2026.04.14

遊牧騎馬民族と中国史


 ここで書いたことがあったかしらん。

 この 1 年半くらい、ユーラシアの草原地帯 で活発に活動していた 遊牧騎馬民 について書かれた本を何冊か読んでいまして。
 新しい知見と得た視点に、目から鱗の思い を繰り返しています。


 大きく眺めると、山地と草原の境界地帯に多くのマークがある。マークについては後段で。


 ユーラシアの遊牧騎馬民が活動した範囲は、西は黒海北岸やウクライナからロシア南部を通って、遊牧騎馬民の発祥地たるカザフスタン、ウズベキスタン、そしてウイグル、モンゴル高原、その東端を成す大興安嶺を超えて、河北省、吉林省、黒竜江省までに。
 もちろん内モンゴル地域も含みます。(赤囲いの地域)


 ユーラシア 大陸を貫く雄大な草原ベルト で、様々な部族が勃興して活発に活動し、強大な王国をも築いていたんですね。


 知らぬ人がいない有名なところでは、イェケモンゴルウルス。(大モンゴル国)

 モンゴル高原北部に活動していたモンゴル部の チンギスカン が築いた大帝国で、西はウクライナやロシア南部、シリア、イラク、イラン辺りまで。東は内モンゴルに及ぶ 大帝国
 子の第二代は王の中の王たるカアンを称し、孫の第五代は南宋を倒して中国本土全域を支配し、直轄領 大元国 を成しています。

 もっともっと早い時期。紀元前には集団匈奴が猛烈な威を振るって、始皇帝の や高祖の と激しく戦っている。
 匈奴の前にも地域単位で王権を築いて威を振るった集団がいくつもありますが。匈奴は 格別に強大 な勢力だったらしい。

 以来、鮮卑柔然高車ウィグル・カガン朝キルギス(現キルギスにあらず)、突厥キタイ(契丹)などなど勃興 しては(主に跡目争い気候変動で)衰え て、次々と 入れ替わっていった ようです。
 覇権集団の衰退期には各地の複数集団が互いに激しく争って、そのうち一つの集団の下にまとまり、次の覇権集団になっていったらしい。

 ここでへぇ~思ったのは。

 例えば、台頭する鮮卑に惨敗した匈奴の中心氏族が西方へ逃げ去った後、残った匈奴遺民の部族が 鮮卑に服属すれば鮮卑になる こと。

 内モンゴル中南部のフフホトを中心に活動した鮮卑拓跋部は、後に代国から北魏王朝を建てるに至って「鮮卑の正統」を称しましたが。
 発掘と DNA 解析が明らかにしたところでは、拓跋部の 中心氏族はバイカル湖南部地域に起源 があって、南下し、これまた遊牧騎馬民の活動が多かった陰山山脈東麓のフフホト辺りで鮮卑に服属する 新たな集団拓跋部』を成したと観られるそうです。

 鮮卑に服属すれば鮮卑 ですが、「鮮卑の正統」は詐称だったらしい。

 なお、鮮卑の故地はモンゴル高原の東端から大興安嶺の南部。勃興した鮮卑中心氏族の活動地は 北京の北東方向 で、河北、遼西、吉林、黒竜江といったあたり。匈奴に圧迫されて東進したのようです。
 北京の北東方向は、さらに後の女真族満州族の故地でもある。女真族は 金国 を、女真の後裔たる満州族は統一王朝 を建てていますね。

 ちなみに バイカル湖の周辺は遊牧騎馬民史に重要な地 で、いくつもの部族名が入れ替わり立ち替わりに出てくるところ。チンギス・カンも征伐に赴いています。


 当時を記した文献資料がろくにないのも大きな原因ですが。ここ、旧ソ連ですから。そして現ロシアですから。発掘調査が十分になされていなかったり、為されても公表が政治的だったり、西側の学者には情報を含めてアクセスしにくいようで、具体的な地名 が本に出てきません。
 よって地点マークが空白になっています。

 ちなみに 現モンゴル国内 も、現代的な発掘調査が多数行われるようになったのはソ連から(事実上の)独立を果たした 近年のこと のようで、 Google map での表示が十分にありません。
 漢文資料イスラム圏の文献現モンゴルで表記や読み方が異なっているのが底にあって、本によって地名の記法が異なるし、 map 上でロシア語文字表示だったりもあって、 検索では特定できない んですね。

 マークした地点は、けっこう根気よく Google map の衛星画像を調べて、「ここだな」とか「ここかなぁ?」「ここもか?」で打っていきました。
 本の記述、例えば「〇〇県のセレンゲ川北岸にある荒涼とした平坦部に… 」「囲壁は方形で…」や図を頼りに。


 

 

 部族集団名の話しに戻ると。

 モンゴルも、実に多くの民族集団や国を服属させていますが、服属すればモンゴル。西方の青眼栗髪な人たちも、東方の黒髪黒目の人たちも、みんなモンゴル

 もちろん、匈奴でも鮮卑でもモンゴルでも、元々の中心氏族は高貴かつ特権的な王侯一族となって血統を重んじますが、服属民も帝國を構成する立派な一員 だったらしい。

 中でも大モンゴル帝国がとりわけハッキリしていて、地域・人種・民族・風俗・宗教をいっさい問わず 多種多様な人々 が『モンゴルとして 活躍 していたそうです。
 まぁ、服属民をただ力で圧伏していたら肉体労働以外に人材資産を活用できないし、しょっちゅう反乱が起きてコスト割れですものね。

 行き着いた先が、地中海地域から北京まで陸海の 交易路を整備 して通行の 安全を保証 した巨大な交易圏ユーラシア巨大経済圏 です。
 それを支える 経済官僚は、大元ウルスのカアン側近を含めて イスラム商人 だったそうな。

 イスラム教がイラン北東部のイスラム国ホラーサーン朝を通ってカザフスタン南部まで進出していたそうですから、かつてソグド商人と呼ばれた人たちじゃないかしら。


 そして、読んでいてまた感じたこと。

 遊牧騎馬民と中国史は 切っても切り離せない

 中原の中国王朝が、モンゴル高原や内モンゴル、北京あたりより北東の地域から 圧迫を受け続けた 歴史は、本当に長い。

 秦の始皇帝は匈奴を防ぐ戦に努力しているし、漢の初代高祖は匈奴討伐の遠征で完敗している。遊牧騎馬民を防ぐための万里の長城は、いくつもの王朝が整備拡張してきていますよね。
 北京あたりから北東方面や内モンゴルの部族が建てた王朝までが、長城を拡張しているのは笑えました。

北京そのものが遊牧騎馬民族が南下してきたときの拠点)
現中国の首都が北京であること、地理的な違和感が強い)

 そしてほぼ常に、内モンゴル以北や北京の北東方面には遊牧騎馬民による国家があって、今の中国領を 統一できた中原王朝はとても少ない です。
 大元ウルスや帰ってきた鮮卑王朝の唐、女真族王朝の清など、遊牧騎馬民の出自である場合を除いて。


 同様に チベットは別の国 であって、征服できたことはない。朝貢という形で服属させたように取り繕っても、実態は対等の不戦条約と文物の交換外交音信にとどまります。
 交換と言っても、実態は多量の文物を貢ぐことで取り繕いを維持していたわけ。

 今の 新疆ウィグル方面もほぼ同じ で、恒常的に服属させられたことはありません。新疆ウィグル方面に向かう 河西回廊ですら怪しく て、漢族が西戎と呼んだ遊牧騎馬民による支配がほぼ常のこと。

 ぽてちは今の中国領が自明のものとして頭にあったから。読んでいて、中原の民族(主に漢族)による 広域王朝いくつあった? と思ったとき、新鮮な発見 に至りました。

 長く築いてきた文化や統治手法と経済的な豊かさがあって、率いる兵数が巨大でも。多量の元込め銃や大砲が威力を発揮し始めた現代より前は、馬上で弓や弩を駆使する機動力の高い軽装騎兵軍団に敵わなかった んですね。

 平安時代後期に板東で威を振るった弓騎の坂東武士団に通じるものがあるように思います。

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2026.04.11

個人の Web ページと blog


 SNS で、インターネット老人会の話題からの流れなのか、「初めて使った CPU は?」がちょっとした流行になって。
 見ていて、なぜか思い出しました。

 個人の Web ページ(ホームページ)を開設することが流行った時代を。

 個人でも世界に情報発信できる新時代 が来た!とだいぶ持て囃されて、流行していましたよね。
 ぽてちも、ちょっとだけやってみましたよ。

 こんにちわ!ぽてちです一行だけ から始めて、センタリングしたのが第二弾。太文字にしたのが第三弾。文字色をつけたり、文字サイズを変えてみたり。飾り文字にしてみたり。
 背景の色を変えたり、複数ページにしてみるとか、車の小さな画像を貼ってみたとか。

 生物が原始時代から少しずつ進化していくみたいだと、一部 友人から一定の ウケ をいただきました。(笑)


 素人が『ホームページ・ビルダー』等の作製ソフトを使わず html タグのみで作っていったので、すぐに限界 を迎えてしまいました。
 面倒 になって、 飽きて きて。プロバイダー提供の http サーバーが受け入れる html タグに制限があったし、スクリプトなるものは面倒で使ってみようとしなかったし。

 正直に言うと。自分には 発信する情報がない。ましてや定期更新するほど情報がない。
 これが1番の 撤退要因 でした。(^^;


 作製ソフトを使っても見やすい構成や更新管理は難しいのか、個人開設は 程なく廃れていった 覚え。

 作製ソフトを使っていることが分かる中小企業や個人商店の開設ページは、しばらく残っていましたけど。
 大学の研究室が研究室単位で設けている素朴なページも残りましたね。公立の中高も手作り明らかなものがそこそこ残っていた。

 結局、大手企業が制作会社を使って開設する Web ページに収斂されていったように思います。


 代わって増えていったのが blog というやつ。ここもそうですが。

 サーバーが提供する機能の範囲で手軽に投稿・更新していけて、過去記事も自分で管理する必要が無い。
 日記やメモ のつもりで、巨大掲示板で言われるチラ裏のつもりでやっていれば、ネタ尽きにもなりにくい。 SNS のような文字数制限も無いし、過去記事が事実上の流れ去りにもならない。

 個人開設の blog が 今も残る理由 でしょうね。

 更新が止まっているところや消えて無くなったところ、たくさんだけど。ブログ村など見ると、まだ多数が活動していますね。


 ちなみにここは、ほんの少しだけ手貼りタグを使っています。

 太文字文字サイズ画像リンク。ごくまれに文字色を変えることもあります。
 けっこう面倒 なんですけどね。見る人がかなり限られていても、多少は見やすくしたい思いがあって。

 そして、世の blog 記事から情報を得させてもらうことがよくあるから、返礼 のつもりの情報提供も心がけています。

 写真は、クリックすると Flickr に飛んで、そこで Exif 情報を見られるはずです。露出も ISO 感度も使用カメラとレンズも判る。
 Lightroom 等で調整&長辺 2048 pixcel 縮小後のものですが、「こんな撮影条件で撮って調整すればこうなる」の例にはなるかと思って。

 細かいことはコメントで 質問していただければ、できるだけお答えしたいつもり。
 有料の Flickr を使っているのは、 SNS や一部写真サイトのような 圧縮劣化のない画像 を見てほしいからです。

 試してみた・導入した商品は、商品情報へリンクを張るようにしています。これも手貼りタグだから面倒で、サボることが多いけど。(笑)


 あと加えるとしたら、ちょうちん記事は書かない こと。正直な感想を書くようにしています。


 例えばカメラやレンズ。検索するとズラリ並ぶ商業的な紹介サイトや比較サイト の紹介や解説は、メーカー配布広報文の一部一部スペックを網羅的に見る以外は 99 % が役に立たない 思いがあって、個人の blog 等記事 と、その作例を 大きな参考 にしています。


 レンズだと例外的に PHOTO YODOBASHI を参考にしますが、書いてないこと読み取る努力 が必要。(笑)
 知識と経験豊かな人が ちゃんと使って みていて、嘘はない から、読み取り努力の成果を得られることがあります。書かれていない事を読み取るのは、他で情報に触れていると読み取れる。こともある。(笑)

 あらためて。PHOTO YODOBASHI は、知識と経験が豊かでそこそこの立場にある人が書いていると感じています。


 検索したとき出てきたら、THE MAP TIMES を読んでみることもあるかな。

 極々初心者による「自身の選択を肯定したい」ケースは、読めば分かります。これはバイクも同じかな? いや、バイクの方が多いか。
 好きで楽しんでいるのだから、別にモンクを言う気はありません自分だって自分の好みと知識と経験の範囲でしか書けない わけだし。


 といったとこで。

 Web ページ は。

 大きな資本を持ち商売大きな事業者が、開発事業者に発注して開設し、情報提供を行うもの。維持と更新に 大きな費用 を使っていると思われ。
 または、中小事業者が中小規模の専業的な開発事業者に発注し、お仕着せパッケージを利用した開発から維持と更新管理まで請け負わせ、情報提供をするもの。やはり そこそこの費用 がかかると思われ。

 近頃は、Web ページからのダイレクト通販が当たり前になってきましたね。中小の場合、お仕着せパッケージの一部改変でやっていると感じるところもあります。

 対して blog は。

 概ね個人の日記やメモ的な情報提供。または、個人に近いレベルの事業者が、放置気味の Web ページと併せて情報提供に利用している。


 んな辺りに収斂したように感じます。

 ちなみに個人でも研究成果の継続的な公表等は、 Web ページの方が閲覧性が良いように思います。

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2026.04.09

ちょこっと乗り始めた ADV160


 11 月下旬入りした頃の寒い寒い諏訪ツーリングから戻って以降、 69.6 km しか走ってないのねん。(^^;

 ODO はまだ 1,351 km です。


 冬の間は風邪をひいてしまいそうで置物になっていました。大型に乗るときより軽装ではあるけど、厚着しなきゃならんのが億劫だし。(^^;;;
 が、暖かくなってきてから、ちょろちょろと乗っています。

 乗っていると言っても、たまの近所の買い物と、病院の面会&着替え肌着の持ち込みくらいなんですけど。
 そういう用途には、本当に便利 ですね。


 かと言って車は駐車場の満車懸念がだいぶ強いし面会は割引がない。タクシーだと、裏道を指示してぐちゃぐちゃ最短で走っても、往復 ¥4,000- かかってしまいます。

 右往左往する車との混走が基本で減速・加速が多い町中でも、 LEAD125 に感じた加速力不足を感じることがなく、てろ~ん と走れて楽。
 燃費計は 34 km/L くらいに下がりましたが。(^^;

 ちなみに病院は家から行きにくいところで、公共交通機関だと大回りになって時間がかかり過ぎだし駅からそこそこ歩く必要がある。

 着替えと少々の小物を持ち込むくらいなら、 ADV160 の大箱( 58 L )がバッグとともに余裕で飲み込みます。
 帰りに買い物に寄ることもできる。


 便利だなー、と。(^o^)

 低速でもそれなりに風を受けるから、寒さを考慮した衣類がまだ必要で、着替えが面倒なんですけどね。


 しばらくぶりに乗って思うのは、ハンドルライザーが欲しいなぁ、と。
 こういう事をやっているものですから。


 セットバックはして欲しくないので、単純に 20 mm 上がるのがあれば。ケーブル長の不安もあるので、 12 ヶ月点検の際、 PCX160 用のシートに交換する事と併せて販売店に相談してみようと思っています。

 ADV160 のシートは閉まりが悪いんですよ。上記写真のようなことをやっているから、余計に閉まらなくて。(^^;
 クッション性も若干向上するようですし。

 開閉の際に前端角が摺れてしまうのは許容します。

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2026.04.07

マウントアダプター遊び


 前玉が大きくてかっこよさが残っていると思う Nikon F マウントのレンズを、昔の一眼レフのイメージが残るデザインの X-T5 に付けてみました。

 レンズは AF-S NIKKOR 50 mm f/1.4G
 X-T5 は APS-C センサーで、 75 mm 相当の中望遠になります。


 アダプターを介して長くなっているのが残念だけど、太さがほぼ同じで、中望遠を付けていると思えば昔のイメージに許容範囲?

 必要性は特にない んですけどね。古い大口径レンズらしく、開放に近いとふわっと軽く滲むような写りで、 f/1.4 の使いどころを選びますし

 75 mm 相当f/1.4 まで開けられて、 40 MP の高画素数で撮れる組み合わせはこれだけくらいのところ。 ぽてちは高画素数を求めていないけど。(^^;

 マウントアダプターの主眼は、Tamron 100-400mm F/4.5-6.3 Di VC USD A035F マウント)が 600 mm 相当になるな、使い物になるか興味あるな、ってところ。

 だいぶ昔に買ってすぐ D850 で使ってみたとき、安さゆえか、ピントもコントラストも 印象が悪かった んですよね。それで 死蔵状態
 三脚がガッチリしてなかった影響もありましょうし、一眼レフのシビアな位相差 AF と安いレンズのピント精度の組み合わせだったし、ミラーショックもありましょう。

 これがもし、ミラーレス像面位相差 AFNikon Z でなら使い物になるようならば、活躍する機会もあることでしょう。
 そのうち羽田空港にでも行って、試してみたいと思っています。


 逆に、FUJIFILM XF レンズNikon Z ボディに付けるアダプターもありまして。


 イメージサークルの違いで、 DX クロップ専用になります。だからクロップで 19 MP を維持する Z8 を使うことになる。やや小さくてやや軽い Z6 III だと 10 MP で、トリミング耐性が落ちてチト使いにくい。

 これも 特に必要性はなく、 Nikon Z ボディで撮ってみたい XF レンズもないのですけど。

 XF70-300mm F4-5.6 R LM OIS WR を、 Nikon Z の AF 性能で使ったらどうなる? とは思っていますが。
 X-T5AF-C は、やはりイマイチに感じるんですよ。

 FTZ II を介した Tamron 100-400mm F/4.5-6.3 より印象がよかったら、クロップ 450mm 相当の 19 MP で使ってみる手もあるな、と。
 用途は・・・ 高戸橋と鬼子母神前で都電でも撮ってみる?(^^;


 どちらのアダプターも、要するに お遊び です。(笑)

 昨今はそこそこ期待できるレンズがみな高くて、財布の軽さもあって、「試してみたい」では買えないものですから。(^^;;;

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2026.04.03

カメラ嫌いと 28-75mm F/2.8 Di III VXD G2


 相変わらずカメラが大嫌い。(^^;
 掃除機のようにシャー!を頂戴するほどではないけど、必ず逃げ隠れ します。

 F2.8 ,ISO AUTO の最低 SS 1/200 で屋内を撮ったらどうなるか?と思って、 Tamron 28-75mm F/2.8 Di III VXD G2 を引っぱり出して居間へ行ってみたところ。

 嫌いなカメラが登場したことに気づいた途端、隠れ潜まれました。
 お前を撮ろうと思って居間へ行ったわけじゃないゾ。(^^;

 ちなみに、ISO AUTO で 2,800 になりました。日中も屋内物陰はここまで上がるんですね。マルチパターン測光で、貼ったものは Lightroom+0.3 補正
 Z6 III被写体検出 がよく効いてます。

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2026.03.24

セットアップが面倒( PC 系)


 以前は、新しい PC や WiFi AP ルーターの初期設定からカスタマイズまで、ワクワク♪のドキドキ☆ で取り組んだんですけどねー。
 寝るのを忘れて没頭しちゃうから、平日の晩はもちろん日曜日も始めちゃいけないやつ。(笑)

 WiFi AP ルーターは 1/10 だったかにヨドバシで買ってきて、ほぼ 2 ヶ月半放置。同時に注文した相棒用のノート PC も、届いてから ほぼ 2 ヶ月放置。(^^;
 相棒が「そろそろ何とかしないとね」と言うもので、ようやく着手 しました。


 WiFi AP ルーターが昔より多機能になっていて設定よくわからず、 MAC アドレスによる接続制限がメーカー独自の方式で、けっこう苦戦しました。

 うちがネットワークセグメントを 2 段階に分けていて、それぞれに WiFi AP を置いていること、そして内側のセグメントは ぽてち常駐の PC 小部屋と相棒常駐の居間それぞれに置いていることが、難しさを助長しているのですが。(^^;
 ちなみに 1 段目の AP は、外部からのアクセスを行うエアコンとホームカメラ、そして別階と駐車場からの接続用です。


 WiFi AP ルーターのセットアップのために、ぽてち用ノート PC を繋いで LAN 側 IP アドレスを変更しないとならないもので。
 しばらく放置していた ぽてち用ノートの Windows アップデートから着手。機種用のドライバ類も最新のものにアップデートして、けっこうかかりました。


 さて、ノートと LAN ケーブルで繋ぐのはいいが、新 AP の出荷時 LAN 側 IP アドレスは何?
 Web ブラウザーでそのアドレスにアクセスして、管理画面から既使用ネットワークセグメントのアドレスへ変更しないと、入れ替えられません。

 付属の取説は 極小 文字でびっしり書かれた大きな 1 枚紙で、ざーっと見ても、管理画面にアクセスする IP アドレスが見つかりません。
 細かな設定についても書かれていない。

 Web に置かれた html 取説を Web ブラウザーで見ながら設定をしていくのは、けっこう 面倒臭い ものがあります。
 過去の経験から、 Web に置かれた html 取説を見ても「動作の種類を選択します」や「○○の on・off を設定します」くらいしか書かれてなくて、閲覧が 面倒なだけで見ても無駄 との先入観がありますし。

 ならば仕方ない!と、専用スマホアプリをインストールして AP にアクセスし、 AP の IP アドレス & ネットマスクを変更。ノート PC をケーブルで繋いで、ようやく諸設定を開始。

 大まかなところを設定してから既存 AP ルーターと入れ替え、画面が広くマウス操作も容易なデスクトップ機に切り替えて、設定を詰めていく・・・
 多機能になっていて「よくわからーん」の試行錯誤でしたけど。(^^;


 続けて居間用の 2 台目に着手したのですが。何故か、こちらはスマホアプリで AP 検索対応機なし と表示されてしまう。おぃ!! (^^;;;
 仕方なく 極小 文字を探っていったら、裏面の最後の最後にちょろっと IP アドレスが。(^_^;)


 ぽてちノート PC の Windows アップデート等と、 AP をどう設定するかを探りつつだった 1 台目に 2 日。 2 台目に 1 日。計 3 日かかったかな。現在も「とりあえず、これで」だったりしますが。

 そして最後に、新しい相棒用のノート PC 開封とセットアップに着手。


 後で気づいたのですが。初回ブート時に、まず Microsoft アカウントでログインしないと 先に進めない こと。これ、工場出荷時のディスプレイの拡大率が 150 % に設定されていて、画面を閉じる「×ボタンが隠れていたからかもしれません。
 できたらローカルアカウントを作って進めたかったのに。

 初回ブートとログインを済ませて、長い時間をかけて Windows アップデートと機種固有ドライバ等のアップデートを実施。

 いくつかのアプリをインストールするため、 NAS にアクセスしたら拒否される。相棒アカウントを作ろうとして「 PC 管理」を開くも、ユーザーの項目が無い。
 Windows Home だから??

 必要なければ Home のまま使って、必要があったら Pro にアップグレードしようと考えていたものですから。
 躊躇なく、 Microsoft Store で Pro へのアップグレードをかけました。 1.5 万円弱。

 ようやく、諸設定といくつかのアプリ インストールが可能になりました。有線 LAN から WiFi 接続に変更。その後、相棒アカウントを作って administrator 化し、旧機から NAS にデータ待避するのため NAS の相棒クォーターサイズを拡大。
 ここまでやってようやく相棒アカウントでログインし直し。画面の拡大率と文字の大きさを変更し、またいくつかのアプリをインストール。 NAS に待避したデータを取り込んで、データ組み込みや簡単な設定も行う。

 細かな設定は相棒に任せることにして、ようやく終了


 いやー、大変だった。(^^;;;
 途中の根気切れを入れて計 6 かかりました。

 根気切れしながらもやり切ったあたり、本質的には好きなことなんでしょうね。でも、再びやりたくはない。(^^;;;


 で、気づいたのですが。

 ぽてち用と相棒用は 同じモデル の世代違いで、ともに 14 inch ディスプレイ。メーカーが、それぞれ GEN 11GEN 13 と称しているものです。
 ともにモデル後期の安売りを掴んでいて、同じように約 5 割引きで、ほぼ同じ値段でした。

 でも、筐体サイズと重さが、若干異なるんですね。相棒用の GEN 13 が小さく見え て、持った印象もそこそこ違って感じます。極端に表現すると、 GEN 13 は 13.* inch ディスプレイ機か?と思ったほど。
 重ねて見比べてみました。


 幅はほとんど同じで、 1 mm か 1.5 mm の違い。画面サイズはたぶんまったく同じで、ベゼル幅の違い。前後長がけっこう違って見えて、相棒用の GEN 13 はインカメラ部を除くと 10 mm ほど小さい。

 厚さはたぶん同じですが、 GEN 13 は角がラウンドしていて、薄く感じさせています。


 重さは、測ってみたらそれぞれ 1,192 g と 1,106 g で、 86 g 差でした。えっ? 100 g も違わなかったの? と、印象とのギャップに驚き。

 わずかな違いで、けっこう違って感じるものなんだなーと、これまた驚きました。お泊まり旅行に持っていく気になる度 は、圧倒的に GEN 13 です。

 そのことを話したら「入れ替える?」と提案してもらいましたが。

 ぽてち用は写真調整アプリをはじめ たくさんのアプリをインストールしてあって、細かな設定もたーくさん施してあります。必要に迫られずしてこれを再びやる気になれません。(^^;
 加えて、ぽてち用には SIM スロットがあって、出先での LTE 通信が可能。宿の WiFi が不安定なとき重宝します。

 せっかくの提案でしたが、謝絶しました。

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2025.12.14

ホルスターバッグの左右


 タンクバッグを付けられない ADV160 や荷物が増えるお泊まりツーリングのとき用にと ポチ った、ヘンリービギンズの「 DH-730 ホルスターバッグ 3 」。

 バイクで使ってみたのは 1 回だけで、多少なりともある重さがズボンを下げる方向に働くのは ズボンが下がりそうでイヤン な感じだと、倉庫部屋に置きっぱになっていました。
 これを、鉄撮りの旅で 使ってみた

 財布、家鍵 3 本と車の電波鍵のキーホルダー、予備タバコ、スマホ、 GR3x を入れて。

 これらをカメラバッグに入れると、多少なりとも重さが増して肩と首に負担。カメラバッグの余裕も減るし捌きも悪くなる。
 それを軽減する目的と、手の位置にあって取り出しやすいことを期待して。モノの入れ場所を決め、カメラバッグに入れたっけ? どこかに置いた? を防ぐ目的もありました。(手を突っ込んで無ければ「カメラバッグか?」があり得ずどこかに置いたままが即座に判明する)

 「婆さんや、ワシのメガネはどこに行った?」が 冗談で済まなくなっている もので。ヽ(^◇^;)ノ

 また、これらの物品は、バイクのときも身に付いていると安心です。バイクから離れるとき、タンクバッグやレンズ交換式の重いカメラまで入ったカメラバッグをいちいち取り出して持ち運ぶ 邪魔 も無い。
 手に持つものが無く、ほぼ身体だけの身軽さでトイレや売店、煙突コーナーに行けます。(大きな方をするときは外す面倒がありますけど (火暴) )


 鉄撮りの旅ではほぼ お試し のような感じで、その結果、 また使おう と思うくらいに便利でした


 先日の買い物で ADV160 を出したとき、同じように入れて身に付け、出先で気づいた

 旅行のときのように 右脚に付けると、車体を押し引きして動かすとき、車体に当たってしまう んですね。

 商品の 紹介画像は右脚にも付けている んだけどなー。


 利き手側 にあると、開閉も出し入れも容易 なことは確かですけどね。車体に当たるのはいけません。
 当たらぬようにすると、へっぴり腰が増してしまい、腕だけで支えることになります。

 最初に使ってみたとき気づかなかったのは、F800 GS は基本的に 押し引きしない から。
 下手っぴなんで 238 kg は怖くて、 跨がった状態でヨチヨチ前後させる ですよ。 d(^^;)


 バイクは、少なくとも大手のバイクは、決まってサイドスタンドが左側にあって、左側に立って押し引きしますよね。右側で押し引きするのは何かの必要に迫られたときくらいで。
 ぽてちも何度かは右側で動かしたことがありますけど。サイドスタンドが ちゃんと出ているか見えないから恐怖 がつきまといます。(^^;;;

 どうして右脚に付けている紹介画像があるのかしらん?


 なんてこと。書いたままでアップせずにいて、諏訪ツーリングで左側に着けて 使ってみました。
 ウェストベルトをズボンのベルト通しに通して、ズリ下がりを防止

 車体に当たらず、左手開閉も特に不自由なく、「今後は左側だな」と思うたです。

 使って気になるのは、右でも左でも、たち歩くと ズリ下がり方向の力がかかる こと。
 ベルト通しに通しているからバッグが単体でズリ下がりそうになることは無いのですが、ズボンそのものがズリ下がりそうで 落ち着かない

 バイクのときはズボンをサスペンダーで吊っているから、あららら・・・ は無いんですけど、時たまズボンを持ち上げていました。

 も一つ。ベルト通しが無い ストリートガードのパンツでは、使うのが難しそうです。


 なかなか、完璧は無い ですね。(^^;

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2025.12.01

諏訪ツーリング(3日目)

  取付けが無理矢理

 朝バイキングに十分間に合う 7 時に起きたけど、たいしてお腹が減っていないのに着替えて 1 階まで下りるほどの内容じゃない。と、パス
 寝坊用心で買ってあった菓子パンとアイスコーヒーで済ませました。

 ルートイン全般、朝バイキングがショボくなっているようですね。最近利用した大曲、秋田、弘前に続いて、ここ諏訪インター第1も、種類少なく食指をそそられるものではありませんでした。(^_^;)
 秋田は「グランディア」銘ゆえ、多少はマシでしたけど。

再掲

 こちらは 2 日目の朝。

再掲

 予報によると最低気温が 2 くらいらしいし、 はまだヤバイし。朝のうちに児湯へ行ってから帰路に就く 次々々善の計画もボツ。何度か書いている脱ぎ着の大変さ理由で、帰路の途中で温泉に立ち寄る意欲も無い。
 ならばチェックアウト時間に出ればいいや。と、のんびり最後の片付けと荷造りを。

 9 時を過ぎてようやく動く気になり、送る荷物を託してチェックアウト。陽射しを浴びていたから 13 度になっていますが


 動き始めたら 11 度。 ADV160 の気温計は反応が遅いから、給油後に走り始めてから表示された 10 度が本当かと。眼鏡が曇って閉口しました。

 でもこの気温で陽射しあって一般道なら、と考えて 雨具パンツを履く面倒をサボる。もしトイレに行きたくなったら大変さが増すから。(^^;;;

 出てすぐ、諏訪 IC 近くで給油。


 満タン法による 38.73 km/L は、順当なところだと思いました。東京から標高を上げてきているし、甲府昭和まで高速道路を走ったし。

 通勤ラッシュが終わった時間だで、 R20 は空いていました。トラックも予想より少なくて、大型トラックをかわして富士見の峠に向かって登り始めてからは多くが単独走行でした。
 急がずテレテレ走る。バイクなりに走らせていて、見ると、登りでも下りでも 57 km/h(メーター読み 62 km/h )がほとんど。当然だけど、ADV160一般道向き のセッティングですねー。

 富士見の峠を登っていくと気温が下がってきて、多くは日陰の 6 でした。一瞬だけ 5 になったときも。帰ってから見たら、標高 950 m ちょいにもなるんですね。下がるわけです。

 で、また足首が厳しい ことになってしまう。脛も冷えるし、朝を食べてなかったせいか つま先もだいぶ厳しい。(^^;;;
 世に専用品が存在したら、サイドデフレクターが欲しいと思うた。

 中敷きホッカイロ を買うくらいしないとイカンなと、峠のてっぺん近くにあったコンビニ前を通過したとき思う。中敷きホッカイロが無くてもつま先ホッカイロならあるだろう&停めやすいコンビニがあり次第に買うべ。
 その後、無いんですよ。コンビニが。道の駅蔦木宿じゃつま先ホッカイロも期待できんなとスルー。

 道の駅白州降参 しました。


 

 とにかく売店を見てみよう&できたら足首と脛に巻きつけるものも何か、と。入ったら、 スーパーが併設されている じゃありませんか!


 有り難い ことに中敷きホッカイロが売られていて、ついでに簡易保冷バッグと養生テープも購入。

 ちなみに、ここは食品スーパーで雑貨類は少なかったのですが。簡易保冷バッグ等の、キャンプや BBQ で使うであろう消耗物品が一角を占めていました。
 なるほど、たぶんキャンプ場や BBQ 場がほど近くにあって、いい季節には需要があるのね、と。

 こんなん、できた! (笑)

  再掲

 見た目を気にしていられる状況でなく、そして意外にも、これがけっこう効果ありました。

 再出発後も、ほぼ単独走行で淡々と下っていく。延々と続く 七里岩の断崖 を R20 から眺めていて「こちら側の防御は鉄壁だねぇ」など思う。


 閑話休題

 新府城を築こうとした 武田勝頼 のこと、再び。


 晴信(信玄)四男 勝頼の母親 は、晴信が 諏訪本宋家 を滅ぼして解体したとき奪ってきた お姫様。もちろん、正妻ではありません。
 実家が滅ぼされた側室(産んだ子が間違って嫡男にならなきゃ家中の立場がとても低い)から生まれた子で、滅ぼされた当主から見ると、勝頼は 外孫 になるんですね。

 さらに、解体したとき武田家直属に吸収した有力一族の謀叛に乗じて約束を違え、勝頼を 諏訪本宋家の跡目にねじ込んで います。
 そしてやはり謀叛を起こそうとした(という事になっている)高遠諏訪家の当主を廃し、高遠諏訪家の領域・組織・人員 を、名目的な本宋家当主の 勝頼に引き継がせている

 まぁ、当時有力な戦国大名が他家領を簒奪して支配下におさめるとき よく使われた手段のうち です。やり口がいやらしいだけで。

 だから晴信が嫡男を殺害するまで そこそこ長く、北部伊那地方を統括する 郡司 であり、戦の際は一手を率いる 属将 諏訪 四郎 勝頼だったんですね。
 もちろん武田一門衆の扱いで、家中序列の上位者ではありましたが。

 晴信時代の有力一門衆や重臣たちに 諏訪 の四郎ごとき若輩者と侮られ軽んじられ、頑張って武田史上最大の領域を実現し。(信長曰わく「運がなく」)滅びるとき、武田一門衆や重臣たちは勝頼を見捨てて逃げ散り。
 織田軍と激戦を繰り広げて死んだのは、高遠 城主だった弟だけ。最後の最後にごく少数で激戦の末に自刃したとき、共に戦い共に死んでいったのは、高遠諏訪家 から連れてきた家臣ばかり だったそうな。

 時流の家中体質改善をできず求心力を引き継ごうともしなかった親父の仕込みで悲運に沈んだ、高遠諏訪 勝頼 に、ちょっと ホロリ・・・ (;_;)

 閑話休題


 新府城趾の立地を見てみようとか、諏訪に行こうと思い立ったのは、勝頼について書かれた本を読み返した影響がありました。

  お試し装着

 韮崎駅近くになると交通量が増えてきて、甲斐市に入ると甲府盆地市街に入ったと感じさせる交通量と信号停車の多さになる。
 いくつも現れるガススタンドの料金表示を見て諏訪のそれと比べ、「長野はガソリンが高い」を実感。価格カルテルを取り仕切っていた業界団体に是正指導が入ったんじゃなかった?と思う。

 甲府昭和 で気温計が 16 まで上がる。さっきの富士見峠と 10 度も違う のねん。身体が冷えていたのか朝を食べていないせいか、往路のように暑く感じることはありませんでした。
 が、グリップヒーターは消しました。

 そして甲府昭和から 中央道。朝を食べていなかったから、境川 PA で


 「お約束」をば、いくべ♪ 降りて歩こうとすると 腰が・・・


 詳しくはコメントしません。(笑) ¥630- と、昨今にしては安かった。

 この先、勝沼から相模湖まで R20 を走る気をだいぶ失っていて(身重さと暑くてヒヤヒヤ冷たいで疲れていたのだと思う)、そうすると勝沼の先から八王子まで走行風が冷たくなるから食べておかなきゃ。そう考えたのもあります。

 食べ終えて煙突やりつつ、 R20 トコトコに未練を感じながらも中央道続行を決める。


 だいぶ空いていて、走行車線を実速度 77 km/h で巡航。以降、ずっとこんな速度でした。

 思ったのが。乗用車はもちろんトラックまで、メーター読み 80 km/h 前後で走る車はほとんどいないのね。乗用車もトラックもスイスイ抜いていくし、近づいてき方から似たような速度に思ったトラックも、前に出てから離れていくんですよね。
  F800 GS をはじめ大型だと 100 km/h 巡航だから気づかなかったです。

 勝沼から登っていきなり 12 度。笹子トンネル 14 度。トンネルを抜けた後は陽射しがほぼあって、 12 度、13 度と上がっていく。
 道の駅白州で足に施した防寒の効果あって、寒いとも冷えるとも思わず順調に進行。グリップヒーターは点けっぱでしたけど。

 お腹いっぱいだし、寒くもないし、境川で休んだし。初狩、談合坂、藤野をパスして石川 PA での休憩を目指す。
 少々厄介そうな渋滞 の表示が出てき始めていて、どうする?を考えて決めるためもありました。


 と言っても、 R20 の混雑を覚悟しつつ「意外に流れていた」を期待して調布で下りるかこのまま突っ込むか二択しかない んですけどね。(^^;


 結論は、このまま突っ込む。軽さと AT の楽チンさに託しました。


 高井戸の手前から新宿 JCT までズルズルの断続的渋滞に付き合って、外苑から三宅坂の合流までは渋りが重いから、外苑で下りました。

 疲れ切っているときは給油せず帰庫してしまうけど、今回はちゃんと給油してから帰庫。
 諏訪から 186.4 km44.59 km/L でした。


 往路が上り基調で帰路は下り基調だったことからして、平坦だと 40 km/L くらいになりそうです。ツーリングでギリ近くまで粘ると 300 km 走れる計算。
 こうした経験を重ねて、予測の精度を上げていくですよ。(^_^)

 3 日間のトータルは 427.8 km で、 41.09 km/L



 帰庫して ODO 1,283 km


 気温計が 17 度。東京は暑いですね。


 諏訪まで行って 2 泊もして温泉に入らず、鰻が 2 回。うち 1 回はハズレ。気になっている菓子店にも寄らず。
 まさしく ADV160 のツーリング適性を観るためだけのツーリングになりました。(^^;


 で。先のまとめに書きましたが。ある程度の長距離でも適性がある と結論しました。今回のように 片道 200 km なら十分に。

 疲労軽減のため部分的に 高速道路を使うことができる のが大きくて、適性をかなり高めていると思う。
 軽くて AT であることから行った先でちょろちょろ走ることもし易く、K1300 GT や R1200 RT でとても多かった「高速道路で行ってきました」だけにならずに済む可能性も大きい。

 200 km を 超える先 だと考えちゃいますけどね。高速道路中心で制限速度いっぱいを活用して走らないと、時間的にも体力的にも厳しくなってくるから。
 無駄に思うほど途中泊を重ねていく事を楽しむのでなければ、やはり F800 GS の出番 でしょう。


 かつて R1200 RT で夏のスタンプツーリングに回っていたとき、経験的に構築された距離の目安は。
 初日や最終日に高速道路の移動が中心なら 1 日 350 km 。(西舞鶴まで 670 km というのもありましたが) 行った先で回るのは、高速道路を利用可能な距離に応じて 1 日 250300 km くらい。
 これくらいなら体力的に可能で「無理してる」感なくこなせ、これより短いと「楽な日」。といったものでした。

 F800 GS は、走行風が主な理由で高速道路の速度が R1200 RT より落ちるから、高速道路の移動距離が 15 % 引きといったところかな?
 やはり 1 日 200 km を超えるくらいの距離感になるとF800 GS の世界といった感覚でいます。かつてやった、天龍二俣のスタンプとんぼ返り(日帰り往復 500 km )のようなのは RT だからできた事で、 F800 GS でも厳しく思いますけど。


 逆に言うと。時間に余裕がある 200 km までなら、楽な ADV160 にしたい荷物節減術を会得して泊を重ねられるなら、 200 km ずつ刻んで 楽な ADV160 で行きたい

 ってとこー。(^o^)

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諏訪ツーリング(2日目)


 晩のうちに「朝がだいぶ冷えるらしいが、明日はこうしよう」と考えていた予定。

 9 時に出発して、早朝からやっている下諏訪の公共湯に入り、上諏訪に戻って 11 時開店の鰻屋に行く。
 その後は特にないが、菓子店を一つ二つ偵察してから 30 年チョイぶりに諏訪大社上社へ行ってみるかな?
 時間が余るから宿に一旦戻ってゴロって、 17 時開店の鰻屋へ行く。その後の時間なら片倉館も混んでいなかろう。

 といったものでした。結果は、ほぼ 全滅。(火暴歹匕)


 まぁ、順当な時間に起きられたんですけどね。朝バイキングへ行く準備をしていたら、腰に違和感が・・・ 違和感に止まらず、弱い痛み が・・・
 朝バイキングへ下りるだけだから、チョモランマもストリートガードも無しの軽装なんですけどね。寝着を脱いで服を着始めると、ちょっとヤバイなぁ・・・ と思うくらいに、身体を動かしたとき「いてっ!」と。

 ちなみに TV を点けたら諏訪の気温は -1.6 だとか。 7 時ちょいのこと。

 取りあえず朝バイキングを済ませてきて。


 部屋に戻って考える。身体の動かし始めがへっぴり腰になるくらいだと、広くはない脱衣所で 重装備を脱ぎ着 するのは「やってられない」ゾ、と。
 痛み止めを飲んで、 13 時に閉店する鰻屋に間に合う時間まで寝直しすることにしました。食後にその気になれたら、鰻屋から近い片倉館へ行くべ。


 まぁ、テキパキ着込めば間に合う時間に寝直しから起きられたんですけどね。「痛み止めが効いて治まった?」思った弱い 腰の痛み が、立ち上がると収まっていなかった。身体の動かし始めが へっぴり腰。(^^;

 このまま寝ているか? 寝坊用心で昨晩買った菓子パンがあるし。飲み物も昨晩買ってある。
 明日は荷物の一部を宅急便で送ってしまって、積載荷物を減らした方が積み込みやバイクの乗り降りで腰の心配が減って良いだろう等を 考えていて、煙突の煙が何本も何本も立つ。(笑)

 13 時までとなっていても 12 時半に暖簾を下ろしちゃうタイプの店だと推測していて、ならば 12 時には駐車場に下りるべき。
 寝直しからの復帰は 11:37 でしたから、テキパキ着込んでテキパキ出れば可能だったんです。


 送るもの、積んで帰るものを考えて、それぞれ梱包の方法を考えながら グズグズ・・・
 この昼を逃したら、晩に同じ段取りで出かけるか・・・

 なんてやっているうちに間に合わない時間になってしまって。(^^;

 仕方ないから痛み止めを飲んで寝ているかー。だったんですが、鰻をあきらめ切れず Google map で 14 時までやっている店を探す。あった♪

 写真を見る限り、タレが好みでない。飴のようにテラテラ光っていて、甘過ぎることが予想されます。
 でもまぁ、ようやく動く気になったのだからと着込んで駐車場へ。


 間に合わなかったら丸亀製麺でいいやと考えながら出発。

 諏訪湖 を半周弱して岡谷。ほぼずっと、白煙をあげる小型のプロパンガスローリーの後ろでした。でも 晴れていい景色だった♪
 到着して、思ったよりキツイ腰を庇いながら店へ。


 品書きを見る。こりゃ「 2 匹のっている」やつしかないでしょう。(笑)


 ということで、懸念した通り、甘ったるいタレでした。(;^^;)


 ウナギが育ち過ぎということなのか、皮の存在感が だいぶ 強い。この面でも好み違いでした。


 食後に店裏のベンチで煙突休憩をとって、これからどうしよう?

 腰は変わらずヤバイし、自身の身体 も衣類も 重くて 脱ぎ着がしんどい。やはり児湯も片倉館もパスだな。(^^;;;

 財布の現金が少なめで、境川 PA のお約束やコンビニをスマートフォンの d 払い でこなして来ちゃっているけど。晩の鰻屋のために現金をおろしておいた方がいいな。と、諏訪湖を回る途中のコンビニを Google map で探す。
 バイクに戻って周りを見たら、目の前に信金の ATM がありました。


 わずかこれだけの歩きで、腰がヤバイぞヤバイぞ・・・ 困ったもんです。(^^;;;

 バイクに乗ろうとグローブを着けていたら

  再掲

 下校途中の中学生たちにこんにちわー!(^o^)」と次々声をかけられ、かけ返す。(^o^)
 いいですね。外で知らないオヤジにも挨拶しなさいと指導できる 治安の良さ が。東京区部の学校だったら、不審者懸念が先立ちますよ。(^^;

 出発。
 指先や足首が冷や冷やするけど、陽射しあって、概ね快適に諏訪湖をぐるり。片倉館の大きな駐車場は、けっこうな数の車が入っていました。真っ昼間でもそこそこ混んでいそう。

 諏訪湖の 1 周を終え、高島城址 の周りも回って、昔から気になっていた側道を偵察して、 30 年ちょいぶりの 諏訪大社上社 にも。
 回って脇の方からアプローチして、正面で曲がって離れただけ。元気だったら「神長官守谷資料館」へ行ってみるつもりだったけど、これでいいや。納得してホテルへ向かう。

 夕刻が近づいてきていたことと、大社が山際にあって日陰だったことで、また寒くなってきた ことを感じました。


 部屋に入って身重な装備を脱いで、ベッドにごろん。 1 時間ほどウトウトしていました。

 目覚めて大浴場へ。ルートインの大浴場は「中浴場」といった程度だけど、まだ 17 時半前で空いていました。
 他の客が 洗濯機を回している のを見て、「 ADV160 で多泊をするなら荷物量節減で こうすべきなのだろう。こんど試してみるべ」と考える。

 で、晩ご飯なんですけど。昼の鰻が キョーレツ だったせいか、お腹が減っていない。腰も変わらず怪しくて、晩ご飯に出るのをパスしました。
 ホテルの食堂が夕食営業をしていたけど、お腹が減っていないからこちらもパス。昼に当初予定の鰻屋に行けていたら、晩はここでカツカレーのつもりだったんですけどね。

 小湊鉄道

 晩遅くに菓子パン 1 つ食べながら滅多に観ない TV をつけていたら、日本海側では積雪 があったそうな。長野も 飯山辺りは積もった とか。
 月初の 2 日に行った酸ヶ湯は 50 cm も積もったそうな。(^^;;;

 再掲

 明日の衣類を圧縮袋から取り出して、使用済み衣類のパッキングや未使用衣類の再パッキングをして、今晩使わぬ USB チャージャーやケーブルの整理、ゴミの片付けも。
 来るときの昼は「お約束」だったし諏訪の温泉に入らなかったし、菓子屋もパスっちゃったしも 2 回中 1 回は不完全燃焼だった。ここまで来て何をやってんだろう?とか思いながら。(笑)


 送るつもりの衣類パックを防水トートバッグに詰めて、伝票を書いて、今のうちにできる準備は終わったかな?
 家に電話して猫の無事を聞き、お休みなさい

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2025.11.30

諏訪ツーリング(1日目)


 できたら 7 時に出発したい。を、できる訳もなく。(笑)

 いちお、 5 時半過ぎに起きたんですけどね。最終荷造りや「あれも、これも」の最終積み込みに時間がかかってしまって。
 塩山、柳沢峠、小菅村と回ってきたときとほぼ同じ時間の出発になりました。


 高雄までの混雑と信号機停車連打を避けようと、前回と同じく 相模湖東まで上道 の計画。
 首都高速では少々の渋滞。中央道は渋滞なし。

 気温 15 もあって陽射しがあると 上体は暑いくらい で、ストリートガードの前ジッパーを半上げにどどめ、ベルクロ留めしていました。

 で、実速度 80 km/h の巡航を心がけていましたが。八王子バリアを越えたら、指先首周り足首と脛が 冷え て感じてきてもうた。(^^;;;
 指先は、大きめのハンドガードへの交換に失敗した結果がモロに出ていた感じ。とは言え、F800 GS でも冬グローブが必要だったよなぁと思い出すバカチン。 σ(^^;)

 まず、グリップヒーターを on にする。BMW のと違って発熱量が小さいですね。(^^; 無いよりは 1.00×10^6 倍もいいのだけど。
 ハンドガードも小ぶりなりに効果を発揮していました。(指先の位置を変えてみて、風の強弱を確かめた)

 続けて「足首と脛を何とかしないと体力を奪われる!」と考えて、 PA で 雨具のパンツ を履くことにする。
 予定の相模湖東で下りず、予定外の 藤野 PA ピットイン。一般道だといいとこコンビニ駐車場で、座って履くことができませんから。脱いだジャケットを置くところも無いし。

 身体もジャケットも重く て動きが 窮屈 で、『チョモランマ』も窮屈さを助長していて、けっこう大変な思い をしながら雨具のパンツを履きました。
 そして、ジャケットのしっくり来ないインナーを一度外して再び付ける。着込んだらジッパーを全上げにして、首元のベルクロも留める(これがすぐ外れる)。

 冬グローブ を取り出し、以降はこれを使用。
 シート下に入れてあったからサイドバッグを外さなきゃならなくて、これも結構かったるかった。(^_^;)

 終えたら少し疲れてもうていて、煙突やりながら長い休憩を取りました。


 再出発。

 足首と脛の冷え、多少マシになる。首周りの冷えも、多少マシにはなる。指先の冷たさも、多少は。
 どれも効果がありつつ、でも不十分でした。(^_^;)

 ここまで無かった困難も発生す。

 冬グローブが 操作し辛く て、手が疲れる わ、速度が安定しない わ。(ぽてちにはグリップが細いのも原因)
 かと言って、春秋用に戻すのは無理。(^_^;)

 帰ったらテニスのグリップテープ買ってきて@@巻いたろか。思うた。


 藤野での作業と休憩で予定より時間が圧してしまって、大月で下りずに 中央道を続行。甲府の通り抜けは 車と信号が多くて鬱陶しかろう と、勝沼も一宮御坂もスルー。

 勝沼まで下ったら少し暖かくなって、陽射しも戻ってきて、笛吹八代スマート辺りではもう 暑い 。これまた予定外の境川 PA ピットイン。


 17 もあります。ジャケットのインナーを外しました。着たり脱いだり冬は大変 です。


 ここで朝昼兼の、お約束を ば。


 詳しくはコメントしません。(笑)

 煙突コーナー近くにあった碑。


 そっかー。全通したのはそんな頃でしたよね。
 全通する 1, 2 年前に親父の運転で名古屋から帰ってきたとき、1 度か 2 度、途中で下道を走ったように思います。
 伊那あたり以降は寝落ちしていてろくに記憶に残っていませんが、うっすらと。

 下のはだいぶいじったのだけど、それでも ぜんぜん読めん。(^^;;;


 甲府昭和 で下りて、 R20 へ。しばらくして R20 を離れ、新府城趾 へ向かう。

 冬グローブが操作し辛く、手が疲れてアクセルワークが安定しない。上体は適温に感じるも、首の冷や冷やが解消していないし、身動き窮屈で不快が疲労を呼ぶ。
 期待した心地よさを感じる余裕なく、結構しんどいツーリングだな と思ってしまう。


 下りた R20 で気づきました。あらまぁ、直線でハンドルから手を離すと即座に ハンドルが左右にブルブル!始まっちゃう。手で抑えないと、どんどん大きく振れていく。
 限度を超えるリアヘビー なんでしょうね。(^^;;;

 再掲

 新府城趾北側の堀)で


 

 リア箱の荷物を少し、シート下の前の方に移動しました。(サイドバッグを外して再び付けるのが面倒くさかった

 再掲

 で、以降ほんの少しだけ、軽減されたと思います。

 何度か試してみたですが。左手で軽く軽く保持して、右手をうっすら離しかけるとプルプル始まって、すぐにブルブルへ。片手でもグリップを握っていれば始まりません。
 一瞬だけ両手を離してジャケット襟のベルクロを留めるとか、腕の通気ジッパーを上げ下げするとか、そういう事はできませんね。


 新府城趾で 北側の堀へ行ったのは Google map でアタリを付けていたから。


 県道沿いの新府城趾駐車場に駐めても、そこには 何もなく、本丸へ直登する入口や、大手門跡やら●の丸跡やらまで けっこう歩くし登る ようでした。
 北側の堀ならば(多数の車は歓迎されないだろうけど)農業用主体の細道に車・バイクで入って行けて、とりあえず駐められるスペースもあるようだ、と。( TV 等の影響で車が多く入り込むようになると即座に閉鎖されそうな感)


 そしてその気になれば、裏から(表側からより)緩い坂道を登っていけるようだ、と。無論、車・バイクで入れるのは上の撮影地点までです。曲がった先に「入るな」ポールが立っているらしい。
 市などの管理者が整備に入るとき、こちら側から軽トラック等を入れるのだろうと推測。

 ここ何年かの間に 3, 4 冊、武田勝頼 に関する本を読んで、どんな立地かを見てみたいと思っていた希望が果たされました。

 ちなみに武田勝頼は、徳川被官に転身した武田遺臣がまとめた甲陽軍鑑で徹底的にサゲられている ような 無能ではなかった ようですよ。晴信(信玄)期を含む最新の歴史研究成果によると。

 読んで感じるに、 武田滅亡への決定打は晴信信玄が何発も放っている と思えてなりません。
 一番は、群小の地方権力(有力国衆)が急速に集約されて広域化し、戦国大名に育った統領家が家中の一門衆や有力国衆を押さえ込んで集権化していく 時流に晴信が対応できず、次代(勝頼)のそれをも 阻害した ことにあると感じます。

 武田が生き残る道があったとすれば。本当に本当に 結果論 だけど、今川を潰した時期に遠江への色気を見せず 織田に下って、甲斐国・駿河国と信濃国の一部を領有する 有力傘下大名になる 道を、晴信信玄が選ぶ ことだけだったでしょうね。
 いずれは一部を召し上げられてどこかへ飛ばされたと思うけど、それは羽柴や徳川の傘下入りした大名も進んだ道。

 ただ、多数の鉄砲と多量の弾薬の入手が鍵を握る時代になるまでは戦争に滅法強く、TV によく出る歴史研究者の磯田さんが繰り返し言う「武田が徳川を強くした」は本当だと思う。二代かけて強くしています。


 R20 から離れた頃からなんですね。急に風が強くなって、一部には空が見えるけど陽射しがなくなり、城址であらためて見た予報通り 寒くなりそうだ ゾ!、と。上の 2 枚から伝わるかしらん?
 境川 PA で 17 度あった気温が、新府城趾で 13

 道の駅までのルートをナビに任せたら、日野春駅前を通ったのでパチリ。今は亡き友人が漫画スーパーガブを気に入っていたもので。


 気温がまた少し下がって、道の駅信州蔦木宿11 。境川で外したインナーをまた付けました。ついでに、ストリートガードの襟を拡張するパーツも付けたった。
 定休日で開いてなくて、吹きさらしの煙突ベンチで作業したです。(^^;

 道の駅を出るとさらに標高を上げていって、富士見の峠9 まで下がりました。でも、襟の拡張で首周りの冷や冷やは解消。
 一般道速度で残った課題は、グリップヒーターを点けても押し付けていないと指先が冷えることと、つま先の冷え。衣類上下の 窮屈さ。そして何より 足首。これが脛とつま先の冷えを助長していると思った。(^^;


 この日は全国的に真冬の気温に向かっていて、諏訪辺りとしては 12 月後半に近い状況に。西伊豆ツーリングなら「近い」でなく真冬の日中気温でしょう。

 一般道でのんびり移動する時間の余裕があれば、重装備が必要な F800 GS より楽で快適だと期待したのだけど、あちこち冷や冷やで、スクーターだからといって 身軽で済む訳ではない
 寒さ対策の衣類装備は F800 GS のときと同程度が必要で、窮屈かつ身重で苦痛。脱ぎ着が面倒で、ちょっと温泉に寄る、そういう気になれない。

 よくわかりました。(^^;;;

 日野春から道の駅蔦木宿に向かっているとき、 もうここから帰ってしまいたいくらい だと、弱音 が頭を過りました。
 宿入り前に温泉と夕食をと考えていたけど、とりあえず暖かな宿に入って脱いで楽になろうと考え直す。夕刻に食事に出て、その後に温泉やコンビニに回ればいいや。


 茅野まで下りたら 12 で、山に遮られないところは陽射しもある。少し元気になって、上原城趾の


 諏訪氏居館跡 に回ってみる気になる。


 ナビが案内した道が工事通行止めで、ナビには表示されず Google map には表示される細道に迂回する。 すっご! 急登坂が続く細道 でした。

 着いてサイドスタンドを出して降りようとして、足が上がらずサイドバッグにひっかかり、あたふたしてたら サイドスタンドが戻りかけてもうて
 ADV160 が 倒れてきて ウァー!!!と。(^^;;;;;;;;;;

 倒さず起こせた。(^^;;;;;;


 ADV160 のサイドスタンドって、ちょっと引っかけると 簡単に戻りかけちゃう んですよね。(^_^;)
 でも、荷物を積んでいてもバイクの仕様値は 138 kg軽さに助けられた です。 F800 GS だとどうにもならず、挟まれぬよう逃げるのが精一杯だったでしょう。

 ただ、良くない乗車姿勢が続いて負担が溜まっていた 腰に一撃を喰らわせてしまった かもしれない。(^^;;;

 冷え で疲れたなー 思ったよりキツイなー と、煙突を繰り返して しばし休む。ウォーキング運動中のおかーさんに「紅葉が綺麗ですねー!」と声をかけられる。


 で、 15:24お宿着


 家から 200 km の、7 時間 15 分ほど。境川 PA から 3 時間弱。藤野と境川での作業・休憩時間が長かったようです。
 気づかぬうちに ODO 1,000 km を越えていました。


 しばしベッドで横になって休み、億劫になっていたけど頑張って夕食に出る。脱ぎ着の面倒と着膨れ感を少しでも減らそうと、上の『チョモランマ』を省略したら二の腕が寒かった。(^^;;;
 気温が 10 度と 9 度を行ったり来たりだったものですから。

 古畑なる鰻屋。


 特梅を注文。


 

 これ、ご飯の間にも 3 切れ 挟まっています。


 鰻自体は上々。タレはあっさり目で甘くなく、好みの範囲。かけられている量も控え目かなり満足度の高い晩ご飯 でした♪


 温泉は?

 疲れた身体で、身体も着込んでいるものも重くて身動きシンドイのに、広くはなく混んだ脱衣所で脱ぎ着をするのが億劫になってもうた。(^_^;)

 コンビニに寄って宿に戻り


 ちょっと腰が怪しい・・・ と感じながらベッドにゴロン♪
 気づいたこと感じたことをタブレットで書き始める。もう帰宅しているだろうの時間に家へ電話して猫の無事を聞き、お休みなさい。

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2025.11.27

ツーリング適性と防寒( ADV160 )


 秋のいい陽気のうちに ADV160 のツーリング適性を観るお泊まりツーリングを計画。 2 泊 3 日で 諏訪へ
 ところが。「秋のツーリングのつもり だったのに、唐突にやってきたこの冬一番の冷え込み」に襲われ て、 ADV160 での寒さ対策についても知見を得られました。

 ツーリング記の前に、感じたこと気づいたことのまとめをば。


 出発するまでは。昨今の温暖な秋であっても山国へ行くわけで、ある程度の冬装備が必要 と考えました。週間予報を見ていると、日中は二桁半ばの気温でも朝の最低は一桁でしたから。

 が、混雑回避や信号停車の連打回避の 必要に迫られねば一般道を走るつもり で、すると速度が 60 km/h まで
 一部使うつもりの高速道路も 80 km/h までで、 F800 GS のように冷たい走行風を激しく浴び続けるわけではありません。(いずれも実速度)

 上下とも普通肌着の上に強力な防寒アンダーチョモランマ を着て、上は普通のシャツにストリートガード。下は防風ジーンズ
 これでも着膨れによる 身動き不自由感と重さ があって、しんどく思った わけですが。ジャケット下に着込む追加の 1 枚が無い分と、下がゴワく重くない分は身軽で楽
 足元は、普通の靴下で、普通の防水スニーカー。これも脱ぎ履きが楽で、スクーターならではの身軽さだと思っていた。

 という具合に秋のツーリングのつもり だったから、スクーターらしく多少は身軽に、とか考えちゃって 半端 な防寒装備。痛い目 に遭いました。(^^;;;


 出かける前日に取り付けたエンデュランスの ロングスクリーン + 無理やり付けた X-Creen の効果について。


 

 シートに何枚もクッション材を載せた上に 186 cm のぽてちが乗った状態でのことになります。


 強い走行風は口と鼻の間くらいから上。フルフェイス型であれば、高速道路での風切り音を五月蝿いと感じても、冷えは問題なし。
 顎と首は弱い風で、効果あり。顎は NEOTEC 3 のチンカーテンで防げるし、首はジャケットの襟の問題。胸も同様、弱い風のため、ロングスクリーン + X-Creen が防寒効果を発揮していた。

 ただ、スクリーンの幅が狭くて、二の腕が冷える


 世に何種類かある ADV160 用のロングスクリーンは 幅が狭い んですよね。ハンドルを切ったときのミラーとの干渉を避けるためと、何より見た目なんだろうと推測しています。
 見た目より実利な ぽてちは、ミラーステーを 2cm 3cm シフトするくらいやるんだけどな。そういうパーツ、世にあるし。

 高速道路が多く走行風が激しい大型だと追加の着込みをするとこですが、 ADV160 ではそこまでする程ではありませんでした。用心で 2 種持って行った追加着は 着膨れ疲労 を嫌って使わず
 80 km/h 弱と 100 km/h の走行風の違い、大きいんですよね。 80 km/h になると突然激しくなる印象です。

 なお、ストリートガードだと肩は大丈夫。走行風がなめているはずの わき腹から腰が冷える速度と気温でもありませんでした。


 インドネシア HONDA の小ぶりな ハンドガード は、小ぶりなりな効果を発揮 していました。
 冬グローブと電熱グリップ を使っても 12 度になると少々キツくはあったけど、指先が触れているようにすれば耐えられないほどではありません。 6 で多くが日陰だった富士見の峠でも同じ。

 大ぶりなものは、ハンドルを切ったときスクリーンとの干渉が課題になるはずで、現状が落としどころか?と思う。
 ハンカバ を試してみる予定なれど、やはりスクリーンとの干渉が懸念される。(やってみたら大丈夫だった)


 防風ジーンズ は、気温 18 度でも冷や冷や感じた BMW のライティングジーンズと異なり、確かに防寒性能がある
 今回もまずまずの防寒性能を見せましたが、気温 14 度以上の町中用と考えるべきか。とは・・・


 『チョモランマ』併用で、太股側面と上面は 6 まで下がった富士見の峠でも冷えを意識することがなかった。( F800 GS で真冬の高速道路だとストリートガードでも冷える)
 が、十分に覆われない 足首が厳しく冷え、やはり走行風を受けつつ足首から冷気が侵入する 脛が冷える。高速道路では 12 度あっても同じ傾向。

 ぽてちには長さがちょと足らないわけで、足首を覆うシューズもしくはブーツに、ロングタイプのレッグウォーマーを併用すべきだと思うた。

 シューズは通常の防水スニーカーで、脛が冷え始めた少し後に、つま先が冷たく辛くなってきた。つま先の冷えは BMW のシューズでもブーツでもほぼ同じで、真冬のツーリングは F800 GS でも ADV160 でも 中敷きホッカイロが必要 だと結論。

 往路は藤野 PA ピットインで雨具の下を履いて対処して、帰路は富士見の峠を越えたところで何とかしないとヤバイ!思って中敷きホッカイロを急遽購入し、同時に写真のような 酷い 対策を。


 意外にも、これがだいぶ効果あった。(^^;

 総じて言えば、 14 度を切るような気温のときは ADV160 でも 相応の着込みと装備が必要で、着たり装着したり、脱いだり外したりが 楽ではない な、と。
 着込めば着膨れ感ありますし、窮屈で身動きしにくく身体が重くなって シンドイ っす。

 トイレに行きたくなったときなんか骨ですよ。何枚も脱がなきゃ用を足せないのですから。
 同じ事は温泉にも言えて、広くはなくベンチも少なく人が多くてサワサしている脱衣所で 脱ぐ着るの面倒 を思い、諏訪まで行って 1 度も温泉に入らず帰ってきてしまいました。


 寒さや冷えとは異なる話しで、 ADV160 の長距離ツーリングについて。


 シートに乗せたクッション材の、さらなる試行錯誤が必要。以前よりは良いのだけど、時間とともに座り直しが増えていきました。
 宿に到着後や帰宅後に尻の痛みが残ることはありませんでしたけど。

 荷物を載せてサイドスタンド停めだと傾きが大きすぎるように感じる。


 なのに降りるときちょっと引っかけるとスタンドが戻りかけて、倒す寸前になりました。
 実は ADV160 導入初日に押して前進させるときそれをやってしまい、車のボンネットを傷つけてしまっています。(^^;;;

 大きなトップケースに荷物を入れて後席にもサイドバッグの重さが加わってリアヘビーになったせいか、ちゃんと握っていないとハンドルがブルブルと左右に振られる。

 サイドバッグは、自分の付け方だとシート下へのアクセスがだいぶ面倒になって、どうしてもの必要に迫られなければ使いたくないと思った。


 今回は、右に折り畳み椅子と工具ポーチ、冬グローブを。左にお止まり着替えセット 2 セットと寝着、パンク修理材ボンベを入れてましたが。(ブルブル対策にならんか?思って一部をシート下に移動)
 使うなら、シート下は 帰るまで開けないつもり で非常用物品に限らないとなりません。


 すなわち、雨具を防寒にも使うつもりなら、シート下に入れておくのは不適。

 よって積載の観点で、荷物の厳選が必要。多泊の着替えを持つのが難しく、少なくとも上着シャツは 2 日に 1 枚の割り切りが必要。


 重量物になるレンズ交換式カメラを持って行っても、体力の余裕がなければ 億劫で取り出さない。 F800 GS より疲労が少ないはずの ADV160 でもそうなのだから、自分の体力の問題ではあるのだけど。
 積載の観点からも、どうせ使わぬレンズ交換式はリストから落とすべき。すなわち、持って行くのは首に提げておけるコンデジGR3xだけと割り切らないとならん。


 急勾配の登坂で曲がりくねる細道でも、倒す心配なく 登れた。軽さと AT( CVT )のおかげ。
 同じ理由で、細道全般、入っていく気になるし、停車して「どうしよう?」も、戻る転回も気軽にこなせる。

 やはり軽さと AT のおかげで混雑と渋滞が大型より楽だし、何度か書いているように、一般道で車の後ろを走るストレスが小さくて済む
 そうしていて気づいたんですけど。軽自動車は、やっぱり遅いですね。運転者の問題もありましょうが、「車なり」の速度が低いですよ、やっぱり。


 よく聞く ベッドライトの暗さ をやはり感じましたが、陽が落ちて以降は諏訪の町中だけだったせいか、特に気にすることなく走れました。
 真っ暗な山道でどうか?は・・・ たぶんその機会はありません。

 ちなみに LED はコストをケチると 暗い んですよね。輝度は高くて眩しいのに、明度が無い。なのに色温度が高くてさらに見にくくしているし。カットラインがはっきりしていて切り方が手抜きなせいもあると思いますが。
 ぽてち的には、 F800 GS 程度のコストのかけ方ならハロゲン灯の方が見やすくていいと思うのよね。真っ暗な山道で カーブの先をまるで照らさない んだもん。( R1200 RT は偉かった)


 懸念の高速道路は。今回のように空いていれば、第一走行車線べったりで実速度 7580 km/h(メーター読み 81~86 km/h )維持の努力をしていれば大丈夫
 帰路の甲府昭和から八王子バリアまでのガラガラで単独走行は 76, 77 km/h(メーター読み 82, 83 km/h )の巡航が多かったと思います。

 75~80 km/h は低すぎのように思われるかもですが、トラックや軽自動車に多い 80 km/h 走行の実速度は、皆こんなもんです。
 第一走行車線べったりなトラックの後ろで実速度 75 km/h 巡航は気楽なものでした。走行風も一段弱くなるし。

 八王子からは交通量が増えてビュンビュン抜かれましたが、後ろギリに迫って横ギリを抜いていく車が湧くほどの交通量でなく。「みんな速いねー」くらい。

 渋滞は、そりゃ苦痛だし疲労が増す。でも 軽さと AT のおかげ で、どちらも深刻なものではありませんでした。
 帰路、高井戸手前から三宅坂までの断続的な長い渋滞に阻まれたけど、調布で下りず外苑まで乗っていた。それが示していると思う。

 なお、メーター読み 100 km/h(実速度 92 km/h )まで困難なく出ますが。
 「そういう車体じゃないよ」と言うてくるし、回転数がトップエンドに近づいたままになって「させない方がいい事をさせ続けてる」思いを強く抱くし、燃費が極端に落ちる し。

 高速道路も走れてツーリングで大きな利点になるけど、本領ではないですね。「ギリ」感を抱いて、それなりに気を使って走る感じ。

 対して、信号機少ない地方の国道 を単独に近い状況で走っているとこれよ♪ これ♪!といった感じ。

 速度は 55~58 km/h 、概ね 57 km/h(実速度)巡航だったと思います。
 車やトラックの後ろにつくと 40~50 km/h に落ちるけど、速度が低いだけなら AT のおかげでそう苦痛じゃないし、淡々と走っているとそのうちいなくなる。

 これで諏訪から甲府昭和へ下っていくと平均燃費計がジリジリ伸びて、 48.6 km/L まで行きました。富士見の峠以外は下り基調だから伸びたのはありますが、平坦でも 45 km/L 近く行ったのじゃないかしら。
 快適だし燃費はいいし、まさに 本領!


 といったとこで。 ADV160 は 一般道トコトコが優れて快適♪ そして ツーリング適性がまずまずある と認定です。
 気候と天気が良く装備が身軽なら、諏訪まで行くのに尻の痛み以外は困難も苦痛もなく、楽しく走ってこられます

 高速道路適性は低いので、大型のように飯田まで一発で行くとか、駒ヶ根まで日帰り往復するような計画はできません。
 混雑と信号機の海を回避する利用 が現実的で、これをできるのが、原付二種クラスの大きさ重さでありながら高速道路に入れる ADV160 の大きな長所 かと。

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2025.11.14

R1300 GS Adventure の衝撃


 興奮していて写真を撮っていず、写真なし! 写真を撮るほど 興味を持たないようにしていた のもある。(火暴)

 よって上の写真はうちの F800 GS で帰庫したときのものです。(^^;


 F800 GS が 1 年を迎えて 12 ヶ月点検に持って行き、作業を待っている間に R1300 GS Adventure を試乗 させてもらいました。
 仕様一覧の重量だけ見て自分の検討対象外だと思って詳しく見ていず、仕様モデルは知りません。試乗させてもらったのは AT で、自動車高調整 が付いているモデル。Low Down 仕様車ではないとのことでした。

 付けてあった Low シートから標準シートに変更してもらい、 Low or High の調整パネルは Low で。

 跨がって起こしたとき、まず 驚いた異様に軽く感じた んですね。

 小さく左右に振ってみて、やっぱり 軽く感じる異様なレベル に。

 ケース類は付いてなくて、燃料が半分ちょっと。仕様値の 284 kg から 10 kg ほど軽くなっていたと思います。それでも 274 kg はあって、前に乗っていた R1200 RT の仕様値くらいでしょうか。

 なのに重量を感じず、軽い。ここまで乗ってきた仕様値 238 kgF800 GS より軽く感じた。うちのもケース無しで、ソフトバッグ S を付けた程度なのに。
 てことは、燃料分を考慮して 40 kg ほど重い R1300 GS Adventure の方が軽く感じたわけです。

 水平対抗エンジンの重心が低めであることに加えて、重いミッションを下に持っていったのが利いているのかしらん。
 試さなかったけど、押し引きのときは 274 kg なりの重さを感じたのでしょうけどね。(営業氏がチラリと言うていた)


 次に気づいたのが、座面高の低さ。デカイぽてちはヒラリ跨がれて、両足がべったり。自動車高調整で 3 cm 下がっていたからでしょう。

 見た目タンク部の巨大さと GS Adventure のイメージから、べったりは無いのじゃないかと思っていた先入観を覆されました

 試乗中に自動車高調整を off にしたら、さすがに両足べったりとはいかず、片足の踵が少し浮きました。安心感が違うと感じて、すぐ on に戻しましたです。
( 2 回試した 2 回とも)

 小さく振って感じる軽さと足がべったりなことで、跨がってさえいれば 停車時に倒しそうな恐れをまるで感じません。たとえ疲れきっていたとしても

 これらは試乗に出たときも感じられて、混雑した R20 で ちょこちょこ車線変更しながら進んでいくのが 異様に軽快 に感じました。
 R1200 RT から乗り換えて軽快♪!と感じた F800 GS よりも軽快 で、パワーがあるから 楽チン♪にスイスイ 走る。

 なんてぇことでしょう。驚いた(^O^;)


 AT は、慣れでしょうね。慣れると AT の方がいい!となりそうです。実際、そう言う客が結構いるそうな

 ゼロ発進は極めてスムーズです。ただ、発進して道路に出るとき一時停止する。このときクラッチを切れないから、 1 速のエンブレグン!と利いてしまいます。
 道路に出る一時停止だけでなく、混雑や渋滞の微速で調整が必要なときも、アクセルを戻すと グン!と。

 これの対処かなぁ、慣れなきゃならないのは。

 慣れると丁寧なアクセル操作と強力なリアブレーキの併用で対処できそうだし、 2 速に蹴上げてしまう手もあると思う。

 なんてったって パワーがある し、勝手に半クラッチ操作するだろうし。微速の調整くらい、リアブレーキで抑えても 2 速にしてもこなすはずだから。
 かつてホンダの DCT で「 U ターンのようなとき、アクセルをわずかに開けながらリアブレーキで調整する」と読んだことを思い出します。

 1 速と 3 速の間では、少々の変速ショックもありました。慣れると「これくらい、あるよね。もう気にならなくなってる程度だとは思いますが。
 4 速以上でもコツン!と小さなのがある。トルコン式じゃないから、あるでしょう。変速していることが分かってよい、くらいかな。

 ぽてちは、疲れるまでは微妙なクラッチアクセル操作で 無ショック に変速するのですが、クラッチを微妙に握ぎ握ぎする力みで疲れないよう もっと雑でいいのかも と思うた。(笑)
 大昔 MFX250F で、ショックでチェーンを伸ばしてもうた頃からエンジンや駆動系にショックを与えたくなくてやっている事ですが、 AT の程度には与えても問題ないらしいと考えて。

 混雑した道でちょこちょこ車線変更しながら軽々と走れたのは、この AT のおかげもあった と思うんですよね。


 そしてリアブレーキ。なぜか、とても強力 でした。 G や F と違ってペダル面の位置が高いのもあって、足首をひねるくらいで触れて、触れるとグッ!と利きます。
 その強力さは、 K1300 GT , R1200 RT , G310 GS , F800 GS のどれでも経験したことないもので、これも慣れると楽♪

 どういう理由の設計思想変更なのかしらん。


 高速道路で 追従型 クルーズコントロールを使ってみると。

 予想通り、従来型より格段に楽♪ 一度セットしてしまうと、後は座っているだけ。ってなもので。
 F800 GS もこれだったらなぁ、と思う。

 巨大なタンク部カウルや整流パネル、そして大きな電動上下スクリーンもあって、防風性能も立派なもの高速道路が楽チン♪ですねー。(^o^)
 タンクが大きくて 500 km 以上走れるから、日本の道路なら R1300 RT 以上に 長距離ツーリング番長 だと思う。重さで一般道を苦に感じる RT と違って、一般道に下りるのを苦に感じない し。

 ちなみに、 R1300 RT の展示車に跨がらせてもらって、これは やっぱり重い!と感じました。跨がって起こすときも、小さく左右に振ってみたときも。
 今の自分には完全に対象外だと、自分をチョト情けなく思うたです。(^^;;;


 小さな事では、エンジンの熱気。 R1200 RT から F800 GS に乗り換えて感じる、脛の熱さ を感じない。 F800 GS は冬でも熱く感じるんですよ。(^^;
 シリンダーの位置の違いなんでしょうね。絶対的な排熱は 1300 cc の方が大きいわけですから。


 てことで。これは凄い!乗り換えたいくらいかも♪ と思うたのですが。

 帰ってから Web 見積もりで費用を調べたところ。ケース 3 つ他、欲しいと思うあれこれやサービスなんとかを 3 年に延長保証を付けて ¥4,470,000- なり。(諸費用、自動車税等、別)
 二輪は値引きがまず無いから、うちの ( F20 型 118d M Sport Edition Shadow )よりずっと高い 。(^_^;)


 帰りに乗ったうちの F800 GS の方が優れている と思ったのは、第一に大きさ、第二に絶対重量から感じる引っ張り出す気になる かな。

 3 台から 2 台に減らして、もう 1 台が原付二種程度の大きさの ADV160 で、かつてより格段に引っ張り出し易いんですけどね。
 F800 GS だとサイドケースを外すくらいでほぼ気遣い要らずで出し入れできるところ、R1300 GS Adventure の大きさになると ADV160 を出してからでないと厳しそうです。

 まぁ、最大の壁はお値段 です。はい。 f(^_^;)

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八甲田山雪中行軍遭難事故に関する追記


 映画の原作となった新田次郎の『八甲田山死の彷徨』は 小説 だから、事実と異なる創作が入っているだろうと思っていました。
 青森市街の外れにあって 遺体捜索 の出張本部になった雪畑にある、雪中行軍遭難資料館 でチラリ見た説明書きの範囲でも、異なっていたし。

 ということで、帰宅後に Kindle 本を買って『八甲田山死の彷徨』の復習をした流れで、事実に即した ルポルタージュのようなものはないか?と探して読んでみたところ。

 この本に書かれているものが本当のところのようです。


 読んで・・・ いやー 酷い(^_^;)

 青森第五聯隊 も、第八師団 も、陸軍中央 も。酷い(^_^;)

 この本の著者は、第五聯隊、すなわち第五聯隊長の バカチン ぶりや 対応の酷さ をとりわけ問題視していると感じます。
 読んだ限り、うん、その通りでしょう。

 当時の陸軍大臣報告や少し後に出された顛末書は、青森第五聯隊長(すなわち第八師団長)に責任が無かったことにする 隠蔽と捏造まみれ だそうで。
 捜索基地や聯隊等で取材して報じた新聞記事も、検閲で抹消 されて残っていない日があるそうな。

 著者は事件が起こるまでの軍記録や事件前後の新聞報道、何名かの 生存者証言 を詳細に突き合わせて。
 大臣報告や顛末書の 齟齬矛盾 と軍の動きとしてあり得ないから捏造を暴き、 あり得ない程に認識と準備が不足 した行軍演習の実像を掘り起こしています。

 原作『八甲田山死の彷徨』も、小説だなぁ、と思いました。

        本から

 一番左のマーク地点は 遺体 捜索基地になった幸畑陸軍墓地


(最初に発見された生存者一人を除く全員が死亡と決め込んだ聯隊長の誤認識による誤判断で生存者捜索が2日遅れ、文字通り致命的。それゆえ「遭難者」捜索でなく「遺体」捜索と記した)

 二番目は、急勾配に大苦労してここを越えたら異次元の深雪だったという大峠

 4 つ目は、異次元に深いパウダースノーで橇が利かず荷物隊が着いて来られなくなって予定から遅れ、この(銅像茶屋)裏の小山を登ったところで引き返しが発議される。
 も、しゃしゃり出ていた(オマケのはずの)大隊長が大隊長付き見習士官に煽られて続行を命じた馬立場。(本来、判断も命令もできるのは担当の中隊長)

 田代平に下りて街道を大きく外れたところにあるのが行軍目的地の田代新湯

 計画は、小説や映画にあるように「田代平を抜けて現十和田市に至る」ことでなく、小さな小屋があるだけの田代新湯で一泊露営して帰隊するのが実際だったそうです。
 写真にあるような、雪に埋もれた小さな小屋を猛吹雪の下で発見できる訳ないし、210 名の露営地に選ぶこと自体が異常ですよね。如何に現地を知らず計画を策定したかが解ろうというもの。

 なんとオマケに、少なくとも過去 2 年間は夏期ですら 田代街道を歩いた将校が存在せず、 2 年以上前の夏期に歩いたのが中隊長 1 名(計画と演習の担当大尉)だけ。
 地形も地理も知らず、詳細な地図すら持たず、街道から大きく離れた田代新湯を知っている者は0名だったそうな。
(事件後に陸軍中央から求められて聯隊が提出したのは 20 万分の 1 の粗い地図で、それすら持って出なかったと推測している)

 ちなみに、現地の人から「申し出られた 道案内を断った」とされるのは、取材で聞いた現地の人のテキトーな話しからの 誤報 記事
 現地の人々が事前に極秘な軍の予定を知るわけがなく、部隊通過時にも「どこへ行く?」等を聞ける訳がないそうな。

 あまりにも杜撰な計画と準備だったことからして、小説では悲劇の主人公と描かれた担当大尉の責任も大きい、と。


 弘前第三一聯隊への対抗意識に凝り固まった青森第五聯隊長が、ろくな準備をする間もない時期に実施をせっついた事が、最大の責任なんですけど。

 いやー、あまりにも酷い。(^^;;;

 実は逆方向に行軍を成功させた弘前第三一聯隊の担当大尉も酷いもので、自身の 功名心 で教育途上の長期下士候補生を 生命の危機に曝して後遺症を残し(凍傷)、行軍路にあるいくつかの寒村に饗応と 道案内を強いて使い捨て
  嘘を含む恫喝 で道案内を強いられた人たちも、後遺症(凍傷)で後の人生を狂わされたそうですよ。
(自身の功績を言い立てて新聞記事にさせ、さすがに左遷されたらしい)

 後の太平洋戦争でコテンパンに負けた訳だわ!と思いました。(^_^;)

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2025.11.08

鉄撮りの旅(最終日)


 希望より 1 時間ほど早く目覚めてしもうたけど、6 時間くらい眠れたらしい。でも寝不足感たっぷり。外を見ると、雲と晴れ間が半々といったところ。

 脱いだ衣類のパッキングとボストンバッグ詰め直しをぼちぼちやりながら考えるに、ショボかった朝バイキングに行くのを面倒に感じてきてしまった。昨日ショボくて今日は良いわけがないもの。(^^;
 用心で買ってあった菓子パンは主に寝坊のための用心購入で、このためと同じ。持ち帰るとその分だけカメラバッグが重くなるし、邪魔だし。これで済ませちゃえ、と。

 言っておきましょう。ルートイン全般、朝バイキングがショボくなってません? (^_^;)


 食べ終えて、ゴミ等を片付けながら再び詰め直しにかかるも。疲れで惚けてたんでしょうね。何度も詰め直し して、頭が悪い と言うのか、効率が悪い ったらありゃしない。(^^;;;
 外してあったインナーの取り付けもする。このタイプ、初めて見ました。


 脱ぐとき簡単に外れなくてよいのだけど、その分、付けるとき手間がかかる。

 ようやくで詰め終えて、雨除け袋もかけて、完成。 4 日分の衣類とトラベル三脚他で、バッグがパンパンでした。そしてメチャメチャ重かった


 これを僅か ¥2,000- ちょっとで運んでくれるのだから、宅急便めっちゃ有り難い!

 さて。部屋を出るにあたって、忘れ物がないよう見回した はずだった んですよ・・・

 フロントでボストンバッグを送る依頼をして、宿を出て、レンタカーの店舗に向かう。弘前駅方向


 こちらは逆を向いて。ビルがほとんど目に入らない。


 むかし鉄道を敷くとき、城下町のような大きな町の多くは中心部から離れたところに通したんですよね。騒音と煙と火の粉を嫌われて土地の収用と立ち退きを嫌われたことも大きな理由だったはず。
 少し後の時代、町の中心近くに入るのは軽便鉄道だったようです。前日分の記事で書いた、大鰐線の中央弘前駅がそれじゃないかしら。見知っている所では四国松山が同じ。

 それは 当時の最適解 だったのでしょうが、大都市と繋がる 鉄道が町の繁栄に強く影響した時代を逃しちゃった なと、今となっては思う。
 (寂しいことなれど)鉄道の時代が去り、今は自家用車の時代。アクセス性が良い大きな施設に大きな駐車場を設けられる バイパス道沿いが栄える時代 ですよね。やはり旧中心部は恩恵に与れない


 珍しくレンタカー。


 雪の可能性もある慣れぬ山道を登るのにコンパクトは非力で安定性にも不安があると考えて、インプレッサ・クラスを選んだらインプレッサでした。


 オプションでスタッドレスタイヤも追加

 40~60 km/h で流している分には実にスムーズで良い車でした。力を出足に振っていて、強い登りでペースを取り戻そうとすると非力だなと思ったのと、やっぱりシート(運転姿勢)が合わないなと思った。

 もう少しで酸ヶ湯になる 城ヶ倉大橋 の駐車場で、酸ヶ湯以降の道を Google map で確認しておこうと駐める。気温 7 度。


 多くの人が車から降りて、橋の上からの眺めを楽しんでいる様子。タクシーもここを目当てに客を乗せてきている。きっと紅葉だろう と、カメラを持って橋の上まで行ってみる。


 天気イマイチなれど、なかなかの眺めでした。


 紅葉は陽があたっていると色飽和を起こし易いから、曇天は運がよかったと思うた。

 車に戻って、タブレットで地図を・・・ あれ? カメラバッグに タブレットが入っていない・・・

 レンタカーの店に置いてきちゃった? いや、受付待ちのときも取り出していない。もしかして、ホテル? ホテルしかないよなぁ・・・
 急いで電話して部屋を見に行ってもらったところ、あった とのこと。(^^;;;

 戻ると 1 時間半はロスになって、後の予定をカットしても 気が急いて 酸ヶ湯に入る気を失う のは確実。宅急便で送ってもらうことにしました。
 前日のコンデジが無い!騒ぎ といい、何をやってんでしょうね。疲れと寝不足で注意力散漫に陥っていると、以降を自戒です。


 酸ヶ湯 は、複数ある駐車場に多数の車が駐まっていて、人の出入りも多かった。


 こりゃ忙しなさそうだと思いつつ、せっかくここまで来たのだから! と、意を決して入る。料金 ¥1,000- で、タオルとバスタオルが付く。タオルは持ち帰り可とのこと。
 ヒバの千人風呂 は脱衣所からもう風情があって、浴室は写真で見た通り。

 Web から

 ロビーでわさわさしていた人数から予想したより浴室が混んでなくて、熱湯は ぽてち一人のタイミング
 ヒバの千人風呂は 混浴 だから、女性が避けて玉の湯(女湯)に入っていたのでしょう。男性だけで、この写真くらいの混雑感でした。

 Web から

 こりゃいい湯だわ♪ と、気分よく浸かる。20 年前の同じ時間帯に来ていたら、もっと 人が少なくていい時間が流れたのだろう と思う。

 寝不足で、あがった後に脱力するほど浸かるとこの後がマズイから、カラスの行水でした。

 ここでまたやらかす。スマートウォッチを、脱衣箱に 置き忘れた。脱衣所を出てすぐ気づいたので無事回収できましたが、何をやってんだかね。(^_^;)

 ロビーの人が多くわさわさしていて、早々に退館する。気温 6

 ここまで来たら車で走り抜けるだけでも寄ってみたいと考えていた、青森第五聯隊特設 中隊 の遭難地。酸ヶ湯からほど無いところでした。


 車を駐める場所がなく、本当に通り過ぎただけ。


 行軍路だった県道 40 号を青森に向けて下り、八甲田山雪中行軍遭難資料館 へ。


 『幸畑墓苑』が陸軍墓地と気づかず民間墓苑だと思って、行ったり来たり探してしまいました。


 

 中学 3 年のときだったか。映画八甲田山死の彷徨が大いに世の話題になって、後楽園にあった二番館へ観に行って。強い印象を受けて、新田次郎の原作を読んでまた強い印象を受けた、悲劇。
 無茶な行軍をやった背景を含めて大筋は原作からも知っていたことですが、現地や墓地、資料館を見ると、また強い印象を受けますね。


 

 車で走った距離感からあらためて感銘を受けたのは、青森市街から わずかこれだけの距離のところで 199 名もが遭難死 してしまったこと。


 2 , 3 日に渡って、日中も暗くなるほどの 大暴風雪と零下 20 度を切る低温 に見舞われていたそうですが


 寒冷地の雪山登山とはそういうものなのでしょう。


 そんな環境・天候下で実施された雪中登山行軍の計画に、無知 かつ無意味な 競争意識 に駆られた大隊長が口を挟んで編成規模拡大を筆頭に 墓穴を掘る計画変更をさせ、さらにはくっついて行って担当中隊長から 指揮権を奪い墓穴を掘る命令を下していた そうな。(^_^;)


 兵卒の防寒衣類といえば羅紗の外套くらいで、ろくな防寒靴も防寒手袋もない時代。 200 人を超える中隊を食わせる大荷物を曳く運搬隊が落伍する可能性も頭になく。方位磁石が低温で使えなくなることや、握り飯や水筒の水がカチカチに凍って摂れなくなる知識もなく。懐炉すら持たず
 墓穴を掘る命令を下していた そうな。

 雪山の知識・覚悟と人選が万端で、暴風雪に渋る地元民に道案内をさせながら逆に回った弘前第三一聯隊特設 小隊 は、半死半生の体に見えつつも、全員が生還しています。
 双方の担当大尉の雪山知識や経験の深さ、上官に対する押しの強弱だけでなく、多数の命に大きく影響する判断を下す権限を持つ 上官大隊長連隊長の資質 について考えさせられたですよ。もっと言えば、現代より寒冷だった時代に雪の八甲田で競争的な実施を求めた師団長とその参謀なんですが。

 そして説明書きを読むと、青森聯隊の兵卒は宮城県と岩手県の出身者で構成されていたそうな。宮城と岩手も関東から見れば寒冷地だけど、冬山に入る生活をしたことがない者がほとんどだったそうで、さらには八甲田が荒れたときは レベルが違うのでしょう


 思い出してみると。五所川原周辺の平地で、道路に十勝平野で見たような 地吹雪避けフェンス がズラリ設置されていました。


 さて。次はどうしよう?

 ロビーが忙しなかった酸ヶ湯を計画より短い時間で済ませることになったのと、天気イマイチで計画していた八甲田ロープウェイに乗らず駐車場に入っただけで出てきたことで、時間の余裕 はだいぶあった
 青森港の桟橋を見に行くか?も考えていたけど、寝不足の疲れた身体で混雑する町中をごちゃごちゃ走るのは億劫。新幹線の乗車変更をして、早い時間のはやぶさに乗ってしまうことが 頭をチラチラ

 道路の案内板にあった、三内丸山遺跡 に行ってみる?と。Google map を見てみると、だいぶ広い見学施設になっていて、大きな駐車場から歩く距離がそこそこあるし、たぶん上り坂
 そして多分、あるのは柱坑と、想像再現した掘っ建て櫓や家屋。どんな立地なのかを駐車場から観るだけでいいや、と走りだす。

 で、本当に駐車場だけでした。大きな台地の上の大きな集落だったんだねぇ、くらい。
 今は寒いここ にね、とも思うたけど。縄文の地球温暖化時代は 生存適地 で、増やしていった栗林に覆われていたらしい。

 予定よりだいぶ早くにレンタカーを返却して


 新青森駅。大きくて立派なのねん。


 緑の窓口で、早い時間停車駅が少ない便への変更を依頼したところ、次の便は満席 で、それ以降も ほほ満席続き で贅沢を言えないとのこと。「ほぼ」で済まなかったら変更できず、 4 時間近く「ただ待つ」になってもうた。(^^;
 満席が確定の便の次、 50 分待つ『はやぶさ』にしました。それでも元の指定席券より 3 時間早い 便です。停車駅が 1 つ多くて時間が 10 分?多くかかるけど。



 駅を出て、座り込んで煙突


 をやっていたら小雨がパラついてきたので駅に戻る。



 土産物屋たくさんのコーナーでリンゴパイを土産に買う。



 透湿性のないジャケットが暑くて汗をかいていた状態。新幹線ホームで待つのが涼しくて良かろうと、新幹線改札を通ったら。あるじゃないですか♪ 駅蕎麦が♪
 600 円と安い方で、かき揚げがたいへん期待外れ だったわけですが。(火暴)


 こういうのを期待?していた わけですよ。(笑)

 箱カバンを提げた運転士のおにーちゃんが駆け込んできて、肉蕎麦大盛りをかっこんでいました。とーぜん顔なじみらしく、注文と応答がそれっぽかったです。
 もしかすると、ぽてちが乗った『はやぶさ』の運転士だったかも。


 新青森が始発駅で、定刻に発車。音と振動と揺れがレベチ。実に快適


 八戸の手前から 15 分くらいかな、うつらうつら。せっかくの機会だからと、『シンカンセンスゴイカタイアイス』を食べる。


 仙台で発車間際に閉まりかけたドアに 手を差し込んで止めた馬鹿野郎がいた らしく、 1 分遅れて発車。(ー_ー#)
 飛ばせるところで取り戻すらしく、ここらで回復運転ですか。


 なんか嬉しい、速い乗りもの好き♪ ヽ(゚▽゚)ノ

 宇都宮を過ぎると速度が一段落ちて、285 km/h 上限に残念感。大宮を過ぎるとイライラ は、お約束です。
 上越や北陸も乱れなかったようで、定刻に到着

 帰宅後いまに至るまで、猫の甘えん坊ぶりが増しています。

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鉄撮りの旅(4日目)弘前いいゾ!


 団体旅行とは別に、同じ宿に一人でもう一泊の予定。

 前日の団体旅行としてのチェックイン時に「明日は荷物を預かっておいてもらえないか?」と依頼したら、荷物をまとめておいてくれれば次の部屋へ運んでおくと言うてもらえて 感謝!
 何時に入れます? やっぱり 15 時?と訊いたら、何時くらい?と返されて、昼過ぎだと思うと答えたら、 12 時に入れるようにしておきますとのご厚意。感謝!

 団体の皆さんは荷物を弘前駅のコインロッカーに預けて、夕刻の最終集合時に回収する段取り。
 同じにする手もあったけど、ぽてちは三脚も入れてもうたから重くて。鈍っていて疲れた身体で駅前のお宿と駅の間を運ぶだけでも大変。(^^;;;

 だから嬉しいゾ! ルートイン弘前駅前


 この日、外は本降り雨。


 未明時から薄明時までは 強い風雨の嵐 だったようで、前日に撮影予定の変更が話題になっていました。
 ロビーでの打ち合わせで大きな変更なく、団体揃って弘前駅へ。


 通り抜けて


 弘南鉄道の改札・ホームへ。


 08:08 の電車に乗る。


 

 我が団体以外の 客は 8 名 だけ。
 部活へ行くらしい真面目そうな女子高生 4 人と、旅行帰りの若いおねーさん 2 人に、おば様が 1 人。もう 1 人は途中で乗ってきた若いおにーちゃん。

 旅行帰りの若いおねーさんたちが不思議 でした。 08 時前に弘前へ着く奥羽本線に、どこから何時に乗ったのだろう? 普通に考えて 07 時くらいの青森発だろうけど、そんな早くに青森へ着く新幹線や飛行機は無かろう。
 遅い時間の飛行機か新幹線で青森まで帰ってきたのが弘南線の終電以降で青森泊だとしても、早い時間に身仕度と食事を終えて 06 時半過ぎに宿を出るのは大変だろう。もしくは、弘前駅前に一泊? とか。

 などなど謎だなぁと考えていた。

 朝に弘前駅に着く 夜行バス だと気づいたのは翌日、レンタカーの中から観光バスを見たとき。 3 連休を利用した帰省じゃないか? と気づいたのは翌々日、東京駅まで迎えに来てくれた相棒と車内で話しているときでした。(^^;;;

 謎が解決してよかった。(笑)


 田んぼの中にぽつんとある無人駅で下車し、待合所に逃げ込む。


 外は本降りの雨。


 次の黒岩行きを、雨を避けて


 ホーム下から撮る。


 旅行社の依頼で動かしてくれたらしいラッセル車も、ホーム端のホーム下から撮る。


 戻ってきたときは雨が少し弱くなっていて、ホーム上から。


 雨で駅から離れず撮ったから、どちらも背景に家屋が入ってしまっています。

 こんな時期のラッセル車出動は、弘南鉄道が観光誘致に協力的で、観光資源として活用しているのでしょうね。
 「撮らせてくれ」「見せてくれ」等、旅行社の依頼に応じてくれることが多いそうな。対して津軽鉄道は冷たい、と。(^^;

 数駅戻って、平賀機関庫 の見学まで。


 先ほどのラッセル車を置いてあって、車内を見せてくれるし、ラッセルするスカートの上げ下ろしを見せてくれるし。
 工場の中のあれこれも、おとーさんが詳しく解説してくれました。


 

 車輪を


 加熱して広げ


 0.5 mm 太く削った車軸側をはめ込むのだそう。


 経験者の目には、温度と はまり具合が色や金属表面の表情でわかるそう。

 こちらはブレーキシュー。左の 3 連パッドは 通常期用 で、真ん中の色が違う物は 冬期用 だとか。


 冬季用はローターを削りそうな顔をしていますね。

 ラッセル車は終点の黒岩駅に置いてあるそう。


 出動予定は非公開。概ねで、始発前と終電後そして日中で、運転士の要請があった時にも臨時で出動するそうな。
 講師が冗談で。車で黒岩駅に行ってずっと待機 していて、ラッセル車が動き始めたら車を飛ばせばラッセルしている写真を撮れる!。なんて話したら、黒岩は 雪で車を駐められません、との オチ。(笑)


 弘南線の次は もうすぐ廃線になる大鰐線 と、大鰐線の 車両基地 見学。弘前駅へ戻り、各自で昼をとって移動し、中央弘前駅に集合。
 ぽてちは 中央弘前駅でツアーから離脱 しました。疲れと重いバッグの影響か、腰が痛くなってきてもうて。機関庫にいるとき痛み止めを飲んでいました。

 さて、大鰐線の 中央弘前駅


 昔の繁華街すぐ近くにあるんですね。Google map で見ると、大量の呑み屋があります。が、駅舎はこんな感じだし


 もうすぐ廃線になるだけあって、本数からしても多くの人が利用している駅じゃない。


 繁華街の様子をストリートビューで見ても、栄えているようには見えません。「昔の」と表現した理由。

 弘前駅からタクシーで簡単に来られましたが。弘前駅へ 戻るのが容易じゃなかった。(^^;;;
 タクシーが客待ちしているような駅じゃないし、近くの停留所を通るバスの本数も少なくて 45 分後とか。

 大きな通りまで歩いていけばタクシーを拾えるのじゃないか?と思ったのは 大間違い
 地方都市あるあるで、タクシーは 拾うものじゃなく呼ぶもの。全然通らない。

 違う路線で弘前駅へ行くバスの停留所はないか?と、雨の中を歩き始めましたが、見つからない。 (^^;;;
 途方に暮れていてもどうしようもないし、痛み止めが効いてきたのもあって。歩きながら、通るタクシーを探す&バス停を探すことにした。

 バス停が見つかりましたよ♪ 弘前駅がもう目の前の停留所が。(笑)

 酷い運動不足による身体の鈍りと体重の大増加で、ろくに歩けなくなっている事をはっきり認識させられたこの旅行ですが。
 キツイ!キツイ!とぼやきつつ多少は動かなきゃならなかった 3 日間で、少し歩けるようになったらしい
 これは夕食で宿から出る気になった事からも感じたです。

 戻った弘前駅前で昼ご飯。


 

 


 十和田バラ焼きなるもの。


 少し脂っこかったけど、味がしっかりしていてぺろりといけた。定食にせず、ご飯の代わりに餃子。


 食べ終えてコンビニに寄ってから 13 に宿へ戻り。重いカメラバッグを置いて、暑いジャケットと暑いバイク用冬ジーンズを脱いで、ふぅ~(´。`)

 ボストンバッグから翌日用の衣類を取り出し、今から詰め込めるものを詰め込んでおく。写真を何枚か取り込んで SNS に投稿してからベッドにごろん!
 Kindle 読んでいるうちに 1 時間くらいうつらうつら。 17 時に起きて、夕食へ出る準備をば!しておこう。

 GR3x が、無い! 無い! 無い!・・・

 部屋のどこにも無いし、カメラバッグにも無い。こりゃもしかして、昼を食べた 店に置いて来ちゃった???
 慌てて電話して訊いてみたが、見当たらない とのこと。

 ガーン!!!

 どうしよう? 買い直す費用が痛すぎるし、品薄で入手困難だし。途方に暮れる・・・
 撮った写真を失うのも痛いけど、どうにもならない。と考えたところで、まさかね?思いつつ。
 ジャケットのポッケを見たら、あった(^_^;)

 疲れていて、やる事がてきとー。かつ、扱いに配慮も足りていなかったらしい。後で気づいたのだけど、店の写真を撮ったのは食後だから 店に忘れてきたわけがない のでした。(^^;;;


 で、夕食をどこで? 昨晩パスったピッツェリアだよな。と、思うたけど面倒臭くなってきた。用心で買ってきてあるパンで済ませちゃう?
 長く逡巡していたけど、さすがに弘前 2 晩目でまたパンはなぁ・・・  と、奮起して 宿を出ました。

 小洒落た店で、開店から 30 分の 18 時半にもう 満席。店外の席まで埋まっていた。うん、いい感じの店が他にないものねぇ。ホテルはいくつもあるのに。

 事前に調べて、いい感じの店は他になかった。ならば「はなまるうどん」で手早く済ませちゃえ。と、大きな商業ビルの 4 階フードコートまで行ったところ、営業時間外


 空きスペースがいくつもあったしゲームセンターで女子高生が何人か遊んでいた以外はどの階も 閑散 としていて、 1 階にあったここだけが賑わっていた。


 弘前まで来てサイゼリヤ?と、残念感漂いましたが。


 バイトのおねーちゃんが 愛想よくて親切 で、口にしたときの残念感も ほうれん草の強い残念感薄らぐ

 ホテルのおにーちゃんも、弘南鉄道の人たちも親切だったし、弘前いいゾ! (笑)


 宿に戻って大浴場へ。落ち着いて髭をしっかり剃れるから、大浴場は有り難い のよねん。

 猫の様子伺いの電話をかけた後、お休みなさい。

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