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2015.11.28

カメラの設定と尚古集成館・仙厳園

 指宿のホテルから、朝の眺めです。


 ところで、旅行中のカメラの設定のこと。

 三桁機 + AF-S NIKKOR 24-70mm f/2.8E ED VR
 ・Picture Control ニュートラル
 ・輪郭強調     4.00
 ・明瞭度     +1.00
 ・コントラスト  +1.00
 ・明るさ      0.00
 ・色の濃さ(彩度) 0.00
 ・色合い(色相)  0.00
 ・アクティブ D ライティング L(弱め)
 ・ビィネットコントロール   L(弱め)
 ・高感度ノイズ低減     しない

 一桁機 + AF-S Nikkor 70-200mm f/4G ED VR
 ・Picture Control ニュートラル
 ・輪郭強調     3.00
 ・コントラスト   0.00
 ・明るさ      0.00
 ・色の濃さ(彩度) 0.00
 ・色合い(色相)  0.00
 ・アクティブ D ライティング L(弱め)
 ・ビィネットコントロール   L(弱め)
 ・高感度ノイズ低減     しない

 てなところ。ホワイトバランスはたいてい AUTO 2 です。

 三桁機の設定が 24-85mm f/3.5-4.5G ED VR を付けていたときのままで、「いつも」の設定に戻し忘れていました。
 一桁機も、試しで「いつも」よりコントラストを1つ下げたままだったこと、3日目の昼過ぎに気づいたです。(^^;)
 アクティブ D ライティングも、「しない」にするのを忘れていました

 「いつも」は、ニュートラル、輪郭強調 3 、コントラスト +1 で、他は 0 です。

 -0.3 から +0.3 の3枚ブラケティングで撮って、 RAW + Jpeg で記録していて、今回ここに掲載した写真のほとんどが Jpeg を Lightroom 6 でちょびっといじったものです。

 ぽてちは硬派な撮って出し主義でなく、いいと思うようにいじる派です。

 いじるのは、露光量、コントラスト、ハイライト、シャドウをちょっと。あとは傾き補正とトリミング。たいてい、コントラストを下げる方向です。
 あと、だいぶ面倒な作業なんだけど、場合によっては色温度と色かぶり補正も、ちょびっと。(メーカーの技術力が出るところですね。 FUJIFILM は良いと思います。)

 いじる指針は、できるだけナチュラルで、かつ見やすく。

 ディスプレイでだいぶ違って見えるはずだけど、そこは自分の範疇を超えるから、気にしても仕方ないですよね。
 設定をナチュラルにしてある docomo SH-08E や F-01F で見てもだいたい ok なので、こんなものでしょう、と。


 ちなみに、Nikon Capture NX-D が使いづらいので、 RAW からの現像が減りました。今回の写真も、ほとんどが Jpeg を調整したものです。
 Lightroom のカメラキャリブレーションは、やっぱり違うんですよね。


 前置き話題が長くなりましたが、3日目のこと。

 主たる訪問地は、鹿児島市、桜島、霧島市です。

 泊地の指宿で3つのホテルを順番に回って7名の客を拾ったバスが向かうのは、まずは鹿児島中央駅。
 ここで乗車してくる客はいなかったけど、乗ってくることもあるようです。

 トイレのついでに駅のコンビニでポケット灰皿を買おうとしましたが、扱っていないそうな。

 持ち忘れてきてしまったから念のために買っておこうと思ったのですけどね。この後、最後まで買う機会が得られず、でも実際には不要でした。
 病的にキリキリしていないのは地方のいいところで、訪問地のどこでも喫煙コーナーがあって、それも探して回らずにすむ利用しやすいところにありました。

 このこともその一つだけど、東京を中心とする都市部のあれこれに対する騒ぎっぷりはビョーキの範囲に足を突っ込んでいるよなと、改めて思うたです。
 良い方向へ筋よく向かうことなら、いち早く、徹底していて、いいんですけどね。多くは思い込みや強すぎる自意識と過剰なリスク回避を背景に感じてウンザリする・・・ あっ、会社ことがまた頭を過ぎる・・・(火暴)


 さて、最初の訪問目的地、仙厳園と尚古集成館。

 中央駅から西田橋を通ってザビエル像、小松帯刀像、西郷隆盛像、島津藩庁跡の前を通りつつ向かったのは、お約束なのでしょう。
 初日に乗った巡回バスも、同じようなルートで仙厳園に向かいました。

 で、尚古集成館。中は撮影禁止だったので展示物の写真はありません。


 展示物を見て思った。教科書や本で読んで建物の写真を見ていたのと、展示物を自分の目で見るのと、違うものですね~。
 島津斉彬公が名君と評されたことが、とても腑に落ちました。

 当時、あの時代。欧米列強の植民地化侵略を退ける国防の意識をはっきりと持って、今の時代なら原子力潜水艦と核弾道弾を作ろうとしたようなものでしょう。

 島津藩の幕府からの防衛や幕政への圧力だけをねらった事業でなく、当時は一般的に●●家の範囲に留まってその意識がほとんど無かった統一国家(後の日本国)が立ち行くようにと意図したことだったのは、開明派だった老中首座阿部正弘公と良かったことからもわかろうというものです。

 島津斉彬が西郷隆盛や大久保利通を登用して教え育て、阿部正弘は勝海舟や大久保忠寛、永井尚志を登用して後の活躍の端緒を開き...

 尚古集成館で開発された技術が後の軍艦等の建造に直接役だったわけではないようですが、国の成り立ちの転換とその後の国造りの胎動が始まった地の一つだったんだなー!と、なんだかちょっと感動しましたです。

 それにしても、です。原子力潜水艦と核弾道弾の開発を、鹿児島の財政の中で行おうとしたようなものですから、なんとも気宇壮大ですね。

 でも、内部で大反対があって、くすぶり続けたでしょうね。凄まじい出費に。

 早すぎる死は、父親を含む身内による暗殺との説があるようです。これ、将軍継嗣問題に口を出してこじれた幕府守旧派と島津藩との関係改善とともに、崩壊に向かっている藩財政を建て直す意図があったのじゃなかろうか。

 なんて頭を過ぎって、ぽてちはコレラ説より毒殺説に傾きました。


 隣接する仙厳園については、特段の印象はありませんでした。藩主の別邸。その庭園。

 明るく開放的な作りに感じたのは、南国の陽光と目の前に広がる海、そして雄大な桜島の姿がそうさせたのかもしれません。

 

 昼食は仙厳園の中にあるレストハウスでした。

 初日に鹿児島料理の店に入らなくてもツアーのどこかで鹿児島料理が出てくるでしょう。そう思っていたのが、登場しました。

 印象は、かつて北九州エリアで食べた経験から推測した通りでした。出汁が違う。味付けが違う。醤油が違う。優劣や善し悪しの問題でなく、食べて育った地が異なり、馴染んでいる味が異なる。そんな感じ~。


 この後、国道フェリーにバスごと乗って、桜島へ。

 ザビエル上陸の地や石橋公園の前を通る、仙厳園からターミナルへの移動ルートが巡回バスと同じなのはお約束なのでしょう。
 全日空のツアーバス、推測通りに、観光の要所をかなり網羅しているようです。
 

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