TV希薄な生活
我が家では TVの存在感がたいへん希薄です。
TV番組を流すとしたら、食事のとき BGM代わりにニュースか TV東京の「いい旅ゆめ気分」のような紀行ものを流しておくくらいです。
番組を注視することは、ほとんどありません。注視することがあるのは、大きな事件や災害の報道くらい。あとは、ごく希に、年に1度か2度くらい映像コンテンツ(DVD)を見るときくらいかな。
そんな状況だから TV受像器も古いまま。88年製のシールが貼られた 20inchブラウン管型が1台。購入はたしか 89年の春でした。
もちろん BSも CSも無縁。地上波デジタルは、アナログ地上派が停波してから対応を考える予定だったりします。(もしかしたら放置するかもしれません)
じつは他に見られる機械があって、PCでアナログ地上派の受信と録画が可能です。E-MOBILEの em oneでは、地上派デジタルのワンセグメント放送を受信可能です。しかし、PCでは F1 GPをたまに録画して希に見るだけ。em oneの機能は「付いているだけ」状態。
そんな生活をおくっていると「なるほどなぁ」と思える部分のあるコラムに出会いました。
・我が家はつけっぱなしではないが、TVはチラ見しながら情報をすくい取る存在
・TV希薄な生活の中では時間の切れ目が少なく、タスクが夜に向かって押していく
・大型テレビを買わずにワンセグで十分
読んで自己理解が進んだのは、今の自分が何を TVに求めているかということ。とは、コラムの用語にある「同期的」でなければならないもの。上記した、事件や災害のリアルタイム報道が、それにあたります。
これは、現在のネットでは対応しきれないことで、TVならではのメリットです。(娯楽やスポーツは、自分の場合、非同期で十分です。もともと TVが提供する娯楽番組やスポーツで興味を惹かれるものがほとんどありません)
TVと同様に、新聞にも価値を感じず、購読をしていません。雑誌も同様ですが、雑誌の場合はネットで対応しきれないものを求めて、社会誌や経済誌の冊子を買うことがあります。
雑誌の扱いが新聞と異なる理由は簡単です。時間と手間をかけて練り上げた記事があるから。すくい取りで十分な程度の情報でなく、「知」の成果を得る読み応えが時にあるように感じます。
TV、新聞、雑誌で得ていたものの多くをネットで得るようになりました。
現時点では、TVと雑誌は「ならでは」のものがわずかにあるため、端役ではあっても我が生活舞台に残っている印象。
そして我が家の課題。「時間の切れ目」が無いことへの対応を考えなければなりません。
アナログ地上派停波への対応は、PDAのオマケ機能なワンセグメントで十分かも。
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