新後にでっち上げられ語られたほど高率ではなかったようです。

 寒冷期だったから北の国ほど飢饉が起こって騒動になることも多かったけど、全国馴らして所得把握率が(意図的に)だいぶ低かったらしい。中でも幕府天領は、私領よりはっきりと低かったそうな。

 ぽてちは、明治維新を『元は半農半武が基本だった武家が米穀を経済基盤として構築した幕藩体制の自壊作用』だったと観ています。
 要するに、「金が無い」が行き着くところまで行き着いて自己崩壊に至った、自然な顛末


 経済と財政の構造改革が始まると決まってそれを門閥が打倒して、けっきょく「改革と称するただの倹約策に陥るだけ。その繰り返しだったものね~。(^^;;;


 なんてことは、まぁいい。(^^;

 なんて立派なんでしょう。



 バテてしんどいけど入って良かったと思いながら、西茶屋街へ向けて歩く。



 また霧雨が降ってきたけど、折りたたみ傘を出すほどでない。いや、出すほどだったかもしれないが、止んで不要になったときの始末が面倒でそのまま。(笑)


 ハンカチタオルをカメラにかけて歩いていたら、和服の夫婦とすれ違う。観光客ではない、地元の人の風情。
 旦那は 40 手前の風。厳しい表情をしていた奥さんは、 35 くらいかな。

 二人とも板に付いていて、これまたまぁ~ 見事でございましたですよ。(^_^)

 金沢にいるのだな~ と思った。



 で、たどり着いた西茶屋街は、こう。



 事前に調べていた通り、大きなものでなく、基本的にこれだけでした。 Google map ストリートビューで見た限りでも、一本裏に入っても特になにも無し。
 観光スポットとして大きく取り上げられていないのが理解できたです。人が少なく、静かでよかったですけどね。


 祇園と同じようなものが、ここもあるのね。と思ったのがこれ



 さて、次。

 なんですが、帰る新幹線を1本早めたことで、乗る前に喫茶店でグッタリする時間を考慮すると余裕がない。
 霧雨が降ったり止んだりも、歩き回る気力を萎えさせる。


 そこで思いついたのが、路線バス系巡回バス( LL 系統)に乗って、車窓観光

 幸いバス停もそう遠くなく、ベンチにどっかり座り込んで待つ。



 LCD で巡回バスの現在位置が表示されるのですね。

 あったら嬉しいけど、まぁ無いでしょうと思っていたリアルタイム位置情報は、有り難かったです。
 これのおかげで「まだかまだか」とイライラせずに済んで、行ったばかりでしばらく来ないなら来ない、遅れているなら遅れているで、どっしり座り込んで休憩する気持ちになれましたです。

 一人旅で、道ばたに座り込んでボヤ~っと街を眺めている。悪くありません。(^_^)



 6分遅れてきたバスに乗り込み、ぐるっと車窓観光となりました。



 座った席が悪くて、車窓からの観光はイマイチ消化不良でした。写真のように降り口手前の席がすぐ空いたのだけど、重い荷物を抱えて移動する気になれず。(^^;

 それでも、金沢はまた来ようと思った。

 大都市すぎて、観て面白いものは、整備されすぎた感が強く漂って人も多い観光スポットくらいだろうと思ってのですけどね。
 実際その通りではあると思うのだけど、スポットの周辺をカメラ抱えて歩いてみるのも悪くない街だな、と。そんな景色がチラリチラリと。


 兼六園近江市場を訪れなかったのは理由があります。とは、 16 年前に友人に引率されて、友人たちと訪れたことがあるから。
 兼六園を二度目に訪れるなら、雪に覆われたときです。観光市場は、暇なときね。


 そしてこの後、『かがやき』の話しに続きます。
 
 
 
 この日の撮影はすべて AF-S NIKKOR 24-70mm f/2.8E ED VR
 重かった。(^^;
 
にほんブログ村
にほんブログ村 バイクブログ BMW(バイク)へ mixiチェック

|

« 『かがやき』はイライラする (^^; | トップページ | 富山地方鉄道な日、雨 (1) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/85522/63838180

この記事へのトラックバック一覧です: 長町武家屋敷街:

« 『かがやき』はイライラする (^^; | トップページ | 富山地方鉄道な日、雨 (1) »