浅草ぷらり(金曜日)
月曜日は解熱剤が効いたらしく、なんとか動けていました。
治ってはいないようで、晩にまた熱が上がってきた気配。8度までいった日曜の晩と違って微熱程度ですけど。ひどい咳も治まりません。(^_^;)
さて、金曜日午後の写真を上げちゃいます。ネタ的に微妙ですが。(^^;)
珍しく昼で仕事があがりまして、それも外からの直帰。寒くても天気が良かったし、少し歩くべぇと、押上(スカイツリー前)駅で降りてみました。
東武の業平橋が「とうきょうスカイツリー」駅に変わり、京成の押上ホームでは「スカイツリー前(押上)」と表示されていました。東武の押上はそのままらしい。
駅名変更の報を耳しても関心がなかったから、知らぬも同然。東京スカイツリーへ行くにはどこで降りるべきなのか、京成のスカイツリー前で降りたらどこに立つことになるのか、チト困惑しました。
京成押上で降りて業平橋まで、スカイツリーのビルを通り抜ける形で歩いてみて、位置をやっと把握。中の商店街も、だいたいどんなものかを把握できたかな。
この手の商店街には用がない ぽてちですが、遠来の客を案内する必要が生じたとき、これで応じられるのじゃないかしらん。(^_^)
業平橋から吾妻橋までは、おもろいものじゃなかったです。
吾妻橋からはいよいよ浅草。
松屋浅草と、その中に入る東武浅草駅。
古い駅で、だいぶ無理をしても連結車輌数が制限されてしまうそうな。でも、浅草駅を廃することも他に移すことも、あり得ないだろうな~。
あり得るとしたら地下駅化だろうけど、標準軌で集電方式も違えばトンネル径も違うメトロ銀座線との乗り入れ運転があり得ぬ以上、地下化の巨額投資は難しい話しでしょう。
浅草駅と発着列車は現状維持で、通勤ラッシュに対応する多車輌連結は半蔵門線乗り入れの便で。当分の間は現状維持でしょうね。
どこかで昼食を摂らんとな~と考えながら浅草寺門前エリアに入る。「ここならば」の手持ちは少ないです。
けっきょく、伝法院通りの「大黒屋」に入りました。たぶん 20 年以上ぶりの3度目。
どんなものが出てくるかは知っています。前の記事を参照願います。
食後、伝法院通りをぷらぷらと六区通りの方まで歩いて、洋食の「ヨシカミ」ってここらじゃなかったっけ?と思うも見つからず、新仲見世通りで仲見世通りへ戻る。梅園(うめぞの)で「豆かん」を買って帰るため。
仲見世通りまで戻ったら浅草駅から銀座線に乗って、上野からバスに乗るのが順当。
ここは銀座線上野駅から京成上野駅への地下通路です。
塗り直して、少し明るくなっていました。そして出た不忍池の畔。
畔を都電が通っていた痕跡は 25 年以上前からほぼ完全に無く、このスペースだったよね~、くらい。
小学校低学年くらいまでの子供の頃、好物の硬揚げ焼きそばを食わせてもらいながら通る都電を見下ろしていたこと、思い出します。年に二度くらい、家族総出で松坂屋に行った帰りのお約束でした。(小学校中学年の頃にはもう廃線となっていた気が)
思うに、賞与が出た後のレジャーだったのでしょう。親父の業界的にも会社の規模的にも金一封程度の額だったらしいけど、高度成長期の庶民の大いなる楽しみだったのだろうな~。松坂屋の食堂で食事をしたことも覚えている。激混みでした。
子供心には暇だし疲れるしひもじいし、嫌でしたけどね。毎度々々、都電見下ろし硬揚げ焼きそばに釣られた。(笑)
そんなことを思い出しながら帰って、寝る。
続く土日は発熱とひどい咳で棒に振りました。クリスマスの先取りで那須高原まで食事に行こうか?なんて話していたのですけどね。
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